第13話 5
「――と、いうわけで、おまイら。
よろしくナ!」
翌朝、出発前に代官屋敷の応接室で、ステフを研修生三人に紹介したところ。
三人は顔を真っ青にして、俺に詰め寄って来た。
「――ででで、でん殿下っ!」
「な、なんであの方がいらっしゃるのです~!?」
パーラとメノアが涙目で震えながら訴え。
「……目立たないように――そう、目を付けられないようにしないと……」
ライルもなにかブツブツ言っている。
「――なんでって、昨日、偶然、街で会ったんだよ。
なんだ? どうしたんだ、おまえら?」
三人の様子は明らかに怯えたもので。
「……おぃ、おまイら。
先輩が挨拶してンだろ? 聞こえねーのかぃ?」
そんな三人に、ステフは腕組みしてガラ悪く下から睨めつけるようにイキる。
「――ひぃっ!」
あの短気なパーラが、反論もせずに悲鳴をあげて俺の陰に隠れた。
とりあえず、だ。
「――おまえはなに学生相手にイキってんだよ」
ステフの頭を打ち抜いておく。
「――アぃたっ!?
ナニすんだよ! あたしらが卒業して一年近く経ってンじゃん?
上下関係ってモンを思い出させてやろぅって思っただけだロ?」
それでどうして、あそこまでガラ悪い目つきや態度ができるんだよ……
「あー、とりあえずおまえ達は出発の準備だ」
「――はいっ!」
そう告げると、三人はまるで逃げるように自室へと駆けて行く。
しかし、なぜあそこまで怯えられてるんだ?
「おい、ステフ。
おまえ、あいつらになにやったんだよ?」
昨晩、屋敷に連れてきた時に、珍しさからそのまま獣騎車の中に泊まったステフは、すでに荷物を運び込み終わっている。
だから、ステフはソファに座って、フランに淹れてもらったコーヒーを、舐めるようにして試し始めた。
「――べっつにー?
あいつらには、なんにもしてねーぜぃ?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべて、そううそぶくステフ。
「セリスは知ってるか?」
俺はセリスに視線を向ける。
俺が繰り上げ卒業した後の時期は、セリスも学園に居たから知っているはずだ。
「……その、ですね……」
俺とステフの間で視線をさまよわせているのは、きっと言葉を選んでいるのだろう。
昨日のセリスの話を聞いたから、そうとわかる。
「アイツの事は気にするな。あったままを話してくれ」
「で、では……」
そうしてセリスに語られたのは、在校生二、三年が『悪夢の半年』と呼んで、恐怖と共に語り継いでいるという期間の話で。
「――卒業まで次期生徒会長を指名せずにいたぁ?」
思わず俺は驚きの声をあげる。
いやさ、確かに俺の繰り上げ卒業は唐突で、当時の二年を指名する余裕もなかったから、当時の生徒会メンバーに丸投げしたんだが……
「それでどうして四天王なんて、アホな発想が出てくる?」
俺がステフを睨むと。
「最初はあたしらも、頭決めようとしたンだョ!
――でも、おツムじゃあたしダロ?
武術じゃ、ザクソンかリッくん。
んで、陰湿ヴァルトが小手技でネチネチとやってくるから、決まンねーくてネ」
肩を竦めて鼻で笑うステフ。
「結局、四人とも頭で分散統治って形を取ったのサ!」
結果、生徒会の方針がバラバラになって、生徒達は誰に従って良いのかわからないまま、振り回され続けたというワケか。
「――すごかったですよねぇ……
毎日、なにかしらの騒ぎが起きて、保健室のベッドが足りなくなって……」
セリスが遠い目をして告げる。
「最後は二年――今の三年生の先輩達がクジ引きして、当たった人が直談判の上で土下座して、今の生徒会を指名してもらったのです」
ちなみにその勇気ある土下座男こそ、今の生徒会長だそうだ。
「まっ、あたしらにそこまでできるヤツならって、指名してやったんだけどねぃ。
つ・ま・り~、必要悪を演じてたってコトだぜぃ」
「――モノは言いようだな?
おまえら、絶対にそこまで考えてなかっただろ?」
俺、よーっく知ってんだ。
ステフを始めとして、生徒会メンバーはノリと勢いだけで生きてるような連中ばっかだって。
とりあえず、研修生三人の怯えの理由はわかった。
俺はため息ついて、頭を掻く。
そんな俺を見て、ステフは肩を竦めた。
「結局サ、あたしらはオレアちんがいてこそ、まとまってたんだよねぃ……」
「――な、なんだよ。急に……」
急に褒められると、照れるじゃねーか。
「あたしらの玩具が急になくなっちまったモンで、みんな、どうして良いかわからなくなっちまったのサ」
「……おい」
俺の感動を返せ。
――そうこうする間に、フランが出発の用意ができたと告げに来て。
代官達に見送られて、俺達はリロイ市を出発する事になった。
「――お~、マジで動いてンじゃん!
すげーすげー!」
獣騎車の前部デッキに陣取って、ステフは獣騎に感嘆の声をあげる。
「ふふん。そうだろう。
ゆくゆくは国内流通の主動力にしようと考えてるんだ」
「確かにコレなら、流通業界は一変するねぃ。
――戦闘能力はあるのかぃ?」
「前足に収納された爪と、牙でできるけど、基本的には移動中に魔獣なんかに襲われた時用で、本格的な戦闘用とは言えないな」
「ん~、なんかもったいねー感じだナ。
ヨシ! あたしがなんか考えてヤロウじゃないか」
「マジかっ?」
「マジだぜぃ。久々に面白い玩具みっけたよ」
このステフは。
統合学者を名乗るだけあって、魔道器の作成や扱いはかなり長けている。
試作騎が強化されると聞くと、やっぱ心がうきうきしてくるな。
「ところでオレアちん、ザクソンのトコに行くんじゃねーの?
なんで東に向かってんだぜぃ?」
「あ~、朝バタついたから、おまえには説明してなかったな。
ヤツの結婚式まではまだ日があるから、先に国内視察を済ませるんだよ。
次の目的地はウォルター領の隣、モルテン領都だ」
「モルテンっつーと……ああ、旧コンノート領かぃ」
そう。
出発前は別のルートで考えていたのだが。
セリスが同行するのがわかって、俺はそれを変更した。
「……セリスに故郷を見せてやろうかと思ってな」
お家取り潰しになって、セリスはそのまま修道院送りになった。
それから一年近く。
言葉にこそ出さないが、今のあいつなら故郷の事は多少なりとも気になってるんじゃないかって思ったんだ。
「粋なのか、酷なのか、よくわかんねーコトすんだねぃ」
「あ? どういう事だ?」
「――おろ? オレアちん知らねーの?
今のコンノート領のコト」
驚いた顔で俺を見上げ。
そうして、ステフは詳細を語り始める。