10.過ぎた時間
レクシアが助けた少女の名はネリィと言った。
まだ十五歳で駆け出しの冒険者だという彼女は、この付近の森に一人で依頼を受けてやってきたところを、オークに襲われたらしい。
森の中にオークが出てくることは珍しいことではないが、どうやら彼女は森の中に入ってしまって迷ったようだ。
「はい、これで大丈夫」
「わぁ……ありがとうございます、レクシアさん。まさか、本当に回復スキルをお持ちなんて……」
ネリィはオークから逃げている途中でいくつか擦り傷を負っていた。
レクシアがスキルで治療したが、回復スキルを使うのもかなり久々な気がする。
「気にしないで。それで、ここってどこなのかな?」
「どこって……《ルーパの森》ですよ」
「え、ルーパ……!? それじゃあ、ここからロヴェンの町までもそんなに離れてない……」
レクシアが驚くのも無理はない。
《嘆きのコルセスタ》から内側へと戻ってきたのは分かっていたが、ここの森は町からもそこまで離れていないのだから。
ロヴェンの町というのは、レクシア達がよく活動拠点にもしているところだ。
冒険者も多く暮らしており、レクシアと同じように外側へと赴く者も少なくはない。その分帰って来ない者も多いが。
「失礼かもしれないですけど、レクシアさんって冒険者……ですよね? その、服装が……」
「あ、えっと、まあ……色々あってね」
レクシアは苦笑いを浮かべて答える。
魔物達から攻撃を受け続けて、こんな風になったとは言えない。
見れば、服はボロボロでもやはり肌に傷は残っていない。
これも、ルッキネスのおかげなのだろう。
『……』
ルッキネスは、ネリィと出会ってからは剣の姿のまま沈黙している。
ここで人の姿に戻られると、また色々と説明に困ってしまうから助かっている。
せっかく町の近くの森に出たのなら、一先ずはそこに戻るのは正解だろう。
「ネリィさん、一緒に町まで戻る?」
「え、いいんですか?」
「うん。むしろ、このままだと町に入りにくいから……その……」
「あ、分かりました! 町で服を買ってきますっ! 助けていただいたお礼もしたかったので!」
「ありがとうね。それじゃ、行こうか」
レクシアはネリィと共に、町へと戻ることにした。
ネリィはすでに依頼の物は集め終わっているようで、スムーズに帰路につくことができた
「でも、さっきの攻撃、すごかったです」
「さっきのって……ああ、あれね」
「はいっ! なんていう魔法なんですか?」
「『ブラッディ・ニードル』だよ」
「な、名前もかっこいい……。わたしもいつか使えるようになりたいですっ」
「あはは、どうなんだろう……?」
ちらりと剣の姿のルッキネスの方を見る。
血液を操るのは、魔法の一種ではある。
だが、この魔法はルッキネス固有のものなのかもしれない。
少なくとも、レクシアはそんな魔法名は聞いたことがなかった。
「レクシアさんはさぞ強い冒険者さんとお見受けしますが……ランクはいくつなんですか?」
「あ……わ、私はE、だよ?」
「え、E!? その強さで!?」
「う、うん……」
レクシアは気まずそうに頷く。
冒険者のランクは、一番低いのがEランクで、もっとも高いランクがSとなる。
すなわち、レクシアのランクは最底辺――駆け出し冒険者であるネリィと同じレベルだ。
それおもそのはず――レクシアは、単独で冒険者のランク昇格条件を満たすことができない。
あくまでメクウという、《勇者》と呼ばれる少女にパーティに入れてもらっていただけの存在だ。
メクウの方は、冒険者ランクはAとなっている。
あのパーティはレクシア以外、全員がAというかなりの強者が揃っていたのだ。
(改めて思うけど……私はやっぱり足手まといだったんだ……)
だからと言って、殺されかけたことが許せるわけじゃない――本心で言えば、パーティメンバーがどう思っているかも確認はしたい。
その前に、レクシアがどれくらい奈落の底で生活をしていたのか、確認しなければならなかった。
「そう言えば、今日って何日か分かる?」
「え、今日ですか? 一昨日がちょうど冒険者協会で昇格試験が行われていたので……」
「! 昇格試験……?」
「はい、そうですけど……」
ネリィの言葉を聞いて、レクシアは驚きに満ちた表情を浮かべる。
冒険者協会は、冒険者の登録やランクを管理する組織だ。
その昇格試験が行われるのは――三か月に一度。レクシアが《嘆きのコルセスタ》に入る一月ほど前に行われていたはずだ。
それがもう過ぎているということは、コルセスタで活動をしていた期間を加味しても、一か月半ほどは奈落の底で生活していたことになる。
「……時間の感覚、全く分からないから気付かなかった」
「え、時間がどうかしました? もしかして、何か町で約束が?」
「! ううん、なんでもないの ひ、一先ず町に戻ろう」
レクシアはそう促した。
ようやく出られたと思ったら、すでに一か月半という月日が過ぎていた――それだけの期間、レクシアは奈落の底で生き延びてきたのだ。