第11話 12
ラインドルフは側近達にボコボコにされて、ピクピク痙攣していた。
……コイツには<叡智の蛇>について、まだまだ聞く事があるから、すぐに処刑ってわけにはいかねえんだよな。
衛兵に命じて、気付けに水をかけさせる。
「――ぶっ!?
……わ、私にはまだ盟主が――」
なんか、うわ言のように呟いてるし。
と、そこへ。
ソフィアが俺の隣に進み出て、ラインドルフを見下ろす。
「……あなた、相当<叡智の蛇>に思い入れがあるようね。
だから、良い事を教えてあげる」
ソフィアは笑みを濃くして、閉じた扇をラインドルフに突きつけた。
「――その盟主だけどね。
わたしが想像している通りの人物だとしたら、国なんて望んでいないし、むしろ会員達のテロ活動は疎ましく思っているはずよ?」
「……な、なぜおまえがそんな事を言える!?
あのお方は私や他の使徒を集めて確かに語られた!
――我ら知恵ある者が民を平等に導き、平等に管理する事こそ、正しき道なのだと!」
「ふぅん、『使徒』に、『平等な社会』ねえ……
この十年で、エイラもずいぶんと思い切った事を考えるようになったものね。
ただ本を読めるだけで喜んでいた、あの子がねぇ……」
「なぜおまえが盟主様のお名前を――!?」
ソフィアは扇を開いて顔の下を隠す。
「あら、使徒なんて名乗ってるクセに聞かされてないの?
エイラは――今の盟主は二代目よ?
<叡智の蛇>――わたしが作った頃は<叡智の果実>という名前で、<蛇>は探索部所だったはずだけど」
「ま、まさか盟主様が『あのお方』と呼んでいる真の叡智とは――」
「あの子、まだそんな名前で呼んでるのね?
それ、たぶんわたしの事よ」
「――はあっ?」
なにか思惑があるのだろうと、成り行きを見守っていた俺だが、思わず声が出た。
ソフィアはそんな俺を振り返り苦笑。
「詳しくは今度教えてあげるけど、子供の頃、あなたが魔法を使えないのをどうにかしてあげたくてね。
お父様にくっついてローデリアに行った時に、情報収集の為に結社<叡智の果実>を作ったの」
そして、ソフィアはラインドルフに視線を戻す。
「今、<叡智の蛇>がどうなってるのかは知らないけれど」
ソフィアの笑みが濃くなる。
「元々、あの組織はオレア殿下の為に作ったものなの。
それはエイラ――盟主も覚えているはずよ?
それなのに殿下に牙を剥いて……盟主はどう思うかしらね?」
ああ、ソフィアの奴、ラインドルフの心を折ろうとしてんだな。
ホント、あとで詳しく聞かせろよ?
「そ、そんな……うそだ!
おまえはウソをついている!」
「――どう思おうと構わないけれど。
どのみちあなたはここで終わりなのだし。
最後にあなたが誇っている結社の真実を教えてあげたかっただけよ。
――盟主に背いたのだから、あなたは切り捨てられるでしょうね……」
ソフィアはそう告げて、俺に場を明け渡す。
「さあて、すべてを失った、ただのラインドルフ。
おまえへの裁きだが……」
実際のところ、これは朝のミルドニア皇王陛下との打ち合わせで決めてある。
「――正直なところ、他国の皇族を騙って国盗りしようとする者を裁く法が、我が国には存在しない」
というか、ミルドニアにも存在しないそうだ。
今までそんな事考える奴居なかったんだから、当然だろう。
ソフィアに聞いたら、中原でも前例がないんだとか。
だから。
「――とはいえ、事は国を揺るがす問題である為、春の諸国連合会議にて、おまえの処遇を決める事となった。
それまでは牢で頭を冷やすが良い」
皇族じゃなくなったラインドルフに用意されるのは、貴人用の幽閉塔ではなく、罪人用の地下牢だ。
育ちの良いコイツには、さぞかし堪える事だろう。
「……そんな……私はただ――」
聞いているのかいないのか、身も心もボロボロになったラインドルフを俺は見下ろす。
……俺はこうはならないぞ。
こいつが目指したのは、すべての民を「平等」の名の下に従えた独裁者だ。
俺は暴君にはなりたいが、独裁者になりたいわけじゃない。
ただただ、みんなが……
そう、ほんのささやかで良いんだ。
今日も幸せだなって笑い会える……そんな国を造りたいんだ。
俺はため息をついて、目に垂れてきた返り血を拭い。
衛兵にラインドルフを連れて行くように指示する。
側近や愛人達も、事情聴取の為に連行するように告げた。
血の海となった舞台で、俺は民達を見下ろす。
民達は息を呑んで俺を見つめていた。
「……以上が今回の出来事の説明と顛末だ。
皆には迷惑をかけたな……」
紅剣を鞘に収めて。
俺はつい頭を下げたくなる気持ちを堪える。
ここで頭を下げたら、すべてが無駄になる。
王族はまだ、敬われ恐れられる存在でなくてはならないはずだ。
「……よくわからねーけど」
最前列の者が隣の者に囁くのが聞こえた。
「殿下は国の為に戦ってくれて、今、悪い連中を裁いたって事でいいんだよな?」
それはさざ波のように後ろの方へと伝わっていき。
「……じゃあなんで殿下はあんな、泣きそうな顔してんだ?」
「――へたれだからじゃね?」
「バカだね。お優しいから、悪人相手でも手に掛けた事を嘆いてらっしゃるんだよ」
口々に好き勝手言いやがる。
「――殿下ーっ!
俺達がついてるぞーーっ!」
その声を皮切りに。
「――へ・た・れ! へ・た・れ!」
へたれコールが辺りに響く。
俺はもう一度返り血を拭うフリで、込み上げてきたものを拭い去り。
「――うるせえ! 俺の名前はオレアだ! 不敬罪でしょっぴくぞ!」
苦笑と共にそう叫ぶと、王都の民は歓声と共に拍手した。
……ああ。
考えていた王族と民の形とはズレてしまっているけれど。
これはこれでアリなのかな?
少しだけなら信じても良いのか?
こんな俺でも……俺なんかでも、誰かに好かれる事ができるのかもしれないってさ。
両手を挙げて拍手してはしゃぐ王都の民達を見回し。
俺は少しだけ、そんな気持ちになれたんだ。
こんな民達を……俺は誇らしく思うよ……
以上で転生暴君11話は終了となります。
11話は殿下の成長の総仕上げでありました。
暴君と独裁者。
似てはいても、志と根っこが違えばまったくの別物になるのだというお話。
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『パーティメンバーを追放したら、しつこく付きまとわれるので、わたし、勇者を辞めて貴族令嬢になります!』
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も、よろしくお願い致します。
作中でサラが憧れていた、銀華様の娘が主人公のお話です。
第二部も残すところ、閑話のみとなりました。
三部の構想もしっかり用意しておりますので、引き続きのご愛顧、どうぞよろしくお願い致します