第13話 1
セリスの癒術を受けて。
ライルとパーラの怪我はすっかり治ったのだが、俺は大事を取って、もう一日リロイ市に滞在する事を決めた。
今日は全員に休息を取るよう伝えてある。
研修生三人はさっそく街に出かけて行き、それを見たロイドとフランも街に遊びに行く事を決めたようだ。
――そして俺はというと……
「な、なあ……セリス?」
向かいのソファに座ったセリスに声をかける。
まるで背後に『ゴゴゴ……』という効果音でも背負ってるような、そんな雰囲気で。
セリスは黙って、俺に顔を向けている。
だが、その目はどこか焦点が合ってなくて、ぐるぐるとせわしなく揺れ動いていた。
部屋にやってきてから、十分近く。
ずっとこんな調子だ。
……俺、今日はのんびり過ごそうと思ってたんだけどさ、なんでこんな修羅場みたいな状況になってんだ?
窓の外に視線を向けると、春の近さを感じさせるような良い天気で。
「――セリス、こうしてるのもなんだ。
……俺達も街に行ってみるか?」
「――よろしいのですかっ!?」
途端、セリスの目の焦点が合って、喜色満面に尋ねてきた。
「なんだ。街に行きたかったのか。
それなら最初からそう言ってくれればよかったのに……」
俺、なにをされたり言われたりするのか、かなり不安だったんだからな?
最近、俺の周りの女達の行動は、意味不明だからさ。
他の連中に比べたら、セリスはまあ、大人しめといえばそうだったけれど、それでもよくわからない行動を取っていたのは事実だ。
結構、警戒してたんだよ、俺。
――まあ、セリスも今は修道女とはいえ、元は侯爵家のお姫様だ。
知らない街をひとりで歩くというのは不安で。
それできっと俺に声をかけようと思いついたんだろう。
「――相変わらず、セリスは変なトコで真面目だよな。
どうせ俺を誘って迷惑じゃないかとか、考え込んでしまったんだろ?」
「……それもありますが……」
セリスは言葉を切ってうつむき。
膝の上に乗せた両手をきゅっと握る。
「わたしは殿下に、多大なご迷惑をおかけいたしました。
それなのに……おそばに侍るだけでも、殿下の寛容さに感謝しきれないほどですのに……これ以上、なにかを望んでも良いものかと……」
……ああ。そういうことか。
こいつはまだ、あの日の事を気にしてたんだな。
これははっきりと言葉にしなかった俺もよくないか。
「……セリス。
あの日の事は、俺はもう気にしていない。
おまえはもう十分すぎるほどに償っていると思ってる。
……だからさ、もう気にすんな」
俺が苦笑交じりにそう告げると。
セリスは驚いた表情を見せた。
「あの件は、俺ももうちょっとおまえを気遣えてたら、また違った展開もあったんじゃないかと反省してたんだ」
寂しい思いをしていたところを、あのサルに付け込まれ、そして野心と欲にまみれた父親に後押しされたんだ。
セリスがいつまでも気に病むのは――違うだろう?
「……済まなかったな。
その……寂しい思いをさせて」
「……殿下」
「そのうえで、だ。
俺達、婚約者だったって事は一度忘れてさ。
友達から、また始めてみないか?」
なんだかんだで、セリスはソフィアと同じくらい長い付き合いだ。
幼馴染と言っても良いだろう。
婚約者とはもう見れないけれど。
いつまでもぎくしゃくした関係を続けたくないと思うのは……
「……都合の良い話だろうか?」
途端、セリスは口元を抑えて。
その目から大粒の涙をポロポロとこぼした。
「いえ……いえっ!
身に余る光栄です!
今度こそ……今度こそわたしは誠心誠意、殿下をお支えいたします!」
両手を合わせて祈るセリスに、俺は苦笑してハンカチを手渡した。
「大袈裟だなぁ。
友達なんだから、そういうのは抜きにしようぜ?
――俺のダチ連中の事は覚えてるだろう?」
あいつらは本当に頭おかしいからな。
会った初日から、俺に敬意なんて払ってなかったし。
まあ、だからこそ付き合いやすかったってのはあるけどな。
あいつらと騒いでるところを思い出したのか。
「――はい。
あの方達は、そうでしたね」
セリスの顔がほころぶ。
「まあ、気楽に行こう。
それじゃ、街に行く準備だ。
お忍びって形になるから、おまえもそれっぽい格好してこいよな」
今のセリスは、令嬢時代の華美さはなくなったが……修道女として磨かれたからだろうか。
にじみ出る清廉さ――かつてとは真逆な美しさがある。
もうちょっと隠さないと、人目を引いてしまうだろう。
セリスが一度自室に戻り、俺も着替えを始める。
視察の際にお忍びで街歩きする事は想定してたからな。
庶民の服はたくさん持ってきたんだ。
少し待って。
戻ってきたセリスは、丈夫な生地で作られた藍色のスカートに、生成りのシャツという格好で。
長い白金の髪は緑のリボンでアップテールに括られていた。
「野良仕事用のものなのですけど……王都のみなさんもこのような格好をしてましたし、おかしくはないですよね?」
それでも美しさが損なわれていないのだから、さすがは元とはいえ王太子婚約者だ。
「……お、おう」
そうとしか俺は応えられない。
俺が女に気の利いた言葉なんか、かけられるわけがないだろう。
「そ、それじゃあ、行くとするか」
代官に馬車を用意してもらって。
俺達はリロイ市街へと向かうのだった。