9.久しぶりの地上
どれくらい歩いただろうか――空は暗い岩盤に覆われたままの道を歩き続け、気付けばレクシアは狭い小道にいた。
奈落の底の広場を抜けて、レクシアはあそこにいた魔物の多くを倒してきたのだ。
「あ……」
道なりに進んで角を曲がった時、久しぶりに見る『光』があった。
レクシアは思わず駆け出す。かなり長い間――暗い場所で生活してきたのだ。
それが太陽の光だと信じて、レクシアは走った。
広がっていたのは、生い茂る草木。ここが森の中だということはすぐに分かった。見上げると、木々によって覆われているが、太陽の光が差し込んでいるのが見える。
「で、出られたの?」
『みたいだね』
レクシアの疑問に、剣の姿のままルッキネスが答えた。続く戦いの中、気付けば彼女はずっと剣の姿のままだった。
レクシアは外に出られたという安堵から、その場にへたり込む。本当に助かったのだという実感が、彼女の中に芽生えたのだ。
「よ、よかった……もう、出られないかと――」
そこまで言ったところで、レクシアは気付く。
やっぱり、生きたいと思っていたのだと、レクシアはようやく理解できたのだ。
ルッキネスが、剣の姿から少女へと姿を変えていく。
「おめでとう、レクシア」
「う、うん、ありがとうね。ルッキネスがいたから、ここまで来られたんだし」
「わたしは何もしてないよ。レクシアがわたしを使っただけ。それで、これからどうするの?」
「あ……特に決めてないけど、そもそもここ、どこなんだろう……?」
レクシアは周囲を見渡す。
『緑色』の草を見ると、ここはすでに《嘆きのコルセスタ》ではないのかもしれない。
コルセスタは緑の大地と言うにはほど遠く、あそこで育つ植物は魔傷にも耐えられるように進化したものだ。枯れ葉のようにしなびていて、極力栄養を必要としない、そんな植物達。
だが、ここは違う――どうやら、地下を歩き続けて、レクシアはいつの間にかコルセスタから大きく外れたところに出たらしい。
自身の服装を確認すると、さんざん魔物から受けた攻撃もあったためか、ボロボロの布切れのようだった。
レクシアが強力な攻撃を出すのには、どうしても相手の一撃を受ける必要がある――その点で、服がダメになってしまうのは仕方のないことだろう。
いそいそと隠せるところは隠しつつ、改めて周囲を確認する。
「もしかすると、ここは内側、なのかな?」
「内側?」
「うん、魔傷の影響が少なくて、まだ人が普通に活動できる範囲のこと。コルセスタが未開拓地なのは、そもそも魔傷の影響が強くて、普通の人には毒にしかならないから」
「その魔傷っていうのは?」
「あ、魔傷は……」
「――」
「? あれ、今声が聞こえなかった?」
ルッキネスの問いに答えようとした時、遠くから人の声のようなものが聞こえた気がした。
彼女を見ると、レクシアより先に気付いていたのか、その方角を見ている。
「あっちだね。人の声だった」
「人がいるなら、ここはやっぱり内側なんだと思う」
「何かから逃げてるみたい」
「……? 逃げている?」
「うん、魔物に追われてるのかな」
「え、ええ……!? それなら助けないと……!」
レクシアがそう言うと、ルッキネスは頷く。
「レクシアがそうしたいならいいよ」
彼女は再び、少女から剣の姿になった。
剣になった彼女を握って走り出した時、レクシアはとある事実に気付く。
(『助けないと』って……以前の私なら、こんな風に動けなかったのに)
自分に力がないと分かっているから、仮に誰かが襲われていたと分かっても、動けなかっただろう。
だが、奈落の底を抜け出すまでに、レクシアは多くの魔物と戦ってきた。
それこそ、本来であればメクウを含めた強い冒険者達と共に戦わねば、勝てないような相手ばかりだ。
奈落の底を生き抜いた経験が、そのままレクシアの自信に繋がっていた。
ここが内側であるのなら、そこにいる魔物程度はレクシアの敵ではない、と。
森の中を駆けていくと、一人の少女が大木を背に、追いやられているのが見えた。
少女の目の前に立つのは二本足で立つ赤色の肌を持った《オーク》。
太い手足に、筋肉質な身体。特徴的に大きな牙を持ち、手に握るのは大木を加工した太い棍棒だ。
レクシアもよく知る魔物であり、以前のレクシアなら、一人で勝つこともできなかった相手だ。
だが、今のレクシアは違う。
「『ブラッディ・ニードル』」
レクシアが地面に剣を突き刺すと、それに呼応するように地面から赤色の大きな針が飛び出した。それは少女の前に立つオークの身体を軽々と貫いていく。
「ひ……っ!?」
少女が怯えたように声を漏らした。
目の前で突然、オークが串刺しにされるのを見たらそうなってしまうのも無理はないだろう。
以前のレクシアでも、きっとそうなったに違いない。
「オ、グ、オオ……」
一撃では死ななかったのか、オークはうめき声を上げながら、棍棒を振り上げる。
少女がオークに攻撃を仕掛けたと思っているのだろう。
レクシアは飛び出して、オークの腕を剣で切断し、少女の前に立つ。
今の一撃が決めてとなり、オークは力なくその場にうなだれた。
「わ……っ!?」
「大丈夫?」
「! あ、あなたは……?」
「私は――レクシア。えっと、元ヒーラーの冒険者、かな?」
自らのスキルを使わなくなったことを思い出して、レクシアは歯切れ悪くそう答える。
レクシアは地上に出で、久しぶりに人に出会った。