12.ずっと会いたかった
レクシアとは――ずっと昔から一緒だった。
メクウが勇者と呼ばれるようになる前からずっと、だ。
メクウには剣の才能があった。魔法の才能もあった。その上、勇者と呼ばれるために必要な、スキルまで備わっていた。
どこまでも完璧で、他人から求められる完璧な勇者――けれど、メクウはそんな存在には興味なかった。
ただ、彼女が言ってくれたから。
「すごいね、メクウ。メクウなら、すごい勇者になれるよ」
嬉しかった。彼女――レクシアがそう言ってくれたから。
だからメクウは勇者になる道を選んだ。
レクシアは回復スキルを持つヒーラーであったが、性格的に戦いに向いていないことは分かっている。
それでも、彼女を傍に置きたいと考えたのは、メクウのわがままであった。
ずっと傍にいてほしい――必ず、レクシアのことは守り抜く、と。
メクウにとって、勇者を続けられるのは、レクシアという存在がいるからだった。
それなのに、レクシアは突然、姿を消した。
《嘆きのコルセスタ》という危険地で、彼女は痕跡すら残さずに消えたのだ。
パーティメンバーに与えられた三日の猶予。それがあれば、レクシアを見つけることは簡単だと思った。でも、できなかった。
町に戻ったという話はなく、きっと戻る途中で魔物に襲われたのだろう、と。
メクウの心には、何も残らなかった。
レクシアがいてくれたから勇者ができたのに。レクシアがいてくれたから戦えたのに。
これからどうすればいいのか、メクウには分からなかった。
ただ、アクトがメクウに言った。
「仮に魔物が原因だとすれば……仇を取るのであれば、ルッキネスを倒すのが一番かもしれないね」
――そうだ。全部あいつが悪い。
メクウがコルセスタにいくことになったのは、魔物の王などという存在がいるからだ。
そこに行かなければ、レクシアを失うことはなかった――そんなことが理由にはならないことは、メクウも気付いている。
それでも、メクウが戦うには、その道を選ぶ他なかったのだ。
「どうして、こんな風になっちゃったのかな……?」
戦場にて、倒れ伏す二人の仲間。
エディとリトアは、すでに立ち上がる気力も残っていない。
怯えた様子で傍観しているのは、あれだけパーティメンバーで余裕な態度を見せていたアクトだ。
新しく回復スキルを持つ者を彼が連れてきたというのに、すでに連れてこられたメンバーは、呆気なくルッキネスによって殺された。
それが戦いの合図。魔物の王――『哭猫のルッキネス』。
猫のような姿をしているが、本当に猫なのか分からない。
蜃気楼のように揺らめいていて、実態を掴むことができないのだ。
けれど、ルッキネスの攻撃こちらには通る。
メクウの攻撃は、ルッキネスには届かなった。
「にゃあ」
猫の鳴き声が耳に届く。
顔を上げると、黒い影のような猫が、目の前に立っていた。
「にゃあ、にゃあ」
声というよりは、もはや音。メクウはその姿を見て、剣を握り締めて振るう。
「お前がっ!」
燃え盛る炎。メクウの得意とする魔法だった。
しかし、それでもルッキネスには届かない。
ただ通り抜けて、メクウの最後の一撃は空振りをしてしまう。
その場に仰向けに倒れると、ルッキネスが前足を上げているのが見えた。
「あたしには、もう戦う理由はないや……」
諦めたように呟いた。
ブンッと、ルッキネスの前足が振り下ろされる。
その一撃で、メクウは死ぬはずだった。
目を瞑る――思い出すのは、レクシアのことだ。
彼女の顔、彼女の声、もう一度だけ、触れたかった。
「メクウ、大丈夫?」
「レク、シア……?」
「うん、わたし」
「え、あ……どうして……?」
「どうして、お前がここにいる!?」
怯えながらも、やってきた者の姿に声を上げたのは、アクトだった。
メクウがずっと求めていた人が、目の前にいる。
「レクシア……! 会いたかった、心配したんだよ……!」
「! うん、ごめんね……」
メクウの言葉に、レクシアが答える。
「ちょっと待ってて。すぐに終わらせるから」
レクシアはそう言ってメクウを下ろす。
気付けば、レクシアはすでにメクウを抱え上げて、ルッキネスから距離を取っていた。
「レクシア、あんた……その剣は……? それに、今の動きって……」
「説明はあと。私も聞きたいことあったんだけど、なんだか今ので大体分かったから、大丈夫。メクウ、私もずっとあなたに会いたかった。そして、これからも一緒にいたい」
剣を構えて、レクシアはルッキネスと向かい合う。
幻のようにその場から消えようとするルッキネスに対し、レクシアは剣を向けた。
「ルッキネス、やれるかな?」
『うん、あれを見て分かった。あれはわたしから作り出された一部だから――わたしの攻撃は通るよ』
剣が喋っている。メクウには状況が理解できなかった。
だが、次の瞬間――レクシアの放った一撃によって、ルッキネスはあっとう間にその身体を引き裂かれ、消滅していった。