17話 過去の記憶 後編 ━満月
俺は暗い倉庫のベットの上にいた。
海からは離れていないようだ。
波の音が規則正しく聞こえる。
「俺は一体・・・」
ひどく痛む頭を押さえながら、ここに来るまでの記憶を探った。
「!?」
そうだ。
俺はあの後、ひたすら走った挙句、なぜが目の前には老人がいて、ここに連れてこられたんだ。
そして、頭を固い何かで殴られて気絶している間に、ここへ運ばれたらしい。
俺は周りを見渡す。
すると━
・・・すると、横にあるもう一台のベットの上には、血まみれの滝野が横たわっていた。
「おい滝野!しっかり━ううっ!」
彼の元に行こうと起き上がろうとしたところで、ものすごい頭痛に襲われる。
痛みのある所を触ると、血が指に付着していた。
どす黒い大粒の雫が、指から床に落ちてはじけ飛ぶ。
「そいつはもう必要ない」
何処からか、あいつの声が聞こえる。
寒気がして、すぐに後ろを振り返るとそこには、案の定、老人が立っていた。
手には、すっかり赤くなった、手術用の大きなペンチが握られている。
「死んでもらう予定ではなかったのだがな。君を庇おうとして飛び込んできたのは、想定外だった。おかげで1センチ狙いがずれてしまったよ」
『ガジリイイン』
金属音が響く。
老人は、雑にペンチを放り投げて、懐から出した煙草を豪快に吸いだす。
その時に、垣間見えた顔は以外にも若く、整ったものだったことを覚えている。
声音やフードから漏れ出る髪から、老人と仮定していたがそれは違ったらしい。
ゆっくり吐き出した煙は、儚くも力強く宙を舞っている。
「お前は誰だ?何のために俺たちを狙う?」
思い切って、聞いてみる。
「その、滝野君に用があったんだよ。だけど、生憎もう死んでしまうからね、君に彼のシステム、つまり、システムアナウンサーを移した。君はすでに、君用のシステムアナウンサーが埋め込まれていたんだけどね」
システムアナウンサーを移す?
それは一体・・・。
「だから、仕方ないよね?」
彼は懐から、重たそうな金属の塊を出した。
いわゆる、「銃」という凶器だった。
長い銃身が威圧感を漂わせ、ただただ、真っ黒なそれは、恐怖心を抉り出す。
しかし、彼の銃の矛先は俺ではなく、隣に横たわる滝野に向けられる。
「もう楽にしてやる」
「やめろ!頼むからやめてくれ!」
とっさに叫ぶが彼には届かない。
ここからベットを飛び出しても止めることは難しいだろう。
なぜなら、もう引き金は引かれているのだから。
だから、もしこれを止められるというのなら、人をそれを神、あるいは『悪魔』という。
『ガタン!!』
銃弾が発射される寸前で、倉庫の入口の方から物音がする。
彼はハッとして、そちらへ銃を向けた。
「誰かいるのか!?」
・・・。
返事はない。
ネズミの仕業だろうか?
どちらにせよ、この好機を逃すほど、野暮じゃない。
俺は静かにさっき放り投げられたペンチを拾い、背後に回り込む。
そしてなるべく、広く、固いところに当たるように持ち直してから。
俺はこいつを殴った。
「おりゃあああああ!!」
ガツン!!!、と大きな音が鳴って彼は、勢いよく倒れる。
そして、銃も入口の方へ飛んで行った。
「今のうちにっ!」
滝野を乱暴に抱えてここから逃げ出す。
扉も簡単に開いた。
俺は呼吸という、荒い呻き声をあげながら走った。
走って、走って、走った。
ここは、港にある倉庫街のようで、初めに来たところからはそう離れていなかった。
街の明かりを頼りに、一心不乱に走った。
そうだ。携帯!
今まで使う暇がなかったが、俺には携帯がある。
これで警察を呼べば!
そう思い、滝野を抱えつつ、ポケットからスマホを取り出そうとして━
「あっ」
血で手から滑り落ちて、後ろに飛んで行ってしまう。
急いで拾おうと、後ろを向くと、
赤い目をした人、いや、人のような何かが追いかけてくる。
口からは蒸気の様なものが噴出され、ものすごい勢いで追いかけてくる。
「クソ!!」
拾うのを諦め、再び走る。
ポツリ、ポツリと雨が降り出して、気付けばもう土砂降りだ。
雨で、固まってこびりついた血が溶けて、再び赤い液体が流れだす。
「う・・・たか・・・のぶ」
滝野は俺の手の中で目を覚ます。
「大丈夫だ。俺が逃げ切って見せる!」
俺は根拠のない宣言をした。
そう、根拠なんて全くなかった。
「止まれ・・・止まれ孝信」
滝野は段々と意識を取り戻してきた。
よかった・・・と思うのもつかの間、すぐ後ろには気絶したはずの男が追いかけてきている。
「止まれ孝信!!」
「うおっ!?」
不意に手の中で滝野が暴れたと思うと、無理に起き上がって、俺を庇うようにして男に立ちふさがる。
「何してんだ!?早くいかないと!」
そういって滝野の手を掴もうとしたところで、、、、彼はその手でgoodサインを作り、俺の前に突き出す。
「もう大丈夫だ、アホ。それに、巻き込んだからには、つけを払わないといけねえし」
そういって俺に、はにかんで見せた。
「俺はここで食い止める。もう失敗はしねえ。だからお前は、警察連れて戻ってこい」
「その傷で何言ってんだよ。それで、食い止めるってお前は化け物か何かか!?」
滝野は腹にぽっかりと穴が開いている。
それ以外の外傷見当たらないものの、人なら即死レベルなのに、あいつは凛として立っている。
「そうだな・・・」
彼は考えるそぶりをしてから、再びにっこりと笑った。
「こんな化け物風情の友達でいてくれて、ありがとな」
雨雲で隠れていた、大きな満月が姿を現す。
月光が俺と滝野を照らした。
まるで、世界の主役は俺達だと錯覚させるほどに、綺麗だ。
「システムアナウンサーはもう孝信の中にいるけど、俺ならできる。だからさ、相棒。絶対に生きろよ」
この言葉が何を意味しているかなんて、俺にはわからない。
だけど、だけど、最期に何だか笑顔でここを立ち去りたいと思った。
「おう、相棒」
俺は笑う。
弱弱しい笑顔で。
そして、俺は今度こそ振り返ることなく走った。
俺がいなくなるのを、音で確認すると、滝野は言った。
「さあ、決勝戦を始めようか」
その時、彼の瞳には赤い灯が宿ったのである。
「・・・」
パトカーのサイレンが、この夜の隅々まで響き渡る。
俺が警察を引き連れてやってきたころには、もうすでに試合は終わっていた。
現場には、瀕死の男性一人が見つかった。
また、少し離れたところで一人の青年の死体が見つかった。
その青年は腹に大きな傷と、頭に弾痕があったらしい。
最後に受けたとされる、頭をしっかりとらえた弾丸は彼を即死に追いやったらしい。
「ああ、やっぱり」
俺は膝から崩れ落ちる。
強い雨を体いっぱいに受けながら呟いた。
「何が、絶対に生きろ、だよ」
頬を滴るのは、雨か、涙か。
いつの間にか、俺は規制線の内側で泣いていた。
一応関係者扱いだったので、捜査現場のすぐ隣で泣いた。
不意に、頭にごつごつした手が置かれる。
「存分に泣け。少年」
声の持ち主を見上げると、そこにあったのは、白髪の混じった髪、を後ろで一つに結んだ、ひげジョリジョリの顔だった。
彼の使い古された手が俺を優しく撫でてくれる。
「強くなれ━以上だ、少年」
そういって、捜査現場に男は行ってしまう。
「お前が殺した・・・お前が殺した」
今度は聞きなれた声がする。
そこには、浜松流星が立っていた。
「なんで流星が・・・」
「お前が殺した」
規制線の外で俺を指差して何度も言う。
何度も、何度も。
だからこそ、俺は背けていた事実を真に受けられた。
ああ、そうか。
俺がこの世にいなければ・・・。
ああ、そうか。
『俺は、滝野悠を殺した』
後から分かった話なのだが、俺たちを狙った男は輸送中に逃亡。
その際に警官一人がさらわれた。
また、男の所持していた銃は、どこを探しても見つからなかった。
身体検査をした際に、男は銃を所持していなかっことから、どこかに必ずあるはずなのだが、見つからなかったという。