18話 孤高のヒーロー
「孝信は悠を殺してなんかいない」
騒然としている廊下に、こんな言葉が響いた。
ハッとして、俯いていた顔をあげると、俺を庇うようにして出会が流星の前に立ちふさがっていた。
「・・・どうして」
「瞳が青くなっています」
少しだけ振り向いて小声で言う。
そうだった。
俺の瞳には感情が映る。
色が何の色を意味してるか、を理解されなくても、他人が見れば奇妙に映るだろう。
俺は深呼吸をして、高鳴った心臓と感情の制御を試みる。
「悪い」
そうつぶやくと、出会は小さくうなずいて前に向き直る。
「・・・なんだよ?その人殺しを庇うつもりかい?でもね、僕はあの場に居て、しっかりと見たんだ。殺人鬼に追われているときに、怪我をしている滝野を置いて、孝信だけ逃げたことを」
そうだよ。
そうだ、あの時ほかの決断だってできたんじゃないのか?
事件直後に、死ぬほど後悔して悩んだ果てに放棄した思考が、再び読みがえる。
まただ、この感じ。
悔いても悔いても何もできやしない。
鎖のように重くて、まとわりついて離れないこの罪悪感。
気付けば、
もう音も視線も感じない。
周囲の景色は白黒映画のように色あせている。
その中に、唯一、悪魔を相手に何処か勝ち誇ったかのように、見据える流星だけが、どろりと重い色に染まっている。
「俺は、、、俺は」
「何ー?声小さすぎて聞こえなーい。人殺し」
これを見物していた誰かが、野次を飛ばしてくる。
それに乗じて、まじかよ?あいつが殺したのか、最悪だな。あいつ、などの言葉が雨のように降り注ぐ。
「・・・ッ」
もう廊下はそんな声で溢れかえっていた。
なら。
なら俺は、どうすればいいんだ。
「どうすれば、、、いいんだよ?」
ここで土下座して謝ればいいのかよ?
屋上から飛び降りればいいのかよ?
今更、自首しに行けばいいのかよ?
もうわかんねえよ。
ああ、もう駄目だ俺。
もう、どうにでも、、、
どうにでも、なればいいじゃないか。
『パシッ!!』
モノクロの世界に閃光が走った。
流れるような、美しい髪に反射した七色の陽の光。
生き生きとした、肌。
見る者を魅了するエメラルド色の瞳がゆらゆら揺れている。
そして、人形のように整った、細くて長い指を持つ手は、浜松流星の頬を力強くはたいていた。
「ッ!!??なんだよ!?おま━」
「あれは、悠と私で下した決断だ!あれが最善だったと私は思っている。結果、失われるはずだった2つの命が、1つを犠牲として、こうして、ここにあるではないか!」
この言葉の意味は誰にも理解できない。
だが、唯一言えるのは、彼女は涙を流していること。
そう、機械の体なのに、決して周りに見えやしない、小さくて透明な、一滴の雫を、頬に滴らせていた。
「ただ外から見ていた人が、何を喚いたって、それは一個人の感想でしかない」
「仮にあなたが事件のすべてを見たとして、最期に悠は孝信に何と言ったか知っていますか?なぜ、彼らが狙われたかは?」
「・・・」
「知ったふりして、何にも知らないんですね。だったら━」
緑色の瞳が、流星をしっかりとらえて言う。
「黙っててください」
「ッ!!!てめえ!」
流星は出会の胸倉を強引に掴む。
そして、拳を大きく振り上げたところで動きが止まった。
━うそ?
━マジ?あんなひとだっけ?流星君。
━女に手上げちゃダメっしょ。
周りからこのような言葉が湧いてくる。
困惑の声や視線を感じとったのか、ハッとして手を離した。
「ちっ」
小さく舌打ちをすると、俺と出会を睨みつける。
「・・・」
数十秒が立つと、俺の横を無言で通り過ぎる。
「醜いんだよ」
小さく、通り過ぎる時に放った一言が俺の耳に焼き付いた。
そのまま、靴のカツカツという音が、どんどん小さくなって遠ざかっていく。
終いには何も聞こえなくなって、廊下には、しんと静寂だけが残った。
「あ、あたし部活行かなきゃ」
誰が言ったのか、そんな声が聞こえると、ほかの生徒も便乗してこの場から離れていく。
それを拍子に人だかりも、どんどん小さくなる。
「!?」
バシッ、といきなり肩に衝撃を覚えた。
「おっと、悪い。卑怯者」
声の持ち主を見ると、カースト上位のグループの一人が、にやけながらぶつかってきた。
「・・・」
睨み返す気にもなれず、何も動かないでいると、興味を失ったのかまた歩き始める。
そして、俺から遠ざかりつつ、わざとらしく大きな声で、グループのメンバーと話し出した。
「あいつまじ醜いよな。友達置いて逃げたやつが、どう言い訳したって、見捨てたことには変わりないのにな」
「それなー。おまけに、出会ちゃんという超絶美女に庇ってもらえるなんて、いいよなー」
「ていうか、出会ちゃんが何であいつなんか庇ってんの?あの子も共犯だったりして。・・・ま、そんなわけないか。いこーぜ」
クソ。
クソクソクソクソクソクソクソクソ。
必死に怒鳴りつけたい気持ちを押さえつける。
もし、ここで彼らに何と言おうとも、俺の口からは3歳児の言うような、無根拠で荒々しい喚きしか、出てこないだろう。
こんなにも今にも崩れ落ちてしまいそうな気分なのに、窓から見える景色は、それも気にせず、光に照らされて、発展した街の活気で溢れている。
「えっと・・・」
存在を忘れかけていた、高橋が口を開いた。
「えっと、俺達部活あるから・・・もう行くね。じゃ」
足早に、隣にいた青木と共にここから立ち去ってしまう。
「・・・はい」
気付けば廊下に立っているのは、俺と出会だけになっていた。
「私達も、行きましょうか」
横を見ると、出会が微笑みながらそう言ってくる。
「ああ」
今はこの一言が一番落ち着く。
そして、窓からあふれ出る陽の光のように、とても暖かった。
━ほら、この前の人だよ
━こっちくんなよ。人殺し
━お前が死ねばよかったんだよ。
ここ最近、いつもこんな感じである。
俺はというと、学校が終わり、外靴を履いて校門まで歩いているところなのだが、生徒とすれ違うたびに後ろ指をさされまくる始末。
なんなの?まじで?
俺に聞こえるように話すってことは、構ってほしいの?
毒舌ちょっと強めのツンデレなの?
だとしたら、君たち相当可愛いよ。
俺のこと愛しすぎ。
内履きに落書きして、アップローチしてくるくらいだし。
あれ、家に持ち帰って洗うの大変なんだからな、なかなか落ちないんだからな?
「はあ」
「はあ」
「はあ」
「ん?」
「ん?」
「む?」
声が多いような・・・
気のせいか。
「疲れすぎかもなあ」
「それな。ほんとに孝信元気ないからな」
「たかのぶ。早く元気出せ」
「・・・」
そうだな。今日は早く帰って寝るか。
そう思って首をあげると、左右の視界に一つずつ頭が見える。
不思議に思い、左右をそれぞれ見ると、和人と通時がぴょこぴょこ頭を動かしながら、歩いていた。
「・・・いつの間にいたんだ?お前ら」
「いつって、いっつも俺は孝信と一緒だよ。永遠にさ★」
いや怖いよ。
「運命共同体だからな。苦しむときも一緒だぜ。はっはっは!」
「おまえら・・・」
う、ううう。
不覚にもウルっときてしまったじゃねえか。
「あのー。私もいるんですけど。忘れないでもらえます?」
後ろにいた、出会がジト目で言ってくる。
「・・・ああ」
「素っ気な!?」
そう、これくらいが、、、丁度いいんだ。
「にしても、俺の近くに、居ていいのか?」
「「なんで?」」
2人が息をそろえて言う。
「・・・なんでって、、、俺は今この学校で結構評判悪いんだぞ?仲間だと思われたら、お前らも、ただじゃすまないかもしれない」
こんなことを親友に言いたくはなかったが、こればかりは2人の学校生活にも関わることだ。
もういっそ、縁を切った方が・・・
「え?なに?ウケる!うははは!!」
なんだか拍子抜けな、言葉が返ってきた。
彼らは、今にも腹が除けそうだと言わんばかりに笑っている。
「おまえ、ヒーローにもなったつもりか?孤高のヒーローみたいな!うはははは!!!」
「激しく同意!!『仲間だと思われたら、ただじゃすまない』だと?ヒーローかっつうの!かっこいい!!!!たかのぶかっこいい!!」
ムカ
ムカムカムカ
なんだこいつら?
「おい。俺は真面目に━」
「そんなの、どうだっていいだろ?」
「うむうむ」
和人が、さっきの表情とは一変して真顔で言った。
通時もうなずいて同意している。
「なんだかんだ言って、流星、孝信は人殺しだって中等部の時から言いふらしてたし。俺達からしたら何をいまさらって感じ。まあ、話聞いてる限り、お前は人を殺すような奴じゃないし、もし滝野君を置いて逃げたとしても、きっと訳があると思ったんだ」
ん?
なんか感動的なこと言ってるけど、最初の方に、なんかすごいこと言わなかった?
「お前最初なんて言った?」
「ん?流星は、中等部の時から孝信が人殺しだって言いふらしていたこと?」
?????
?('ω')?
「え?どゆこと!!??」
俺は和人の肩をがっしり掴んで、問い詰める。
すると、通時が間に入り込んできて言った。
「ここは、わたくし通時が説明しよう。セリフが全然なかったからな(ボソッ)。・・・実はですね。
はい、流星は言いふらしてました」
「いや、そっけなく言うなよ!!??」
「いやー、割とマジでみんな知ってたと思うぞ?ていうか、逆に何で知らんのみたいな?この学校、流星信者多いからほとんどの人、流星の言うこと信じてたし」
「あ、だからか?高校入ってから、みんな女子とかと話してるのに、俺だけそういうイベントないなー、と思ったら。そういうこと?その情報を聞いて俺のことを、生徒みんな嫌ってたの?」
あーそういうこと ×3回
えー・・・
「まー気になさんなって。孝信は人なんか殺してないんだろ?結構、勘違いにしては重い話だけど、元からほとんどの人知っていたんだし、20人30人それを信じる人が増えたって変わんないだろ?」
「いやいや、にしたって学年全員俺のこと嫌ってるのは、メンタル的にぐっと来るよ!」
あーもう。何だこの学園生活。
はああ。
空を見上げると、夏を連想させる甲高いセミの鳴き声と共に太陽がさんさんと輝いている。
俺はそんな、元気いっぱいの夏に包まれながら、もう一度大きなため息をついた。
「はあぁ。もう、わかんねえ」