第110話 ぬるぬる
ただ落ち葉を掃くだけの作業がこんなに辛いとは思わなかった。
これも日頃から運動していなかった影響か……。
息も絶え絶えに石で出来たベンチに座っていると、頬に熱い何かが当たって驚いた。
「あちっ!」
振り返ると、恵さんが「にししっ」と笑いながら"お汁粉"と書かれた缶を突き出してきた。
明るい笑顔と、前屈み故にブレザーを押し上げる胸の膨らみに癒される。
お汁粉を受け取って「サンキュー」と感謝を述べると、恵さんはそのまま隣に腰を下ろした。
「もう3日も掃き続けてるね。最初は清掃とか楽勝じゃんって、思ってたけど……しんどーい」
「恵さんはこれ以外にもバイトしてるんでしょ?」
「あ~、してたけど、辞めちゃった。元々フイッチ買う為に短期でやってたからさ」
そう言いながら、恵さんは足をバタバタさせて空を見上げていた。
12月ともなれば17時はすでに薄暗い。神社の電灯がスポットライトのように俺達を照らし出す。
「どんなバイトだっけ?」
「喫茶店だよ、こう見えてあたしが入ってから客が増える程だったんだよ」
「へえ~、恵さんって看板娘みたいな感じだったのか」
「うん、男の視線も釘付けだったのよーん」
腕を組んで胸を強調してきたので、俺は視線を別方向へと向けた。
「そう言えばさ、家での夏凛の様子はどう?」
「様子って聞かれてもな……」
家に帰って、ハグして、風呂入って、ハグして、ご飯食べて、ハグして、一緒にテレビ見て、ハグして──。
「まぁ、普通かもな」
「かなり間が長かったわね!」
「てか、何でそんなこと聞くんだよ」
「文化祭辺りかな、いきなりあの子からRineメッセージが送られてきてさ。『男性のこと、教えて下さい!』って頼まれたの」
「それ、教えたのか?」
「嫌に決まってるじゃない! あたしが教えて欲しいくらいよ!」
「そうか、それなら良いんだけど……」
夏凛が色々と積極的になったのが疑問だったけど、まさか裏でそんな事を頼んでいたとは思わなかったな。
しかし夏凛の態度が変わり始めたのは文化祭、時期はドンピシャだけど恵さんは拒否したと言っていた。
じゃあ一体誰が夏凛に色々吹き込んでるんだ?
その後も何気ない会話をしていると、白里先生が神社にやってきた。
「あ、白里先生だ」
「黒谷君、城ヶ崎さん、今日もお疲れ様~」
白里先生は綺麗な銀髪を揺らしながら駆け寄ってくる。
瞳は青いし、一応ロシアの人かなって噂されてる美人さん。そんな人に労いの言葉をかけられるのは男として素直に嬉しい限りだ。
「あれ、黒谷さんは?」
「手水舎を掃除してたような気がしますけど。俺、呼んで来ますね」
「あ、うん。お願いね~」
俺は夏凛を呼ぶために、手水舎の方へ向かった。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!」
参道を曲がれば手水舎というところで、夏凛の悲鳴が聞こえてきた。
妹の危機を感じ取った俺は、今までにない程の走りで声のした場所へ向かった。
向かった先で見た光景は俺の想像を越えていた。
夏凛は生まれたての子馬のように、立とうとしては転倒を繰り返していた。手水舎からはヌルヌルしたローションのような液体が溢れていて、それが夏凛の全身を濡らしていた。
「兄さん……手を貸して、下さい……」
危機ではないと理解し、ホッと胸を撫で下ろした俺は夏凛へと手を差し伸べた。
「夏凛……ほら、手を掴んで」
「ありがとうございます──キャッ!」
俺が夏凛に手を差し伸べるのは転倒イベントを起こしてくれ、そう言ってるも同然だった。
ヌルヌルの液体で受け身を上手く取れずに倒れ込んだ。
「兄さん……ン、あぁ……」
ヤバい、いつもよりダイレクトに倒れてしまった。しかも、体勢を立て直そうにもこれだけヌルヌルだったら思うように動けない!
スカートは捲れ上がり、緑の下着が露になる。ブラウスはすでに乱れていて、外れたボタンから同じ色のブラが覗いていた。
「ごめん、夏凛……すぐに退くから」
「はい、でも……無理しないで下さいね」
なんとか動いてみるものの、状況は悪化していく。ブラウスの下に俺の手が滑り込み、更にはブラの下に入り込んだ。
「兄さん……直に触ったら……ン、ンんっ! ~~~~~ッ!?」
頬は赤く、顎はツンと上を向き、身体をビクビクと震わせたあと……くたっと力が抜けた。
呼びかけても夏凛は息を荒くするだけで全く反応しない。
「夏凛、夏凛ッ!? 大丈夫か、おい!」
不安に駆られて更に叫ぼうとすると、襟首を掴まれて思いっきり身体を引き離された。
驚いて見上げると拓真さんが俺を引っ張っていた。
「よぉ、黒斗。久し振りだな、実の妹を昇天させるとか、君は才能あるなぁ」
そう言って拓真さんは夏凛にスーツの上着を被せた。
「拓真、さん?」
「おうよ、黒斗の知る拓真さんだ。さてお立ち合い! このローションみたいなヌルヌルの液体、手を3回叩くと一瞬にして消えてしまいます」
1、2、3──。
拓真さんが3回手を叩くと、手水舎から溢れていた液体が一瞬にして消えてしまった。
それどころか、俺と夏凛の服も乾いている。すげえ! どんなマジック使ったんだよ!
拓真さんは何度聞いても教えてはくれなかった。
「妹ちゃんは気を失ってるか。仕方ない、今日はバイトは終わりだな。俺が車を出すから妹ちゃんを運んでくれ、兄貴である君の仕事だろ?」
「は、はい!」
なんとか拓真さんのお陰でローション地獄から抜け出すことができた。
その後、俺は夏凛を拓真さんの車に運んで一緒に自宅まで送ってもらった。
さて、夏凛が起きたらやり過ぎたって謝らないといけないな。




