1.足手まといの少女
《嘆きのコルセスタ》は未開拓の多い地であった。地上を闊歩する魔物達は《特有種》が多く、実力のある《冒険者》でも進むのが困難だと言われている。
だが、人々にとってこの開拓は重要なことであった。
やってくる魔物達に早くから対応するために、《拠点》を作る必要がある。――世界を支配する五体の魔物に、対抗するために。
《氷牢のクレンティア》、《愚竜のボルザネ》、《老狼のフォルテアナ》、《機岩のアガザンド》――そして、この地を支配する《哭猫のルッキネス》。
最後にルッキネスが確認されたのは五年前――この地も、ほんの少し前までは人の住める地だったのだ。
「ここは《魔傷》の影響が強いな……。ルッキネスの寝床だったか?」
黒髪の男が嘆息しながら、地面に触れる。屈強な身体付きで、身の丈ほどの大きな斧を背負う。パーティで前衛を務める彼の名はエディ・グランツ。
エディが言う通り、あちこち地面が抉れるようになっていて、大きいところでは《谷》のようになっている。
「ルッキネスの寝床だったのだとしたら、我々も魔傷の影響は避けられないと思いますよ」
エディの言葉に答えるのは金髪の女性だ。白衣に身を包んだ女性は、藍色の瞳で谷底を見つめる。
谷底であればあるほど、黒く渦を巻くような気配が目に入ってくる。女性の名はリトア・カーティ。パーティの役割は後衛であり、《守護》の魔法を得意としている。
彼女がいるからこそ、パーティのメンバーは足を踏み入れることができた。
「本来ならば、こんなところで立ち止まっているのも危険だとは思うけれどね」
肩を竦めながら、一人の青年――アクト・ゴウセンが言う。彼もまた後衛ではあるが、《攻撃魔法》を得意としている。少し長めの青色の髪。
灰色の瞳が見つめるのは一人の少女。息が荒く、具合が悪そうにしながら下を向き、
「……ごめん、なさい」
そう、絞り出すように一言。
――五人のパーティの一人に、レクシア・セインケイルはいた。灰色の長めの髪に、白い肌。だが、体調も相まってか、今の肌は蒼白くすら見える。
アクトから向けられた冷たい視線に、ただ謝罪の言葉を述べるしかなかった。
レクシアの役割は後衛であり《回復》――五人のパーティで行動する上では、最も重要な役割を追う。
もっとも、即座に怪我を治せるのは物語の中での話。レクシアの持つ《回復》スキルは稀少ではあるが、時間がかかる。――人々の中には、《スキル》を持つ者達がいる。
冒険者になるには《魔法》を扱えるか、この《スキル》が必要になると言われるくらいだ。
魔法が少ししか使えないレクシアの役割は、基本的にはパーティの回復。だが、通常時ではお荷物に他ならない――それは、彼女もよく理解している。
「……分かっているのなら、もう少し体力を――」
「はいはい。アクトは一々うるさいよ。レクシアはか弱くて可愛い女の子なの。あたしと一緒でね!」
そんなアクトの言葉を遮ったのは、前方から戻ってきた一人の少女。レクシアの表情も、少女を見ると少し明るくなる。
少女の名はメクウ・サティロン。赤色の髪が特徴的な少女は、暗い雰囲気に合わない明るい声で話す。
このパーティ――『烈火』のリーダーであり、《浄化》のスキルを持つ《勇者》と呼ばれていた。浄化――それは、魔物が作り出した《魔傷》を打ち消す力を持っている。魔物に傷つけられた大地は徐々に汚染されて、人が住めなくなっていくのだ。
そんな場所を減らしていくことができるのが、現存で四人しかいない浄化スキル持ちであり、勇者の一人に数えられるメウクである。彼女はいずれ世界を救う、希望の一人だ。
「メクウ……僕の言うことは間違っているかい?」
「間違ってるとか間違ってないとかそういう問題じゃないでしょ。まあ、少なくともあたしは間違ってると思ってるけど。レクシアはあたしの友達だもん」
「それは理由になっていないだろ」
「なってるわよ。レクシアがいてくれるから頑張れる――そうでしょ?」
「君だけだ、そんな風に言い切れるのは」
メクウの言葉に、呆れたようにため息をつくアクト。メクウがレクシアの前に座り、
「大丈夫?」
「う、うん。ごめんね、メクウ」
「いいのよ、あたし達は友達なんだから」
笑みを浮かべて、メクウが答える。彼女といると、いつも安心する――このパーティに入ってから、半年ほどが経過していた。
レクシアとメクウは、元々同じ村の出身だ。
幼い頃はよく遊んだ仲であり、メクウの方が先にスキルを手に入れて冒険者として活動していた。
元々、剣士としても高い実力を持っていた彼女だ。あっという間に冒険者としての頭角を現し、今では十六歳にして最前線で戦う《英雄》の一人である。
他方、レクシアは《回復》という稀有なスキルを手に入れた以外は、ほとんど戦闘では役に立てない少女だった。
それはレクシア自身もよく理解していることであり、メクウのパーティにいられるのは彼女と友人であったから――それが理由であるということは、よく理解していた。
実際、メクウは明るく話しかけてくれるが、他のメンバーとも上手くいっているとは言い切れない。
エディやリトアとは話はするものの、二人とも冷静な方だ。パーティバランスは、メクウの明るさによって保たれていると言ってもいいだろう。
「ま、今日のところはこの辺りで休もっか。エディもリトアもいいよね?」
「俺は別に構わんさ。無理をしたところで進めるわけでもあるまい」
「私も構いません。休める時には休みましょう」
メクウの言葉に二人とも従う――こうして、今日のところはレクシアの体調を気にして休むこととなった。レクシアが体調を壊すことは珍しい話ではない。他の冒険者達と違って、身体が丈夫な方ではないのだ。
そんな彼女を連れて、《嘆きのコルセスタ》を越えるのは少し無謀なところもあった。――ここがそう、呼ばれるのには理由がある。
『オ、オオオ、オオオ、オオオオオオオ、オオ……』
『ア、オ、オアオア、オ……』
地の底から聞こえる、呻き声。まさに『嘆き』が常に、この地を支配している。
常人であれば、一日この地にいるだけで精神を壊してしまうと言われている。
レクシアの体調がおかしいのも、その影響であった。
(何でこんなに、ダメなんだろう、私……)
キャンプの準備を始めた三人を見ながら、レクシアは一人考える。他のメンバーは、聞こえる『声』を聞いても平気そうだ。
けれど、レクシアはその声を聞くと落ち着かない。
誰かが悲しんでいるような、痛がっているような、呼んでいるような――よく分からないけれど、底冷えする恐怖だけがずっとそこにある。
(私、ここにいていいの、かな……)
少し前から、思っていたことだ。
レクシアはきっと、このパーティの足を引っ張っている。それは自分が一番、よく理解している。
アクトの言う通りなのだ――レクシアは、メクウの優しさに甘えている。
彼女のような英雄に憧れて、彼女が必要としてくれるから傍にいる……本当なら、こんなところにいていいような強さも力も、自分にはないというのに。
「大丈夫か?」
「あ……エディ、さん」
不意に声をかけてくれたのは、エディだった。身体の大きな彼は、顔を見るためには見上げなければならない。
けれど、どこか顔を合わせづらくて、話しかけてくれたのに伏せてしまう。
「今は休む時だ。気にする必要はない」
「……ありがとう、ございます」
「元気になれば、さらに奥地に進むことになるからな。ここはすでに未開拓地だ。お前も気合を入れろよ」
レクシアを元気付けてくれるつもりだったのだろうか。それとも、頼りのないレクシアに釘を刺そうとしたのか……それも彼女には判断できなかった。
ちらりとこちらを見ていたリトアの表情は、いつもと変わらず冷静だ。
アクトは近くにはいるようだが戻って来ることなく、テントが張り終わる頃にようやくやってくる。……この日は、ここで一夜を過ごすことになったのだった。
連載しておきたい百合ネタだったので、一先ずスタートさせてみました。