6.消えた彼女
「レクシアがいなくなったって、どういうこと?」
レクシアが姿を消してからしばらくして、戻ってきたメクウはアクトに鋭い視線を向けていた。一方のアクトは、動揺する様子もなく冷静に答える。
「分からない。僕が見回りから戻ってきた頃には、彼女の姿はなかった」
自らの手でレクシアを始末したにも関わらず、アクトは平然と言ってのける。
「魔物が来た気配はないわ。そのために、わざわざ安全な場所を選んだわけだし。それなのに、どうしてレクシアがいなくなるの? あの子が一人で行動するわけがないし……」
「それはどうかな? 彼女、最近つらそうだったじゃないか」
「……どういう意味?」
「だから、一人で帰ったんじゃないかってことだよ」
「何を言ってるのよ、あんたは」
アクトの言葉に、メクウの表情は険しくなる。
明らかに苛立ちを隠せていない――その間を取り持つように、エディが割って入る。
「俺達で争ってどうする。レクシアが消えたのは事実だ。魔物に襲われた気配がないのであれば、少なくともあいつは自分の意思で行動したってことだろう」
「そうですね。帰った、と決めるのは早計ですが」
エディの言葉に、リトアが同調する。二人はメクウと違って大人だ――パーティメンバーが一人消えたくらいで、すぐに慌てるようなことはない。
だが、メクウは違った。
「レクシアがあたしに何も言わずにいなくなるなんてありえないわ」
「そうとは限らないだろう。彼女は無理をしていた……。幸い、僕達が確保したルートを使えば、彼女一人でも戻ることはそれほど難しくはないはずだ」
「だからって、安全とは限らないでしょ。それこそ、レクシアに一人で戦う力はないのに」
「そうだ。それが、彼女が消えた理由だと思うんだよ」
「……? どういう、ことよ」
「彼女……レクシアは僕達のパーティでは足手まといだった。それは、みんなも理解していることじゃないか? だから――」
「アクト」
メクウがアクトの名を呼ぶ。すると、初めてアクトはわずかに動揺した様子を見せた。
メクウから向けられる視線に、殺意すら混じっていたからだ。
「あんた、ちょっとうるさい。レクシアが足手まとい? そんなわけないでしょ」
「……君はそう思っていなかった、と?」
「当たり前じゃない。何度も言わせないで。そろそろ……本気で怒るわよ」
「二人とも、落ち着け。まずは今後、どうするか決めなければ」
「そうですね。レクシアさんはパーティにおいて回復役を担っていましたし」
「けれど、僕達のパーティは怪我人などほとんど出なかったじゃないか。それこそ、薬で十分に賄えるレベルだしね。けれど、いないというのはさすがに不安だ。そこで――」
「探すわ、レクシアを」
「……なんだって?」
「レクシアを探すって言ったのよ。一人で戻ってるなら、まだすぐ近くにいるはず。ここからなら、追いつけるわ」
メクウの表情は真剣だった。彼女は全く、レクシアのことを諦めていない。
その態度に、アクトは小さく舌打ちした。
――すでに彼女はこの世にいないというのに、いないものを探すなど無駄でしかないこと、アクトは知っているからだ。
「探してどうする? 嫌がっている彼女を連れ戻すのか?」
「嫌がってるかどうかなんて、分からないでしょ」
「分かるさ。つらそうにしている彼女を見れば」
「それは……っ」
メクウが初めて、言葉を詰まらせる。彼女自身も、本当は理解しているはずだ。
レクシアは、この場にいるのに相応しくない――それなのに、『友達だから』という理由でこんなところに連れてくる方がおかしいはずだ。
「彼女がきっと、君のためを思って姿を消したんだ。それなら、君がすべきことは彼女を追うことか?」
「……」
アクトの問いに、メクウは答えない。
しばしの沈黙の後、決意に満ちた表情で、メクウは答えた。
「レクシアを探すわ。これは、あたしが決めたこと。文句があるなら、ここで解散してもいい」
「……はあ、分からず屋だな」
「メクウがそう決めたのならば、俺は従おう」
「私もです。このパーティのリーダーはメクウさんですしね」
「そこまで言うのなら、僕も従うよ。その代わり……条件を付けさせてもらってもいいかな?」
「……条件?」
「簡単な話だよ。三日――三日経っても、レクシアを見つけられなかったら、彼女のことは諦めてくれ。そうしたら、新しい回復役をパーティに入れてほしい。戦えるレベルの、強い子をね」
アクトの言葉に、メクウの視線は鋭くなる。諦めるなんて選択肢は、彼女には存在しないのだろう。
だが、アクトの言葉には、他のメンバーも頷いた。
「確かに、際限なく探すというわけにはいかないな。俺達の目的は、あくまでルッキネスを倒し、この大地を取り戻すことだ」
「そうですね。メクウさん、アクトさんの言う通り、三日という期限を設けてはどうでしょうか?」
「……まあ、そうね。三日もあれば、レクシアを見つけるくらいやってやるわよ」
さすがのメクウも、エディとリトアに言われて納得したように頷く。
決して短い期間、パーティを組んでいたわけではない。
メクウ自身、この二人には信頼を置いているようであった。唯一、アクトに対しての信頼医間は低いように見えるが、それはアクト自身も理解している。
(信頼などしてもらう必要はないさ。だが、メクウ……君は実力のある勇者だ。レクシアなんてクズを忘れさえすれば、このパーティはもっと強くなれる。それこそ、『英雄』になれるほどに、ね)
アクトにとって、パーティメンバーのことなどどうだってよかった。
誰よりも強いパーティを作り上げて、そして英雄と呼ばれる存在になる――それが、彼の目的だったのだから。