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天の家に着き、梨子は、天の腕を引っ張り、自分の頬を見るように言った。
「あっ、キズが、ある。さっき見た時はなかったのに」
そのキズは、持ち主以外、直せない為、他の人には見えない様になっている。
「そうよ、これは去年、天と直彦君が引っ張り合いをして、さっき風に吹かれて口糸が切れてできたキズ」
それを聞いた天が素直に、謝ってくれて「マキロンと絆創膏、持ってくる」と、言い出した。それを聞いた梨子は慌てて天を止めた。天は「じゃあ、どうするの?」と、言いながら、首をかしげた。それもそのはず、人間はキズが出来たら、傷口を消毒して、傷口を守るために絆創膏を張るらしいが、鯉のぼりの梨子にそれをしたら、シミが出来て、絆創膏の粘着面でベタベタになるだけだ。
「鯉のぼりのままなら、あの時みたいに糸を取り替えてもらえば良いんだけど、人間に変身しちゃったら、持ち主にキスしてもらわないと治らないの。だから、キズ口にキスしてくれる?」
天は赤くなりながら、頬のキズにキスをしてくれた。すると、いままであった違和感が消えた。梨子が手で頬にあったキズの部分を触るとキレイになっていた。すると、天が小さな声で「えっ、透けてる?」と、言ったのが聞こえた。梨子が手を見ると体が透け、地面が見えた。天が心配そうに「消え、ちゃうの?」と、声をかけてくれた。梨子が「大丈夫、無くなるわけじゃないから。鯉のぼりに戻るだけ……」と、言うと天は「そっか……」と、言いながらも寂しそうだ。
「ブランコの乗り方を教えてくれてありがとう。鯉のぼりに戻る前に、天と直彦君との思い出が出来てよかった」
梨子が天の手を握りながら、そう言うと、天は「僕も、楽しかった……。だけどもっと、遊びたかった……」と、言い、握っている手に力を少しこめてきた。
「私も遊びたいけど……。あっ、喋る事なら鯉のぼりに戻ってからも出来るかもしれない……。天の勘がもっと鋭くなれば、お話が出来るかもしれないわ。喋れるのは、飾られてる時だけ、かもしれないけど」
それを聞いた天は、目を見開き驚いていたようだが、「喋ってみたいし、がんばってみる」と、言ってくれた。
「ありがとう。それと……、少し、手伝ってくれる?」
梨子は天の手を離し、自分が着ているワンピースの裾を天に持たせ、軽く引っ張らせた。すると、ワンピースの裾、ちょうど鯉のぼりの刺繍がしてある上で布が縦、横10cmぐらい切れた。梨子が半透明になっているから、着ている服は、破れやすくなっている。
「切れちゃったよ? どういう事?」
梨子は、直彦が鯉のぼりを持っていない事、そして、自分の鯉のぼりがあれば、もう引っ張りっこしないと言っていた事と、自分の着ている服から、鯉のぼりを作り、渡す事にした事を天に教え、それを聞いた天は「そっか……、分かった」と言ってくれた。
切れた布は、天の手の上で小さな赤い鯉のぼりに変わった。それには、棒もついていて、飾る事もできる。
梨子が天にお礼を言うと、天が「でも、切れたのは、どうやって直すの?」と聞いてきた。
「これは……。ちょっと短くなるだけだから、あんまり目立たないと思う……。ごめんね」
それを聞いた天は「そっか、しょうがないよ。直彦のためだし、それに梨子が決めた事だしね」と、言ってくれた。それを聞いて、安心できた梨子が、天にお礼と、別れのあいさつをしてから、天が立派な男の子になれるよう、願いを込めて、天の頬にキスをし、鯉のぼりに戻っていった。
◇◆◇◆◇
それから梨子は天のお母さんによって、元いた場所に口糸をくくりつけられ、また一緒に、お父さん、お母さん、そしてお兄ちゃんと一緒に、青空を泳ぐ事が出来た。
梨子が「ただいま」と言うと、お父さんとお母さんは涙声で「おかえり、無事に帰って来る事が出来てよかった、梨子。心配したんだから……」と言ってくれた。梨子が心配をかけてしまった事を謝っているとお兄ちゃんが「梨子、おかえり。いいなぁ、梨子は。僕も人間になってみたい」と言い出した。
「やめておいた方がいいよ。私が無事に帰って来られたのは直彦君に会えて、天が探しに来てくれたおかげなんだから」
梨子の話を聞いてもまだ、人間になりたいと言ってるお兄ちゃんに、お父さんがお説教を始めた。それが始まると長くなる事が分かっている梨子が、ふと、下に視線を向けると天と視線があった気がした。その様子がお母さんには、寂しそうに見えた様で梨子に声をかけてきた。
「……私が鯉のぼりに戻ったから、直彦君の記憶から私は消える……。寂しくは……、ないよ。私は、天の鯉のぼり、それに、今年からは直彦君の鯉のぼりでもあるから……」
「そう……。丈の事は心配しなくて大丈夫よ。ちょっと短くなっただけだから、すぐに元に戻るわ」
それを聞いた梨子は驚き「なんで?」と聞くと、お母さんが「梨子が決めたことに対して天君は梨子の事を怒らなかったし、責めなかったでしょう。それに、もう1つの理由は直彦君が来た時にわかるわ」と、言い、教えてくれなかった。
「天に心配させるようなこと言っちゃったけど、大丈夫かな?」
それを聞いたお母さんが、梨子を安心させるかの様に「大丈夫よ、片付ける時に気が付くから」と、言ってくれて、梨子が「よかった」と、呟くと心地良い風が吹き「よかったね」と、言っているかの様に梨子の口から尾ビレに向かって風が吹き抜けた。その風にのり、気持ちよく泳げた梨子は、ようやく、口糸が直った事を実感でき、「気持ち良い」と、声をついて出た。それがお父さん、お母さん、お兄ちゃんに聞こえたようで、口々に「よかったね」と、言ってくれて、梨子は嬉しくなった。
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