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第12話 10

 落下速度が緩やかになって、ライルが魔法を使ってくれたのがわかった。


 だからあたしは身体をひねって、ライルの方に頭を向けて。


 ――ライルの身体が大きく跳ねた。


 まるで人形みたいに、ぐにゃぐにゃと身体をくねらせて、崖を転がり落ちていって。


 あれ、気絶してるんじゃないの!?


 傾斜が緩やかになったところで、ライルの身体はようやく止まった。


 やがてあたしもそのすぐそばに降り立って。


「――ライル!」


 駆け寄ると、ライルは額からすごい血を流して、白目を剥いていて。


「――ウソ……ウソでしょ?」


 こんな時どうしたら……


 ああ、あたしもメノアみたいに、フランさんからちゃんと応急処置の仕方を聞いとくんだった。


 ライルの顔についた枯れ葉や土が息で揺れてるから、死んでないのはわかる。


「――そうよ! 包帯!

 ええと、その前に消毒だっけ……」


 はぐれた場合に備えて、小瓶に分けたお酒はメノアに持たされているわ。


 まず血を拭いて。


 ハンカチを取り出し、そこにお酒を含ませようとしたけれど。


 他の人がこんなに血を流してるのなんて、見たことなかったから。


 ……手が震えてうまくできない。


「――しっかりなさいよ。バカぁ……」


 情けなさに涙が込み上げてきて、あたしは何度も手を握ったり開いたりする。


 それでも手の震えは収まらないから、あたしはそのままハンカチにお酒を振りかけた。


 びしょびしょだけど、とにかくライルの怪我をどうにかしないと。


 こんな時、代々、魔道の弱い自分の家系を恨めしく思うわ。


 もしここにいるのがメノアだったら、きっと癒術ですぐにどうにかできたはずよ。


 ううん。そんな事考えてる場合じゃないわ。


 今ここにはあたししかいないんだから。


 お酒に濡れたハンカチでライルの顔を拭う。


 けれど、血と泥ですぐに真っ黒になってしまって。


 仕方がないから、シャツの袖口を切り取って、もう一度、ライルの顔を拭った。


 それからライルの頭を慎重に太ももの上に乗せて、包帯を巻く。


 血が拭われてあらわになった傷口からは、すぐに血が溢れ出てきて、包帯はすぐに赤く染まってしまう。


「どうしよう。血が止まらない……」


 赤く染まった巻きかけの包帯を取って、新しいものを巻こうとするのだけど。


 それもまたすぐに赤くなってしまう。


 もう予備の包帯はなくて。


「このままじゃライルが死んじゃう……」


 思わず口にした言葉で、目の前が真っ暗になりそうで。


「――起きて! 起きてよ、ライルぅ……」


 ライルの頭を抱きしめて。


 もうあたしには泣き喚くしかできなかった。


「またあたしをひとりにするの!?

 一緒に騎士になろうって約束したじゃない!

 ――ウソつき! ライルのウソつき!

 お願いだから起きてよぉ……」


 それでもライルはピクリともしなくて。


「――ぐうぅぅ……」


 このままじゃダメだ。


 泣いててもなにもよくならないのは、あの時学んだでしょう。


「――立つのよ。パーラ。

 アンタは騎士になるんでしょう」


 周囲を見回す。


 落ちてきた崖の上は木々に覆われてよくわからないし、傾斜もキツくて登れそうにない。


 どこか登れるところを探さないと。


 きっとオリーさんやメノアも探してくれるはずだ。


 合流すれば、メノアに治してもらえるはず。


 あたしはライルの身体を起こして、背中に背負う。


 ライルは細身だけど、きちんと鍛えてたからか、思った以上に重くて。


「うううぅぅ……こんのぉ!」


 歯を食いしばって立ち上がる。


 あたしは――代々のウィンスターは、魔道が弱いから身体強化も瞬間的にしか使えない。


 だからそんな体質に合うように作られた、ウチの武術を磨いてきたのだけれど。


「――こんな時にはぁ……なんの役にも立たないじゃない!」


 それでも一歩を踏み出せば、身体はなんとか前に進んでくれた。


 肩越しにぐったりと垂れたライルの頭から、ポタポタと血が滴り落ちる。


 とにかく斜面に沿って歩き出したけど……ライルの頭から落ちる血が気になってしまう。


「――あっ!?」


 木の根かなにかに足を取られて。


 声をあげた時には、あたしは前のめりに倒れ込んでいた。


 ――右足に激痛が走って。


 変な風にひねったのか、身体が起こせそうにない。


 情けない情けない。


 涙が込み上げてきて、思わず嗚咽があふれる。


「ライルはあたしを助けてくれたのに……」


 それはさっきの事じゃなく。


「騎士なるって……あの時のライルみたくなりたかったのに!」


 きっとライルはもう覚えてないだろうけど。


 あの日の夕焼けに染まったライルの誇らしげな笑顔は、今もあたしの中で宝物みたいにきらきらと輝いてる。


 最近のライルは情けないウジウジ虫だけど……


 あの頃――子供の頃のライルは、もっと活発な子だった。


 あたしもライルに誘われて、ふたりでよく屋敷を抜け出して、街に繰り出してたんだ。


 そしてある日、あたしは人さらいに拐われそうになった。


 ライルが屋台に買い物に離れた、ほんの一瞬の事だった。


 あたしは泣きながら人さらいから逃げて、路地に置かれた木箱の陰に隠れて。


 追いかけてきた人さらいの声が怖かったのを今でも覚えてる。


 もう逃げられないと思ったその時。


 駆けつけてくれたのがライルだった。


 大人相手に一歩も譲らずに、殴られて顔をボコボコに腫らしながら、あたしを守ってくれたライル。


 騒ぎを聞きつけた街の人が衛士を呼んでくれて、人さらいは駆けつけた衛士に捕まった。


 ――僕は騎士を目指してるからね。女の子は守らないと。


 そう言って笑ったライルの笑顔が忘れられない。


 あの時は恥ずかしくて、あたしも騎士になるって張り合っちゃったけど。


 あたし、嬉しかったんだよ?


 じゃあ一緒に騎士になろうって約束してくれて。


 なのに、あの日からライルはウチに来なくなって。


 遊びに誘いに行っても、メイドさんがもう遊べないって言うばかりで。


 学園で再会して、同じクラスになっても、ライルはすごく他人行儀になってて。


 素直になれないあたしも、張り合うように距離を置いちゃって。


 ――ああ、だけど。


 だけど、お願いします。サティリア様。


 ライルをまだ連れて行かないでください。


 昨日、殿下と掛かり稽古してたライルの姿は、確かにあの日のライルだったんです。


 ようやく……ようやくなんです。


「――やっとあの頃のライルが戻ってきそうなのに……

 こんなのってないよぉ……」


 右足の痛みで身体が起こせず、背中にライルの重さだけを感じながら、あたしは嗚咽を漏らす。


「――誰か、助けてよぉ……」


 薄暗い森の中に、あたしの弱々しい声が消えていく。

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[一言] 俺ぁはねぇ……ツンのキツイ子が好きな男の子のピンチにへし折れてしおらしくなるのが大好きなんだ……
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