7.慣れ
「『ブラッディ・ニードル』」
「キュ――」
剣を地面に突き刺すと共に、周囲にいた《クシュナ》を一斉に串刺しにする。
戦いを始めてから、どれくらい時間が経っただろうか。
初めは技を出すのにも集中を必要としていたのが、気付けばほぼ意識をしなくても繰り出せるようになった。
暗闇の中で、それこそ闇雲に戦いを続けていたレクシアは、クシュナ程度なら怯えることもなく倒せるようになったのだ。
逆に慣れてきてしまっている自分が恐ろしいと、思うほどに。
「ふぅ……」
ようやく周囲に魔物の気配がなくなり、レクシアは一息つくように座り込む。
剣の姿になっていたルッキネスも、少女の姿へと戻った。――戻った、というのが正しいか分からない。彼女の本当の姿は、果たしてどちらなのだろうか。
「大分慣れてきたみたいだね、レクシア」
「う、うん。でも、こんなに一人で戦ったの、本当に初めてで……」
「疲れた?」
「少し、だけ。でも、思ったよりは……疲れてない。これも、ルッキネスのおかげ?」
「レクシアの力」
「私の力って……わ、私にはそんな力、ないよ。あなたがいてくれるから、今も戦えているんだし……」
「じゃあ、二人の力だね」
ルッキネスはそう言うと、コロンと寝転がるようにして、レクシアの傍に倒れ込む。猫耳と尻尾が生えているから、本当に猫に見えた。
「ル、ルッキネス?」
「レクシア、この近くにはもう魔物もいないし、少し休んでいこう」
「それは、うん。そうだね。今が朝なのか、夜なのかも分からないけど……そう言えば、ルッキネスはお腹空かない?」
「大丈夫。レクシアはまだお腹空いてるの?」
「ううん、そういうわけじゃ――って、まだ?」
ルッキネスがまた、気になる言葉を口にしたので、聞き返した。彼女はこくりと頷いて、
「殺した魔物は、私が剣の時に『食べてる』。それは、レクシアにも共有してるよ?」
「え、ええ……!? こ、ここにいる魔物、私も食べているってこと……!?」
「そういうこと。戦っている間は、食事は必要ないよ」
知らぬ間に食事も済んでいることになっていたらしい――しかも、奈落の底にいる魔物で、だ。
瘴気に侵された魔物を食べるなど、本来はできることではない。
これもルッキネスの力なのだろう――一々驚いていてはキリがないのかもしれないが、それでもレクシアは驚きを隠せなかった。
(……なんか、もう人間離れしていっている気がする)
死にかけていたのにもう動けるようになって、戦えなかったはずなのに奈落の底の魔物を殺して、しかもそれを糧に生き延びている――これでは、レクシアはすでに人間の域を出てしまっている。
今のレクシアなら、パーティメンバーの足を引っ張ることはないのかもしれない。
(でも……)
強くなったからパーティに戻りたい――本当に、そうなのだろうか。
いらないと言われて、それでも戻りたいと言えるほど、レクシアは『できた子』ではなかった。
(上に戻るのが、今の目標……だけど、戻ったら? 戻って私は、どうしたらいいんだろう……)
そこまでのことは、考えていない。
奈落の底を抜け出したら、どうしたらいいのだろうか――そんなことを考えていると、ルッキネスがレクシアを見つめていることに気付いた。
「! どうしたの?」
「レクシアのこと、見ていたかっただけ」
「見ていたかったって……?」
「誰かに会うの、本当に久しぶりだから。レクシアのこと、ずっと見てても飽きない」
「ルッキネス……」
彼女の言葉に抑揚はあまりないが、レクシアにとっては重い言葉であった。
ずっとこんな暗い場所で一人――仮に生きていられたとしても、レクシアならばきっと孤独に耐えられないだろう。
今、ルッキネスがいてくれるから、レクシアも心細くないのかもしれない。
彼女は魔物の王なのかもしれないが、確かに今は、レクシアの味方だった。
そっと、レクシアはルッキネスの頭を撫でる。
「んっ」
「あ、ごめんね。嫌だった?」
「ううん、少しくすぐったいけど、気持ちいい。もっとやって」
「うん、いいよ」
レクシアは頷いて、ルッキネスの頭を撫でる。
撫でるたびに猫のような耳がピクッと反応していた。彼女の髪の毛はとても柔らかくサラサラで、触り心地がいい。
ルッキネスが心地よさそうな表情をしているのを見て、レクシアも落ち着いた気持ちになった。
(今は、とりあえずここから抜け出すことを考えよう)
そう、心に決めたのだった。
軽いスキンシップ……。






