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心から愛しております旦那様、私と離婚を致しましょう  作者: 菜ノ宮 ともり
season2:手に入れた本当の幸せ
23/41

新境地2

 

 




 ルーランチェに来てから二週間が経ち、私もある程度ここでの仕事のやり方を覚えてきていた。と言っても、私の仕事は、海風が吹き込む小さな部屋で、黙々と仕事を片付けること。

 リトレルは仲間の手伝いに行ったり、自らが担当する交易の接待をしに行ったりとよく部屋を出ていくけれど、私はほぼこの部屋から出ることなく仕事をしている。


 私はこの二週間で、とにかくリトレルが預かっている仕事を全て覚え、その書類仕事に慣れていった。分からないことがあっても、リトレルが一時間に一度は戻ってきてくれるし、ツェツィーリエもよく出入りするので、何も問題はない。

 まだほんの少しの時間しか経っていないのに、私は間違いなく、ここでの仕事を楽しんでいると断言できるだろう。


「リヴェーラ、今日はそろそろ上がろう」

「ええ」


 朝この部屋に二人で出勤してきて、黙々と仕事をこなしていれば気がつけば夕日が沈む頃になっていて、リトレルが声をかけに来て、また二人で帰る。

 こんな単純なサイクルを繰り返しているだけだけど、リトレルと一緒にいると色んな人から声をかけられて、私もどんどん知り合いが増えていき、異国から来た人々と交流すれば沢山学ぶことがあり、何もかもか新鮮で充実した日々だった。


「よいしょっと」

「あ、貸して。私がやるわ」


 荷物を抱えたリトレルが鍵を閉めるのに苦戦していることに気づき、手を出す。


「はやくリヴェーラの分も欲しいね。二本ないと不便になる時がくるだろうし」


 リトレルの部屋の鍵は、元々リトレルが使っていた一本しかなく、私のためのスペアキーは今作ってもらっている最中。そもそも長期に部屋を留守にする時と、退社する時にしか鍵はかけないけれど、それでもあるに越したことはないとリトレルが発注してくれたのだった。


「帰ろうか」


 家は、リトレルが元々住んでいた家の一部屋を借りることになった。アンバーミッドハウスのすぐ近くにあって、徒歩で十分程度。


 そこにはリトレルの他にマーサという、家事全般を行う寮母のような役割の女性がいて、さらにたまにリトレルの友達もなだれ込んでくることがある。


 とにかくルーランチェという街は人と人の繋がりが強いせいか、職場にいても家にいても誰かしらと時間を過ごしているのだと二週間で気がついた。


「そろそろ連休をとって、リヴェーラと一緒に出かけたいな」

「お出かけ?」

「うん、この街の紹介も兼ねて」


 夕暮れ色の空を背景にすると、リトレルの茶髪はさらに赤みをまし、それが綺麗な曲線を描く頬に影を落としていた。男性にしては少し長めな、肩につく髪の長さはリトレルによく似合っていて、思わずその横顔に見とれた。


 旦那様に、よく似ている。


 目尻の感じも、高い鼻も、小さめな耳も、背の高さも。


「商店街の方はまだ行ったことがないよね?珍しいものが沢山あるんだ、リヴェーラもきっと…」


 目を閉じれば旦那様の姿が瞼の裏に浮かぶほど、声までも。


「…リヴェーラ?」


 リトレルが返事をしない私を不思議に思ったのか、それまで真っ直ぐ前を見ていた顔を私に向ける。


 旦那様とそっくりな声で、私の名前が呼ばれた。その声が耳にこびりついて離れない。


(…旦那様も、こんなふうに私の名前を呼ぶのかしら)


「……」

 

 固まった私の表情を見てリトレルは悟ったのだろう。私と同じく、みるみるうちにその顔は強ばり、私から視線を逸らした。唇を噛むその仕草を見て、私はようやく我に返り、誤魔化すように笑った。


「リトレルの横顔がとても綺麗だから、思わず見とれていたわ。ごめんなさい」

「…いや」

「きっとリトレルは人気があるでしょうね。女性から沢山アプローチされてきたんじゃないかしら?」


 気まずさを誤魔化すように饒舌になる私を気遣ったのか、リトレルは強ばった顔に無理やり笑顔を浮かべた。


「まぁ、それなりには?」

「そうでしょう。…あ、やだ私。考えが至らなかったけど、恋人はいるの?いるとしたら、こんなにあなたの近くにいる私の事を嫌がるはずだわ」


 今更気づいたってもう二週間経っているのだから遅いだろう。リトレルの私生活に踏み込むような形になっているのに気遣いもできていなかったことを反省し、謝ろうとした時、やけに真剣なリトレルの視線が私を貫いた。


「居ないよ。恋人なんて、…いない」

「あ…そう、なのね」


 旦那様と同じ色の瞳。なのに何故だろう。そのチャコールグレーの瞳は、旦那様のものとは確かに違う。


 目の奥にある光が、旦那様のものとは違う。


「…今日の夕飯はなんだろうね。マーサが腕によりをかけて作ってくれているはずだよ」

「…そうね、楽しみだわ」


 二人揃って、何事も無かったかのように歩き始める。


 自分の中で、リトレルの立ち位置が少し変わった。そんな気がした。







「ただいま帰りました」

「おかえりなさい、リヴェーラ」


 部屋の奥からマーサが顔をのぞかせ、にっこりと笑った。


「マーサ、俺にはないのか」

「リトレルは今日布団をぐちゃぐちゃにしたままでしたからね。それに比べてリヴェーラはいつも綺麗よ!ほんとにここで寝ているのかと思うほど」


 少し分厚い手のひらが私の頭を撫でる。なんだかよく分からないけれど、ツェツィーリエが初めて会った時そうだったように、ルーランチェの人々はよく私の頭を撫でる。


「元々寝相がいいので…」

「俺の寝相が悪いといいたげだね」

「そ、そういうわけじゃ…」

「寝相の問題じゃぁないよ、掃除をする私への気遣いの差だね。さぁご飯にするよ、リトレルはさっさとその荷物を置いてきな。あぁリヴェーラの荷物も持っていきなさいな」

「言われなくてもそうす」

「さぁリヴェーラはこっちへおいで。今日は新鮮な魚を使った海鮮料理だよ」

「まぁ、楽しみですわ」



◇◇



 私のルーランチェでの生活においての初めてのトラブルは、いつも通りであったはずのある日の午後の事だった。


「リトレル、ここの数が合わないのですが…」

「あぁ、これは俺の」


 リトレルが私の手元にある書類に手を伸ばした時、扉がなんとも言えない軽やかなリズムでノックされた。このノックの仕方は一人しかいない。


「ツェツィーリエ、何かあったのか?」

「リトレル〜、レラントから使節団の方々がいらっしゃいましたよ」

「レラント……?」


 レラントとは長年貿易関係を結ぶ隣国であり、十年程前にも帝国からレラント王妃が誕生した大切な友好国である。


 レラントとの貿易活動はアンバーミッドハウスでも最も大切な交易であるけれど、本来の管理責任者が外国へ渡っているため、一時的にリトレルがその責任者の代理を務めているのだ。なんでも、レラントの要人の一人と親しく、その方のご指名を前々から受けていたらしい。


「な……は?いつ?」


 唖然としたリトレルの反応にも納得する。今日レラントから使節団が送られてくるだなんて何も聞いていない。


「たった今よ、見慣れた旗だと思ったらレラントの船だったって、今みんな大騒ぎ。とにかくあなたがいなきゃ話にならないわ、出てきて頂戴」

「わかった、すぐ行く」


 またあいつ何も知らせずに…とぶつぶつ言っているリトレルの袖を引っ張った。


「あの、私もついて行っていいかしら…」

 

 リトレルは一瞬驚いたような顔をして、その後直ぐに頷いた。


「もちろん、あいつのことも紹介したいしね」


 あいつが分からないけれど、とにかく準備をする必要がある。今までは部屋に閉じこもっていただけなので、使節団の前に立てるような格好ではなかった。


 引き出しからブローチを取り出して胸元に着け、無造作にまとめていた髪も一度解いて、お団子にまとめてしまう。服は変えている暇がないので、とりあえず軽く払って部屋を出る。


 ベストを着ているリトレルに代わって扉を閉じ、早足で歩き始めた。


「あいつ、というのは?」

「俺をご指名のレラントのご要人がいるっていう話はしたよね?」

「ええ」

「そいつのことだよ。昔からの知り合いでさ。ちょっと育った環境があれだから、人一倍人の心に敏感なんだけど根はいい奴だよ。まあ、今回みたいに気分屋だけどね」


 ご要人と言うのだから四、五十代程の貫禄のある方だと思ったけれど、この言い方からして案外年が近いのかもしれない。


「ツェツィー、応接室何番?」

「ううん、あの人ったら、珍しいもん手に入れたからあなたに渡すんだって、るんるんで荷解きしてるわ。時間がかかるから、その間に呼んできてくれって」

「ツェツィーリエも知り合いなのね」

「腐れ縁よ〜、私はリトレルのついで。あの人は気に入った人間がいるとずっと執着するんだもの。あれは一生ついてまわるわよ。王妃様だってそうだったもの」


 突然の王妃様に目を剥いている時、リトレルが突然立ち止まった。一歩の広いリトレルに追いつくように駆け足気味であとを追っていた私は、思いきりリトレルの背中に顔をぶつけ、鼻を押さえる。


「い……」

「あっ!わ、悪いリヴェーラ、大丈夫か。見せて、あぁほんとにごめん」

「だ、大丈夫よ…」


 手をどかされ鼻を見られる。周りには人が大勢いるので、恥ずかしいどころでは無い。きっと赤くなってみっともなくなっている。レラントの使節団に会う前までに治るといいけど、なんて思っていると、リトレルの背後に誰かが立ったのが分かった。


"いちゃいちゃ中かな?リトレルに恋人が出来たなんて、聞いてないんだけど"


 リトレルがゆっくり振り向く。私もリトレルの肩の向こうを覗く。そこに立っていたのは、標準的な茶髪をした異国の男性で、話した言語はレラント語だった。

 レラントの使節団の一人だろうか、と思っていると、リトレルが私の頬から手を離しその人と向き合った。


"久しぶりだな"

"お前な、来るなら来るって前もって言えっていつも言ってるだろう"


 私はレラント語を使ったことこそないけれど、学んだことならある。それから時間が経っていたけれど、ちゃんと内容を理解出来ることに安堵した。


"それで、その女性はほんとにリトレルの恋人?"

"あぁ、紹介するよ。リヴェーラこっちへ"


 リトレルに従い隣に立った。人の心に敏感とリトレルが言っていたけれど、それがなんだか納得できる気がする。こうして真正面に立ってみると、その瞳が私の奥深くまでを探るようにじっと見つめてくる。


"リヴェーラだ。ちょうど一週間前に帝都から俺の補佐官候補として来てもらったんだ。恋人では無い"

"初めまして、リヴェーラと申します"


 私がレラント語を話すと目の前に立っていた彼と、何故かリトレルも驚いたように肩を弾ませた。


「…リヴェーラ、レラント語を話せたのか」

「ええ、言ってなかったかしら…」


 言ってなかったかもしれない。と思っていると、男性がふっと笑った。


"よろしく、リヴェーラ。僕はベンガル"

"こいつの事だよ、俺をご指名の気分屋ご要人"

"…え、えっ!?まぁ、私勝手に…"

"もうちょっと歳いったおじさんだと思ってた?"


 言い当てられ、早速心に敏感だという所以を見た気がした。


"えぇ…申し訳ありません"

"そんなに堅苦しくしないでいいよ。きっと歳は同じくらいだ。あぁそうそう、リトレルにと思って持ってきたものがあるんだけど、リヴェーラにあげようかな"

"どいつもこいつも…"


 ベンガルが振り返ってなにやら木の箱をがさごそと漁っている。そういえば珍しいものを手に入れたと言っていたわね、と思い出す。こちらからすればレラントは、十分に珍しい産物品に溢れる国であるため、そんな国から来た要人が珍しいという物には興味が湧く。


"あぁあった。これだよ"


 と言って振り返ったベンガルの手に握られているものは…。


「えぇ?これただの木のように見えるけど…」


 私の後ろから覗き込んできたツェツィーリエが首を傾げた。いたのかツェツィー、久しぶり。いたわよ〜最初から。という会話を聞きながら、私はそれをじっくりと眺めた。

 リトレルはそんな私をじっと見つめている。


"…これ、もしかして香木なのでは"

"うん、大正解だよリヴェーラ"


 ほのかに甘い香りが漂っている。言葉で表すことが難しいけれど、この国で主流の花から抽出するような香水よりも、森林のような、自然に近いような香りがする。


"これは、常温よりも燃やした方が香りが強くなるんだ。後で試してみて"


 と言って丸々一本渡される。私はその重量に驚きつつ、ベンガルを見上げた。


"これをもらえるの?"

"もちろん、君は僕の親友の…恋人?では無いんだっけ。友人?友人でもないの?じゃあなんなの。………。…とにかく大切な人らしいから、つまり僕の友人になる。プレゼントだよ"


 リトレルがはぁ、とため息をついた。私は恋人でも友人でもないけれど、関係が複雑すぎて説明の仕様がなかったのだろう。


"…ありがとう"

"………"


 ベンガルは黙って私の顔を見ていた。もしかしたら今、私の心を読んでいるのだろうか。

 そんなわけないけれど、そう思ってしまうような不思議な目をしている。


"…リヴェーラは不思議な子だね"


 私の心を読んだ結果が、不思議な子だというのは見当がつかない。いや、そもそも心を読んだのかどうかも分からないけれど。


"僕は気に入ったよ。リヴェーラ、君のこと"

"え?"

「あらら、レラント語よくわかんないけど、リヴェーラ気に入られちゃったんじゃなぁい?」

"……ベンガル…"


 リトレルが額に手を当ててため息をついた。その様子からしてやっぱりか、というような感じなので、リトレルはこうなることが分かっていたのかもしれない。なんにせよリトレルの親友でありレラントの要人である彼に気に入られるということは、私にとって悪いことでは無い。


"ありがとう。私もよ"


 というわけで素直にそれを伝えたのだけれど、ツェツィーリエに口を塞がれ、リトレルに叱られるというよく分からないことになってしまったのだった。












 


 


 









 

1ヶ月ぶりの投稿となってしまい申し訳ありません。このたび進級し、高校三年生となりついに受験生になってしまいました…泣


そのため、しばらくの間投稿を休止させて頂こうと思っています。


将来も文学に関わり続けるために勉学に励み、目標を達成したら必ずまた戻ってきますので、それまで待っていて頂けると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 高校生の方が書かれているのですね! この先どうなるのか。。。 次の更新を楽しみに待っています。 受験頑張ってくださいね。
[一言] 美しく聡明なリヴェーラ様と冷血元夫の物語大好きで 更新をとても楽しみに待ってました〜♡ 受験生との事でご自分の夢を叶える為にも 頑張って下さいm(_ _)m リヴェーラ様にも菜乃先生にも…
[一言] 受験生なのですね! 身体に気を付けながら頑張って!
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