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心から愛しております旦那様、私と離婚を致しましょう  作者: 菜ノ宮 ともり
season2:手に入れた本当の幸せ
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旦那様の独白






「旦那様、こちらにいらしたのですか」


 リアムがレイの呼び掛けに応えることはない。そして、レイもまたそれ以上何かを言うことはなかった。


 最愛の妻が屋敷を出てからこの二ヶ月間、リアムは寝る間も惜しんで仕事をこなす日々を送っていた。特に急ぐ必要が無いものも、まるで仕事をしていないととても耐えられないといったように机に向かう。


 そんな主が今日初めて執務室ではなく違う部屋で一日を過ごしたことに、レイは複雑な心境を抱いていることだろう。リアムの手には、今日義父から受け取ったリヴェーラからの手紙が握られている。


 リアムが居たのは、もう使う者が居なくなってしまった部屋。それにも関わらず、まだ誰かが暮らしているのではないかと思うほど、ドレスやアクセサリーが置かれた部屋。

 彼がこれまで一度も、訪れることが出来なかった部屋である。


「…全て、置いて行ってしまったんだな」

「…手提げカバン一つだけのお荷物でございました」


 リアムが贈ったドレスもアクセサリーも、宝石も本も、全てがそのままになっている。最低限の身の回りのもの以外、使われた形跡がない。宝石に関して言えば、購入した際のケースに入ったまま、リボンでしっかり止められたままだ。


「お前の言った通りだな」

「……」

「……もっと話しておけば良かった」


 二ヶ月前、この家から夫人が出ていってから、屋敷は霧に包まれたように活気が消え失せた。

 元々、ロロとリリを筆頭にリアムに対する使用人たちの反抗が度々目に付いていた。それがリヴェーラを失ったことで、さらに悪化している。


 それはリアム自身も同じで、リヴェーラが傍に居ないことの辛さを身に染みて理解し、同時に確かにある違和感に対する不安が増大しているのだ。


「…俺はリヴェーラと何も話していない。彼女の為だと言っておきながら保身に走っていただけだ。…向き合うことなく、避け続けた。もし嫌だと、もう傍にはいられないと言われたら、…耐えられないからと」


 だからと言って放置していい理由にはならないのに。彼女が傷ついていたのは分かっていたのに。それでも向き合わなければ、自分の罪を告白する必要も無い。彼女は何も出来ない。何も知らない。


 そうしたらずっと、自分の元に居てくれる。


「……俺はなんてことを」


 リヴェーラが好んで着ていた菜の花色のドレスに顔を埋め、最愛の妻に謝罪をする。これは、二年間分の重さを持つ、心からの謝罪。


 リアムは、自分とリヴェーラの関係が危うくなり始めた違和感に気がついていた。それでも気付かないふりをした。今まで通り、繋がるからと。自分と妻は夫婦という切れない絆で繋がっている。今はすれ違っていても、まだ大丈夫だと、そう思っていたのだ。


 そう自分に言い聞かせていたものが、今日この部屋を見たことで完全に崩れ去った。


 リヴェーラは何も受け取っていなかった。リアムから贈られたもの全てを。それは物だけではなく、心も同じであったと、この部屋が語っている。


 ここには確かにリヴェーラが居たはずなのに、まるで別の誰かが住んでいるような異様な雰囲気に包まれている。リヴェーラの存在した痕跡がどこにもない。存在感がどこにもない。


 リアムはこの部屋を見て、リヴェーラを思い出せない。


 拒絶されるかもしれないとしても、別れを切り出されてしまうかもしれないとしても、正直に伝えておけば良かった。恋い焦がれるがあまり陛下に君を請うて、舞い上がるがあまり君の気持ちも確認せずに妻にした。その罪悪感から避けてしまっていたこと。それでもこの醜い独占欲から、手放すことは出来なかったこと。


 全ての罪を打ち明けたあと、この上なく大切にして、溢れんばかりの愛を伝えて、どうか共に生きて欲しいと願えば良かった。

 

 それでリヴェーラが応えてくれるかどうかは分からない。一度も向き合ったことがないから、リヴェーラのことが分からない。


 罪悪感と後悔に打ちのめされているリアムに、レイは何も言わなかった。この男もまた、自分さえ気づいていれば、おかしいと思った時に行動出来ていれば、ここまで自分の主人たちがすれ違ってしまうことは無かったのにと、責任を感じているのだろうか。


 レイが気に病むことでは無いというのに。いや、レイは気づいて、忠告してくれていた。自分がそれを聞かなかっただけだと、リアムは唇を噛んだ。


「…リヴェーラは、今どうしているのか」

「下手に動けないので連絡は取り合えていませんが、奥様に何かあれば祖父が行動するかと」

「…全てが終わった時、またここへ帰ってきてくれるのだろうか」


 もし、リヴェーラがここへ戻りたくないと言ったなら、自分にそれを止める権利は無い。そう分かっているからこそ、この部屋にリヴェーラの面影を探しに来たのだった。最愛の人を失うことになった時、せめて思い出の品になるものを探しに。


「お前の前では、リヴェーラはよく笑っていたか?」


 リヴェーラは、リアムの前ではあまり笑わなかった。彼の記憶に残るリヴェーラはいつも気を使っていて、発作が起きて可哀想な程に青ざめた顔か、静かに涙を流す顔が真っ先に思い浮かぶ。

 

 ロロやリリ、レイも連れて皆で外へ出かけた時は例外だった。やはり気を使ってはいたが、心からの笑顔を見せてくれていた。


「…私は基本旦那様と共に行動していますから…。ですがロロとリリが言うには、奥様は旦那様と一緒に出かけている時が一番楽しそうだったと」

「………」

「私達の前ではよく笑ってくださいますが旦那様の話をされている時が一番幸せそうだと、話していました」


 リヴェーラの気持ちは分からない。けれど、望まない男に嫁がされたからといって全てを投げ出して、感情のままに振る舞うような女性ではないと、分かっていたはずだった。


 自分に与えられた環境から幸せを見つけ出そうとして、いつも前を向いていた。そういう彼女だから好きになった。妻にしたいと望んだ。


 他でもない自分こそが、リヴェーラが唯一頼れた存在であったことを理解していたはずだったのに。そしてその代償としてリヴェーラが払い続けた献身を享受していたというのに。


 何故気づかなかった。何故向き合わなかった。なぜ話し合わなかった。

 …何故、逃げた。


「…リヴェーラ」


 何故名前すら呼ばなかった。口付けもしなかった。愛の告白もしなかった。


 一体彼女に何をした?二年間も、自分の屋敷に閉じ込めておいて、彼女に何をしてやれた?

 幸せを与えたかった、ずっと負い目を感じながら生きてきて、それでも人の為に何かしたいと願う彼女がいじらしくて、どうしようもなく愛しくて、大切にしたくて娶ったはずだ。


 けれどリアムが彼女に与えたのは幸せではなく、ただの孤独。


 心の底から愛していた。彼女が妻でいてくれるのならもう他はどうでも良かった。

 優しく抱きしめて、酷く甘やかして、もう怖いものは何も無いと囁いて、一生守り続けたかった。


 愛していることが言い訳になるとでも、愛していれば全てが許されるとでも、そう、思っていたのだろうか。伝えなくてもいい。俺が君を愛していることに変わりはない、君が俺に愛されていることに変わりはない。


 そんな独りよがりを二年間も。


(リヴェーラに会いに行こう)


 自然とリアムはそう思った。向き合うことを恐ろしいと感じる思いは既に消え失せていた。そんなことよりも彼女を失う恐怖と、彼女を傷つけたことへの後悔の方がよほど大きかったのだ。


 リアムに出来ることは、リヴェーラに一切の危害を加えることなく、与えられた任務を果たすこと。それがひいては国の安寧、妻の暮らす国の安全につながると信じていた。

 皇帝に任務を与えられたその瞬間さえ、リアムの最優先事項はリヴェーラだった。聖女のこれ以上の横暴を許せば、妻の生きる世界が乱される。


 だからこそリアムのリヴェーラへの思いはすべて任務達成へと向けられていたと言っても過言ではなかった。それが愛の示し方であるとさえ思っていた。


 しかし今、初めてリアムは自分の欲求をはっきりと言葉にした。最大の弱みである彼女の存在を決して悟られてはいけない。そのために会いたいと願うことすら制限してきた。しかし涙にぬれた彼女の思いと、この空虚な部屋を目にしたことでそれが決壊した。


「レイ」


 そして伝えられた計画にレイは無茶だと首を振る。


「まだ時間はあります。旦那様の身を危険にさらしてまで」

「俺とリヴェーラの間に時間があったことなんてない」


 強い決意を秘めた声にレイは立ちすくむ。


(終わりにしなくてはならない。リヴェーラを、俺から解放するために)


 リアムは立ち上がって部屋をあとにする。その背中にもう迷いはなかった。




















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更新うれしい…楽しみにしてますんで頑張ってください
なろうクソ旦那ランキング上位(私調べ)
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