2.彼女のために
一日の終わりに、日記をつけるのがレクシアの日課だった。ただ、その日記帳に明るい話題が書かれることは少ない。
――今日は晴れ。けれど、ほとんど進めなかった。私のせい。
――今日は雨。身体に不調が出て、進めなかった。私のせい。
(私のせいって、分かってるのに)
……自分自身を責め立てることで、どこか許してもらおうと思っている自分を、レクシアは許せなかった。
強くなりたい、強くありたいと思っても、レクシアには力がない。
スキルは使えば使うほど強力になっていくという。
けれど、このパーティではレクシアの力はそもそもあまり求められない。
腕利きが集まっているから、レクシアの《回復》が必要になることはあまりないのだ。
前線を駆けるエディやメクウには頼られることはあるが、それでも彼女達も実力者だ。
怪我を負うよりも早く敵を倒せるだけの実力がある。……こうして考えれば考えるほど、自分は不要なのではないかと思い始めてしまう。
「ううん、こんなんじゃダメだ。私ももっと――」
「レクシア、起きているかな?」
「っ、アクトさん……? ど、どうかしたんですか?」
不意に声をかけてきたのは、アクトだった。彼から声をかけてくるのは珍しい。
「少し来てくれるかな。偵察に行くんだ」
「え、あ、はい……!」
まさかアクトから誘われるとは思っていなかったが、必要にされたと思いすぐに準備する。
他の三人は別の方向に偵察に行っているらしく、レクシアはアクトと二人でテントから少し離れた丘の方へと向かう。……丘と言っても、盛り上がっているだけで足場の方はかなり悪い。
踏み外せば、底冷えするような声が聞こえる奈落の底へと真っ逆さまだ。――想像するだけでも悪寒がする。
アクトがレクシアの前を歩きながら、ふと口を開く。
「レクシア、君は今の状況をどう思う?」
「え、どうって……?」
「このパーティの現状さ。君は今後、どうこのパーティの役に立つつもりなのかな?」
「っ!」
アクトの言いたいことは、レクシアにはすぐ伝わった。以前から、アクトは何かとレクシアに対して突っかかってくるところがある。
メクウとは対照的に、レクシアのことをこのパーティには不要だと考えているのだろう。
「怪我をしたら、私の役目があるって、思っています」
「うん、そうだね。けれど、それは受け身な話だ。正直言って、僕達のパーティには君が必要になるほどの怪我をする者は少ない――それこそ、そんな相手が敵にいたら君が足手纏いになる。そうだろ?」
アクトの言葉に、レクシアは言葉を詰まらせる。
アクトの言うことは何も間違ってはいない――レクシアは、メクウの言葉に甘えてここにいる。ここにいられるのだ、と。
「他の皆ははっきりとは言わないから、僕だけは言い切ろう。君はこのパーティには不要だ。《回復》は確かに稀少ではあるが、それならもっと戦闘にも貢献できる人間がいい。実際、うちのパーティなら回復もできて、戦える人間を入れることだって難しい話じゃないはずだ。だが、君がいる限り、メクウは新しい子をパーティに入れようとは言わないだろう」
「私に、メクウを説得してほしいってこと、ですか?」
アクトの言いたいことは何となく、理解できた。
レクシアが言えば、メクウも納得してパーティから離脱することも許可してくれるかもしれない。
そうすれば、このパーティには新しい《回復》役が入ってくることになる。
その方が、未開拓地を攻略するのも効率がいいだろう。
「私は……」
正直、迷った――答えを出すのに。
メクウのことを考えるのなら、ここからレクシアはいなくなった方がいいだろう。
けれど、レクシアはメクウの役に立ちたい……きっと、役に立てる日が来るのだ、と。
「私は――」
「ああ、別に答えを聞きたいわけじゃない」
「え?」
ゴウッと強い風を身体に感じて、レクシアはバランスを崩す。
すぐ背後には穴の開いた地面があって、暗く底の見えない奈落がある。
レクシアはそのまま穴の中へと落ちかけて――かろうじて地面に掴まる。
そんなレクシアの手を、無情にもアクトが踏みつけた。
「いっ、な、なに、を……」
「僕は言い切るタイプだし、実行するタイプでもあるんだ。君はどうしても、このパーティから抜けるつもりはないんだろう? それは分かっているさ……だから、僕は君には死んでもらうことにした」
「な、なんで……!」
「今言っただろう。君は理解も遅いな。君が生きている限り、メクウはこのパーティに入れようとするのさ。けれど、メクウ自身も本当は君にはパーティにいてほしくないんだよ」
「ど、どういう――」
アクトが取り出したのは、一つの水晶だった。
そこには映像が記録され、少女の姿が映り込む。――メクウとアクトの姿だ。
「君は彼女が本当にこのパーティにいてもいいと思っているのか?」
「……そんなこと思ってないわよ」
「――え?」
その言葉を聞いて、レクシアは絶句する。
レクシアはずっと、メクウがいてほしいと言ってくれるからこのパーティにいた。
その優しさに甘えていた――けれど、違った。
「いらないのよ、そんな奴は」
続いての一言。メクウがはっきりと、レクシアのことをいらないと言い放った。
信じたくはない――信じたくはないけれど、その声は間違いなくメクウのものだった。アクトが水晶を奈落の底へと投げる。
「分かるかい? 君はいらない子だったんだ」
「わ、私……あっ」
アクトが足に力を込めて、レクシアを蹴落とそうとする。
必死に捕まろうとするが、元々弱っていた身体には上手く力が入らない。
今にも落ちそうになるレクシアに、アクトがにやりと笑って言い放つ。
「君は必要とされていないのに、生きて彼女の足を引っ張るのか?」
「――」
それは、レクシアの心を折る一言だった。
必要とされているから、いつかは力になれると信じていた。
けれど、必要なのは『いつか』ではなく『今』なのだ。
そんなあり得ない未来ばかりを見ていたレクシアは、初めからメクウには必要とされていなかった。……そんな事実が、レクシアの心を埋め尽くす。
「せめて、彼女の戦う理由になるために、死んでくれよ」
「あ――」
そんなアクトの言い放った言葉と共に、レクシアは奈落の底へと叩き落される。
心を支配する絶望と共に、彼女は暗い闇の中へと消えていった。