7話 初陣
ここは合同学院の図書室前廊下。
大勢の人だかりができている。
そしてその中心には二人の男子生徒の姿があった。
「どうなってんだよ・・・おい・・・」
佐々木康太は振り下ろしたナイフが、真っ二つに折れてはじき飛んだことに絶句している。
「あれは・・・親父から買ってもらった一級品のはずなのに・・・。錆びていたのか?・・・壊れていたのか?一体どうなってんだ・・・」
彼はそう言うなり倒れこんだ。
死んだ目をして床を見つめている。
「取り押さえろ!」
康太の手から凶器がなくなったことで、動けずにいた職員が彼を確保する。
「くそ!はなせ!はなせ!」
必死に抵抗するが、相手は大人たち。
しばらくすると力尽きたのか静かになった。
これで一安心。
しかし美月先輩をかばう直前に、昨夜の事を思い出してよかった。
銃が効かなかったのなら、それより威力が弱いナイフの斬撃などで死ぬはずがない。
もしこのことに気付かなかったら俺は動けずに美月先輩は殺されていた。
ナイス!俺!
(先ほどの攻撃で1ダメージを受けました。1分半で体力が回復します)
「にしても、切りつけられて1ダメージとか俺はどんだけ丈夫なの?」
(ミサイル3発ほど直撃しても生きていられます)
やば!?
「でも椅子で殴られた時とか普通に出血したのですが・・・」
(致命傷にならないと判断した攻撃は軽減されません)
「いや、死ぬかと思ったわ!お前の判断間違ってるだろ!?」
痛さで気絶しかけたんだぞ!
「でも、ダメージを受けるとはいえ致命傷を防げるなんて便利だな」
(ただし、タダなわけではありません。先日孝信の体重が激的に増えたのは、全身の硬度をあげたことに伴った質量増加。簡単に言うとあなたの体そのものが鎧となり、鎧を着れば体重が増えるのも必然。だから、車やジェットコースターには重量オーバーなどで乗れない可能性が出てきます)
「ジェットコースターは嫌いだからともかく、車に乗れないのはかなり困るなあ。どうにかなんないかな・・・」
(あるにはあります。いずれ教えましょう)
「えー何で教えてくれないの?」
そんな重要なことなんですぐに教えないんだよ!?
俺はぷんすかしていると、先生が近づいてくる。
「あのー、お取込み中悪いのだが高宮君。君はけがをしている。保健室に行こう」
ああそっか。
あいつの声聞こえないんだっけ?
だったら俺、大きな声で独り言を言っていたことになるんだよね!?
やばい恥ずかしい・・。
これは黒歴史になったぞ。
はあ・・・早く保健室に行きましょう先生。
俺は先生にうなだれながら付いていく。
「孝信くん!」
とぼとぼ歩いていると後ろから美月先輩の声がする。
ああ、俺の黒歴史を笑いに来たのか。
助けた相手に馬鹿にされるなんて・・・。
俺はゆっくり振り返る。
「どうしたんですか美月先輩」
「えっと。その・・・私をかばってくれてありがと。切りつけられて高宮君が無傷なことは不思議だけど、とにかくお礼がしたいの。これ、私のLINEのIDだからもし家に帰って暇だったら連絡して・・」
そういって、IDの書かれた紙を渡してくる。
「ありがとうございます。美月先輩が無事で安心しました」
ここで爽やかイケメンが言いそうなセリフをぶち込んでおく。
「じーーーーーー。」
図書室の方から通時達の恨めしい視線を感じるがここはスルー。
「んじゃ、俺は行きます」
俺は再び歩き出す。
まあ痛い思いしたけど、みんな無事でよかった。
一件落着!!
と思われたその時。
「いってええええ!!」
廊下に康太の声が響く。
俺はあわてて声が聞こえた方向を見た。
「左手がああ。なんだ!?この数字は!!??」
喚きながら左手を見つめている康太が目に映る。
「なあ、出会。あれって」
(ええ。サイボーグの覚醒期に当たっているのでしょう)
「誰だこの声は!!??システムアナウンサー!?はあ?誰だよ!?」
(康太の中にいるシステムアナウンサーと会話しているようです。)
(そして、彼は覚醒期とはいえシステムアナウンサーの補佐があれば、多少のサイボーグの力を使用することが可能になります)
「じゃあ、昨日の警官みたいに俺たちは吹っ飛ばされるかもしれないのか?」
(はい。しかもここはビルの上層。そこの窓に向かって飛ばされたら落下死するでしょう)
おいおい、嘘だろ!?
俺は康太を押さえている教員に向かって叫ぶ。
「康太先輩から離れてください!」
「高宮君。君は何を言っているのかね」
「早く離れて!!!」
「こっちは心配するな。康太が落ち着いたらまず病院に連れてくから」
クソ!言うだけ無駄か!
俺は彼らを引き離すために走って向かう。
「システムコード4457291782。正当防衛システム・・・」
距離は5m程度。
これじゃ間に合わない!
「離れろ!!そいつから離れて!!」
「高宮君。君は保健室に行き、、、」
「作動」
『バギィィンンン!!!』
空気が振動する。
ガラスが割れた音とともに廊下強い風が舞う。
風が強くて立ち続ける事すら難しい。
俺は目を半開きにして状況を確認する。
康太に一番近い窓ガラスが割れている。
この風はビル風によるものか。
あの人はどこだ。
「!?」
窓の景色にスーツを着用した男性が見える。
さっきまで話していた教員が、割れた窓の外に放り出されていたのだ。
このままでは彼は落ちて死ぬ。
俺はためらう前に体が動いていた。
俺は窓に向かって走り出す。
不思議と覚悟はできていた。
この体なら落下死はしないはず。
窓の下枠に足をかけた。
「どうにでもなれ!」
俺は足に力を入れてビルの外に飛び出した。
(緊急事態システム作動。一時的に体の操作権限はシステムアナウンサーに与えられます)
俺の右手が勝手に動く。
「なんで!?」
俺は飛び出した直後に右手で窓枠を掴んで落ちずにいる。
だが外に放り出されていることは変わりなく、強い風に揺さぶられて今にも手が離れそうだ。
下を見ると蟻んこのような人や輝く建物が見える
ここだと地上から80m程あるだろう。
俺は高いところにぶら下がっている恐怖心よりも、助けに向かわせてくれなかったことへの怒りで埋め尽くされていた。
「なんで止めたんだ!?もしこのまま降りたら助けられたかもしれないのに!今頃もう死んでいるぞ!なんで・・なんで!?」
姿の見えない出会に向かって俺は叫ぶ。
(あのまま助けに行っても彼は死んでいました。それにここから落ちるとなるとあなたでも死んでいたかもしれません)
「そんなこと言っても、さっきまで話してたんだぞ!さっきまで目の前にいたんだぞ!そんな簡単に見捨られるか!」
(私は一番正しい行動をとっただけです)
「だからって・・・」
(孝信。私情は捨ててください。ここは戦場です。あなたの軽率な行動が人を殺します。気持ちを切り替えて、まずはビル内に戻りましょう。ここは私が動かすので内部に入ったら自分で動いてください)
そういって腕に力を入れ、再び中に割れた窓から入ろうとする。
足を窓枠にかけようとしたところで・・・
「こんにちは~」
「ッ!?」
目の前にいきなり現れた顔に寒気を覚えた。
「そんなにビビらないでよー。康太だよ。康太」
お互いに顔を向けあう体勢になっていて嫌でも見なくてはいけない。
この悪魔のような顔を。
瞳は赤く光り、口からは蒸気が放出され声はロボットのようにかすれていて、何より不気味なほどの満面の笑み。
見ているだけで恐怖心がえぐられる。
目の前のこいつはもう康太でも人でもなかった。
「ねえ。俺は最高の気分なんだ。力がみなぎっててさあ。君に折られた手首も完治したよ。何より誰よりも強い気がしてならないんだ。」
そういって彼は足を突き出した。
俺の窓枠にかけた手が康太の足で踏まれる。
痛くはないがこのせいでバランスを崩して落ちそうだ。
「君もサイボーグってやつなんでしょ。ナイフを折る体なんてスゲェよな!あははは!ほらほら!」
踏まれて、指が一本一本窓枠から離れていく。
まずい!
このままじゃ落ちる。
落ちてからこいつと戦うとなるとHPが持たない。
「なあ康太先輩。こうやってジリジリと痛めつけるのは最強がすることじゃないと思うぜ。一番強いのなら俺と正々堂々戦えよ!腰抜け!」
俺が挑発するように言うと、彼は笑みを浮かべてこう答える。
「いいだろう。丁度よかった。システムアナウンサーとやらが、固有機能とか言ってて気になってたからな」
固有機能?
まあいい。
これでこの状況を抜け出せそうだ。
「固有機能『浮遊』。作動!・・・・・・・・・・でいいのか?システムアナウンサーさんよ?」
彼は何かを作動させようと『浮遊』と唱えるが、見た感じ何も起こっていない。
そのまま3秒ほどたったが一向に変化はない。
「何も起きねえじゃn・・・・・ん!?なんだ?・・・うあああああ!!いてえええええ!!ああああああ!!!」
どうしたんだこいつ。
急に足を抑えながら叫びだした。
だがそのおかげで俺の手の上にあった足がなくなった
この隙に中に入る。
「出会!」
(任せてください)
俺は素早くビル内に入り込む。
そして地面に着地する。
『ビチャ!!』
なんだ?
足元から水を踏んだ時のような音が聞こえた。
こんなところに水はないはずだが・・・
俺は疑問に思い真下を見る。
「!?」
俺は静止する。
足元に広がるワインのように真っ赤な液体。
俺は嫌な予感がして周囲を見渡す。
「嘘・・・だろ」
数分ぶりに見た廊下は異様な有様と化していた。
壁一面に飛び散っている赤い液体。
床に転がる数多くの人。
なんといってもこの刺激臭。
靴に液体が染みて足が湿る。
これは間違いなく「血」だ。
鼻血で出るものとはわけが違う。
ほんのり黒くて少しドロッとしている。
「みんな殺されたのか・・・?」
俺が窓の外に放り出されていたあの短時間で・・・殺したのか?
(いえ、生きています。死体だと体温が激減するのですが、分析した限りそれは1つも見られませんでした。しかし、ほっとけば確実に死にます。一番ひどいのはあの眼鏡をかけた青年です)
そういって俺の体が指さした先には血まみれの通時が倒れていた。
「通時!通時!大丈夫か!」
俺は慌てて駆け寄るが返事はない。
待ってろ!今救急車を・・・
『ガン!』
俺は後ろから蹴られて携帯が遠くに飛ぶ。
「ああああ!!!何にも起きねじゃねかああああ!!ただただ痛いいいい!!」
後ろから、耳障りな声が聞こえた。
俺は、はらわたが煮えくり返る思いを我慢して振り向く。
「固有機能とかかっこいいことを言うから唱えてみたらこれかよ、クソがああ!!」
俺の携帯に近付いて何度も踏んづけながら康太は喚く。
(説明します。固有機能とは各サイボーグが先天的に持っている機能のことです。彼の場合サイボーグの成りかけのため、うまく作動しなかったのでしょう。これは不幸中の幸いです。一方、『スロウ』などの後天的に獲得できるものを新機能といいます。それは一定の状況下で獲得できるものがほとんどです)
「・・・なあ。各サイボーグってことは俺にも何かしら固有機能があるってことだよな」
砕け散るスマホを見ながら言う。
(はい。そのはずですが、実はわからないのです。普通なら当たり前のように理解して使えるのですが、あなたの場合それがない。なにかのシステムの不具合でしょうか)
「じゃあ、今はまともに戦える機能はなくて直接あいつを殴らねえといけないのか」
俺の体は鉄のように固い。
殴れば多少のダメージを受けるだろう。
「まあいい。あいつをぶん殴るのは変わらないからな。さっさと片付けて通時たちを助ける」
俺は深く息を吸って覚悟を決める。
そして痛みに耐えているサイボーグに向かって一言話す。
「あんたはもうこの瞬間から先輩とは呼ばない。悪魔だ」
そういって俺は全速力で走りだした。
康太・・・サイコパスすぎない!?
と、自分で作っときながら思っていますが・・・
ああいう先輩は持ちたくないですね!
では、これからもよろしくです!
グッパイ!