玉伊さんは不器用 ~年下作家と編集者~
「玉伊さん、玉伊さん、起きてください」
ある女性の肩がグワングワンと過剰なほどに揺らされており、どうやら彼女は、そんな寝起きドッキリでも、「え、それはないでしょ」と監督に止められるような、ベタな起こし方をされているようだった。
「ん、んぅ」となまめかしい声を上げながら、玉伊と呼ばれたその女性は、瞼を開く。
「全く、何やってるんですか?打ち合わせ中に眠るなんて編集者のすることじゃないですよ」
「佐々木、なにを、なにをやってるのか聞きたいのはこっちだよ!」
寝起きでイライラしているのか、それともまた別の理由なのか、玉伊は目の前にあった机をドンッと大きな音を立てながら立ち上がると、次いでにとでも言わんばかりに、目の前にいる男の頭を、これまた机の上に置いてあった紙を棒状にして、佐々木の頭をひっぱたいた。
「痛っ、別に叩かなくてもいいじゃないですか!」
「これが!これが叩かないでいられるかぁ!毎度毎度徹夜させやがって!私から睡眠時間を奪って何が楽しいんだコノヤロー!」
腕を大きく振るいながら、叫んではいるが、テンションは後になってみれば赤面ものの寝起きテンションだった。
「痛っ、痛っ、痛いんですってやめてください」
「うるさぁーい。乙女の睡眠時間削って何がしたいんだお前はぁ」
「そういう玉伊さんこそ、僕を叩いてどうしたいっていうんですか! 」
ポカポカと、お互いを叩き合っている2人だったが、佐々木の手が、玉伊の小さなふくらみに当たるとお互い気まずくなって黙り込んでしまった。
「……今のことは忘れなさい」
「え、でも」
「忘れなさい」
玉伊さんの鋭い目つきに若干の恐怖を覚えた佐々木は、「忘れました!」、と大きな声で返答する。
「よし、それじゃあこの企画書、持っていくから……今回こそ通るといいわね」
佐々木に随分ときつく当たっていた玉伊だったが、部屋を出る際には、優しく声掛けをするのを忘れなかった。
それに対して、小さく笑みを浮かべる佐々木だったが、それ以上に顔を惚けさせていたのは、玉伊の方だった。
「はぁぁぁぁぁぁ……可愛い、可愛いなぁ。年下男子ってどうしてこんな可愛いんだろ。もう、ちょっとだけでも、笑顔見せてくれるだけで、嬉しいんだけど。一晩中、寝顔見られるとか、もう神ね」
企画書提出の前に、少しだけ落ち着こうと、壁に自分の背中を預け、冷静さを取り戻そうする。
年下男子、5歳下までの男の子なら完璧ストライクゾーンの彼女は、随分と彼のことが気に入っていた。
今年でもう28歳の彼女からしてみれば、とっとと相手を見つけたいところだったが、合コンに行く勇気もなし、30以上の相手ばかりしかいない編集部の中で相手を探すとかしたくないというのが本音だった。
最近有名な相席屋に行っても私が相手にされるわけがないと、行くことを拒んでいた。まあ、一番の理由としては年上相手にお酒注いだりする可能性があるとことか行きたくないという気持ちもあった。
「その分、佐々木くんは最高ね」
年齢23歳の彼はまさにドストライク。同じ大学を出た、後輩っていうことで編集長に合わせられたけど、大学時代の専攻まで一緒とか最高。
彼女は随分と上機嫌だった。
だから、自分が立っている場所がどこなのかを忘れてしまっていたのだろう。
ガチャリと扉の閉じる音が鳴り、隙間から、こっそりと覗いていた佐々木の姿が、一瞬だけ玉伊の目に映る。
焦って部屋へと戻り、壊れてしまうんじゃないかと思う程に力強く扉をあけ放った。
すると、そこには耳まで顔を真っ赤にした佐々木が、1人座っていた。
「……もしかして、声に出てた?」
「えっと、あの……はい」
自覚出来るくらいまで、顔を赤く染め上げた2人だったが、音1つしない部屋の中で、唇を震えさせながら、佐々木が口を開いた。
「あの……次の土曜日って空いてますか?」
玉伊の答えは、決まっていた。
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玉伊さんは不器用 ~初めての休日デート~ (土曜日編)
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