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心から愛しております旦那様、私と離婚を致しましょう  作者: 菜ノ宮 ともり
season2:手に入れた本当の幸せ
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誰がための矛



「…まずは、これからする話を聞いてもら」

「悪いけど兄さん」


 冷気を含んだ声で遮られた。振り返ったリトレルの灰色の瞳には、激しい怒りが光っていた。


「そんなことはどうでもいい。俺はリヴェーラのことだけが知りたい。彼女が今どこに居て、何をしているのか、どうしてそんな場所にいるのか。教えてよ」


 リアムは思案した。リトレルには今回の騒動やリヴェーラを別邸に移す経緯まですべてを離して協力を仰ごうとしていたが、取り付く島もない。しかし、リヴェーラに懐いていたリトレルを想えば当然のことで、無理に話を進めるようなことはしたくなかった。


「前にも言ったが、別邸に行ってもらっている。弱みであるリヴェーラの居場所を知られて彼女が狙われるようなことだけは避けたいから、連絡は取れないが、万が一があればウィリアムが知らせることになっている」

「…狙われる?」

「そうだ。一刻も早く任務を終わらせないと、こちらの動きを察せられた場合、狙われるのは俺の妻である彼女だ。…ああ、いや、今は妻と呼んでいいのか分からないが」


 その資格はもう、ないのかもしれない。


 潮風でフードが煽られて、初めてリトレルはリアムの顔をはっきりと見た。戸惑うように目を見開いたのが見える。

 苦笑して顔に手を当てる。レイにもさんざん言われていたが、どうやら相当に酷い顔をしているらしい。痩せて骨が目立つようになったのは自分でも分かる。連日の睡眠不足で濃い隈が出来ていると、フェリシアに指摘された。


「…何が起きているんだ、兄さん。そんな…いや、リヴェーラが狙われるって、どういうこと」

「言っただろう。弱みだと」

「彼女が任務とやらに深くかかわっている、いや、巻き込まれているってことか!?」

「そうじゃない。リヴェーラは、俺の最大の弱みだろう」


 絶句、したように見えた。

 結婚式の日に彼女を愛していることは伝えていたが、聖女騒ぎで俺が浮気したと本気で信じていたのだろうか。そう思われても、仕方がないが。

 

(とことん情けない兄だ)


 顔を背けて、傍にあったベンチに座る。子供たちが遊びに来るのか、足元の地面が蹴り飛ばされたように盛り上がっているのが気になった。

 任務中ということもあり、気が張っている。


「…聖女の件も任務の一部だ。既に関係は切られている。だがなにもあの女だけがリヴェーラを狙うわけじゃない。マクベル候、教会連中、俺に敵意がある人間は全てリヴェーラを恰好の餌食にするはずだ。それで、別邸に隠した。…まあ、彼女とろくに話もせず、向き合う勇気すらないままに、追い出すような形になってしまったんだが」

「マクベル…って、昔から擦り寄ってきていたあの男か。というか、兄さん」

「ああ、そういえばそうだな。ああいう社交界の軋轢も、リヴェーラには背負わせたくなかった。ただでさえ苦労しているのだから、大事に守っていればそれでいいのだろうと思っていたんだ」


 張り詰めている、はずなのに、リトレルの前だからかすらすらと言葉が出てくる。そういえば久しぶりだと思った。リトレルとこんな風に話をするのは。

 大海原が目の前にあって、唯一の肉親のほかには誰もいない。フェリクスやフェリシアと話す時でさえ、強張っていたものが緩やかにほどけていくのを感じていた。


 この穏やかな街のせいだ。素直に感情をぶつけてくれる弟のせいだ。そう理由をつけて、口を留めなかった。


「リヴェーラを侮り、傷つけてきたことは分かっている。お前に心配をかけたことも。だがようやく自分がどうしたらいいのかが分かったから、そのためになるべく早く任務を終わらせたい。お前に協力してほしい」


 リトレルはしばらく黙り込み、そしてゆるゆると目を伏せた。


「…変わったね。少し前までは、誰にも本心を見せないようにしていたのに」

「リヴェーラを守ることしか考えていなかったからな。それが彼女を大事にすることにつながるとは限らないのに」


 はっと目をあげた弟の瞳が、濡れているような気がした。だがすぐに気丈な光を取り戻すと、話聞くよ、と隣に座った。

 




 ハウスが完全に始業する前には、皇都へ出発したい。リトレルにも仕事があるため、最低限の経緯のみを説明した。

 リトレルは指を組んで地面を睨みつけるように話を聞いていたが、やがて顔をあげ空中をぼんやりと見つめるようになっていた。


「頼みたいのは、不審な輸入品の中身だ。恐らく受取人を偽装して数年前から運び込まれるようになったものがある。魔法の研究に使う薬品か、クーデターのための武器か、後者が大半を占めているはずだ」

「それで、丘の上の教会を制圧してそれを依頼するためだけにルーランチェに、兄さんがわざわざ?」

「ああ。万が一他国の貴族を経由しているなら、いち職員では太刀打ちできないだろう。権力ならいくらでも持ち合わせているからな」


 リトレルはしばらく考え込んだ後、はっきりと頷いた。


「分かった。すぐに調べが付く」

「本当か」

「ああ。しかも目星が付いている」


 リトレルが不敵な笑みを浮かべた。やはり他国に協力者がいるようだが、貴族ではないから十分ハウス内で制圧できると。


「すまない。お前を巻き込むつもりはなかったが」

「……いや、どうせ巻き込まれていたから」


 その言葉に疑問を抱いたとき、リトレルが立ち上がった。


「兄さんとリヴェーラの問題は家族である俺の問題でもある、だろ?」


 昇る朝日の逆光になってリトレルの顔がよく見えない。だが、現状を考えるとその言葉は頼もしかった。思えば、リトレルに対してもリヴェーラ同様、守らなくてはいけない存在だとかつては考えていた。


 だが、いつの間にか任務の一端を任せるほどに成長していた。


「…不甲斐ない兄ですまなかった。…リヴェーラのことも、これまで通りとは、いかないだろうから」

「……」


 返答はなかった。小さく笑って立ち上がり、フードを被りなおす。

 証拠をつかみ次第連絡がほしいとだけ伝えて、踵を返す。いつの間にか、あたりは人通りが目立つようになっていた。


「兄さん」


 振り返ると、何か言いたそうに口を動かしている。

 まだ背が伸びているのだろうか、とリトレルの言葉を待つ間に思った。リアムの方が高かったはずだが、いつの間にか同じ目線になっている。父譲りの同じ色の瞳、似た声質、幼い頃は顔立ちすらよく似ていると言われていた気がする。


「兄さん、ごめん」

「何がだ」

「……俺は」


 言いにくいことなのか。任務とは知らずに責めたことを悔やんでいるのか、とリアムは勘違いした。責められるべきなのは自分であるのは変わりないのだから気にするな、と思いうつむく弟の肩を抱く。


「ハウスまで一緒に行こう」

「ぁ…………ああ、うん、そのほうがいいのかもしれない」


 そう言ったはいいものの、帰り道でほぼ会話はなかった。そういえば小さいころからおしゃべりなのはリトレルの方だったのだ。

 黒いローブ姿で肩を寄せるわけにはいかないので、少し距離を開けて並んで歩く。ハウスの表門の近くは既に大勢の人でにぎわっていた。ここまでくればかえって身を隠しやすい。


「…近くに部下たちがいる。合流して出発する」


 リトレルは頷いた。


「気を付けて。証拠はなるべく早く持っていけるようにする」

「ああ。お前も、無茶はするな」


 頷いて人ごみに紛れようとした時、か細い声が聞こえた気がした。


「ごめん、兄さん」


 しかし振り返ったとき、リトレルは既に背中を向けていた。すぐに人の波に呑み込まれていく。路地裏の方に部下がいるのが見えている。追いかけてまで訂正させる必要もないと判断し、踵を返した。


「馬の用意は」

「出来ています。既に、証人は護衛と共に出発済みです」

「分かった。俺たちも向かう」


 影に紛れる。喧騒から外れて、静かな路地裏の方へ。賑やかな声が遠ざかっていき、闇に漂う重い空気が肌にまとわりついた。

 そう遠くない街外れの森の、舗道からさらに外れた場所に馬がつながれていた。乗ろうと足をかけた時、ハウスの方で騒ぎ声が聞こえた。


「リトレルか?」

「確認してまいります」


 まさかもう、証拠を集めようとしたわけじゃなかろうな、と眉を顰める。何かを思いつめたような顔をしていた。常に様子がおかしかったのは、自分への不信感か。それとも職場でなにかあったのか。


「弟君の補佐官が倒れたと。その際、密輸品が露わになったことで一部乱闘騒ぎの様です」

「密輸品…加勢は?」

「必要ありません。ハウスの警備員が既に抑えています」

「数人残れ。証拠品を追随して運ぶ」

「はい」


 ふ、と笑みをこぼした。リアムには、随分と仕事が早くて優秀な弟がいるらしい。


 ―あ!また義姉さんのこと考えてただろ!


 不意に、昔のことを思い出した。今の様に、リアムが笑った時に揶揄うようにリトレルが言った。リヴェーラのことを思い出して笑ったのだろう、と。

 

「主?どうかされましたか」


 リアムの様子が変わったことに気が付いた部下が声をかける。しかし、リアムは微動だにせず手綱を握りしめていた。

 リトレルと再会してから、わずかに、だが常に感じていた違和感。


(リトレルは…リヴェーラを、名前で呼んだことがあったか?)



 

 


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