リヴェーラと父
本っ当に更新が遅くなっていて申し訳ありません!進級でばたついたうえに進学校なので勉強に追われ、さらに部活に追われ……。(言い訳でしかありません)
また小説の方も頑張っていきたいので、投稿頻度は今よりもマシになっていくと思います!楽しんで頂けたら幸いです。
「お嬢様。庭園の花が美しく咲きましたわ。午後のお茶は庭園でどうですか?」
「……そうね」
机の引き出しに手をかけ微動だにしなかった私を気遣ってか、メイド長が声をかけてきた。生返事をしながら、息を吐いて引き出しを開けた。そこには封のされた手紙が何通も入っている。私が侯爵家へ帰ってきてから書いた、リリやロロ、そして旦那様へ向けた手紙たちだった。
書いたはいいが出す勇気はない。日を追う事に書きためていってしまうこの手紙たちが相手に届くことはないのだ。
また一通、中に入れる。静かにしめ、両手を着いた。
「……お嬢様…………」
侯爵家のみんなは優しすぎるほどに私に丁寧に接してくれる。お母様も、お姉様も、メイドたちも。温かすぎるこの場所に、しがみつくようになってしまいそうで怖かった。
私は、旦那様を忘れるのだろうか。毎日心を疼かせ、体が震えてしまうほどに愛していた旦那様を。その旦那様に受けた恩を。あの場所で受けた全ての優しさを。私は忘れなければならないのだろうか。
そんな答えは分かりきっているのに。毎日、毎時間、毎秒、頭に浮かぶのはそのことばかり。私はどうしてこんなにも弱いのかと。いっそのこと、全てなかったことにしてしまいたい、いやでも、あの日々が初めからなかったものになんてしたくないと。思わない日はない。考えない日はない。
結局私は、どうしたらいいのだろう。
「……お嬢様、お茶のお供はいかが致しましょうか。お嬢様はマカロンがお好きですから、料理長に色んな味のマカロンを作っていただくのはどうでしょう。料理長のことですから、きっと机に乗らないくらいの量を作ってきますよ」
「……そうね」
「…………」
お母様が侯爵家に嫁いできてからずっとここで働いてくれているメイド長。私が赤ん坊の頃から尽くしてくれている彼女の言葉にも、耳を傾ける余裕がなかった。
「失礼致します」
扉がノックされる音と共に、執事長が入ってきた。
「お嬢様、侯爵様がお呼びです」
「……お父様が?」
お父様は私がここに戻って来たことを歓迎はしてくれなかった。お父様の反応が当たり前なのだ。家の恥さらし。お荷物。戻ってきてからお母様やお姉様と食事を共にすることはあってもお父様とはなかったし、あの日以来言葉を交わしてさえもいない。
「体調がいいようなら今すぐ執務室に来るようにと」
「大丈夫よ。行くわ」
「お嬢様、ご無理はなさらないでくださいね」
メイド長の心配気な声が背にかかり、振り返って頷いた。そのまま部屋を出て執事長の背中を追う。
「……どういった用なのかしら…」
「侯爵様は皇宮に出向かれるお時間ですので、恐らくお嬢様も一緒に連れていきたいのだと思いますよ」
皇宮へ……?
侯爵であるお父様はたびたび会議のために皇宮へ出向いていた。そこへ娘がついて行く意味などないし、理由もない。
「どうして……」
「お嬢様、侯爵様はお嬢様のことを誰よりも信じていらっしゃるのですよ。侯爵様は、お嬢様のことを愛しておられますから」
執事長の柔らかな声に首をふる。
「そんなはずはないわ。お父様にとって私は邪魔な存在でしかないはずだから」
「誤解を受けやすい方ですが、決してそんなことは無いのですよ。侯爵様はお怒りなのです。愛娘を酷く傷つけた挙句に捨てた、アルカディル伯爵に。お嬢様の価値を、才能を発揮する場がようやく与えられたと思って嫁ぐことを許可したのに、アルカディル伯爵は侯爵様を裏切ったのですからね」
執事長の言っていることの意味を理解できずに見上げる。
私の才能?価値?
「どういうこと?お父様、は……」
返答を聞く前に、執務室の前に着いてしまった。扉の取っ手に手をかけながら、執事長はシワの刻まれた目元を痛ましげに細めて頭を下げた。
「お嬢様、これだけは覚えておいてくださいませ。お嬢様は生まれながらにして何人からも愛される心と優しさ、そして才能を持っているのです。お嬢様がお生まれになったあの日、天をもお嬢様の誕生を祝福したように」
私が生まれた日、その日は酷い雷雨に見舞われていたという。領地を守るために自ら出向いていたお父様や、運悪くちょうど出征していた皇子はあわや命の危機だったそうだ。
お母様は二人目にして難産、お産の叫び声が雷雨の影響で停電した屋敷に響き渡り、使用人たちは総出でお母様を支えた。
屋敷の主であるお父様の無事は分からず、帝国の皇子の行方も知れず、災厄に災厄が重なり、誰もが絶望を感じていたが、やっと私が生まれたその瞬間、あれだけ激しくなっていたはずの雷はやみ、空を覆い尽くしていた黒い雲は晴れ、太陽の光がお産室に差し込んだのだという。
その太陽の光が産声をあげる私を照らす様を見た、お産の直後で意識が朦朧としていたお母様は、後にあなたは奇跡の子だと語った。
消息が絶たれていたお父様が部屋に駆け込んできて、私を抱き上げて涙を流したという話は何度も執事長から聞いた。
だけど、私は奇跡の子なんかじゃない。呪われた子だ。こんな奇病を持って産まれてきたのに、散々お母様を苦しめたのに、奇跡の子だなんておこがましい。幼いながらにそう思ったのを今でも覚えている。
「……わからないわ」
「お嬢様…」
奇跡だと言われるのは私じゃない。万人から慕われ、崇められ、人々を救う聖女様のような存在のことを表す言葉だ。
「お父様、失礼致します」
「入れ」
久しぶりに聞く父の声色に一瞬怯えてしまう。低くて、ずっしりとしていて、聴く者を威圧するかのようなお声。それでもお姉様には、とても優しい声で話されることを私は知っている。
気持ちを表に出さないように深呼吸しながら扉を開けた。
中に入ると机を挟んで向こう側に、こちらに背を向けてたっている、正装姿のお父様の姿があった。
「あの…」
「皇宮へ」
「……は、はい」
それだけ言って振り返る様子がなかったため、部屋を出ようとする。
「……見ない内に痩せたな。しっかり食べているのか」
「え?」
突然背中にかけられた声に驚いて勢いよく振り返る。
しっかり食べているのか、つまり、私の心配をしてくれているということ?お父様が、私のことを?
「た、食べています」
「そうか」
「…………」
沈黙が続く。お父様はこちらを向いておられないし、私もこれ以上何を言ったらいいか分からない。
……お姉様なら、どうするのだろうか。
「……」
そんなことを考えても仕方がない。私はお姉様がするような行動を一つとして真似できやしないし。
「……では、準備をしてまいります」
静かにそう言って部屋を出た。今度こそお父様から止められることなく扉を閉め、ふぅ、と息をついた。
皇宮へ行くのだからそれ相応の装いをしなくては。と思いながらもそれを自ら指示するほど前向きではない。全てメイドたちに任せることになるだろう。
ロロやリリは私を着飾らせることが好きだった。私はあまり外へ出ないからその機会も少なかったけれど、旦那様のパートナーとして夜会へ出る時は、それはそれは楽しそうに準備してくれたものだ。
……もう、あの二人の楽しそうな笑顔を見ることも叶わない。
「誰か、数人メイドを呼んでくれるかしら」
「かしこまりました」