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16話 過去の記憶 前編

 「やっぱ孝信半端ないって!」


「マジそれ!!」


ここは東京。

サッカーの全国大会で孝信が驚異のハットトリックを成し遂げ、見事、合同学院の中等部が優勝した日の晩。


俺達サッカー部はお祝いパーティーを満喫していた。

部員全員がこれまでにないほど騒いで優勝を祝っている。


俺もまたその一人で、慣れない東京を満喫しつつも豪華な料理を頬張っていた。


「よっ、俺たちの英雄!」


いきなり肩を組まれる。

何事かと横を見ると、しれっと俺の飯を食らっている滝野悠の顔があった。


「よ、ナイスプレー滝野」


「いやー、どーもどーも」


彼はお腹をなでながら笑顔で答える。


「ふー、くったくった。お前はもっと食え孝信。今日の主役はお前だぞ?」


いや、満腹そうにしてるけど、俺の飯食ってるとこ見たからな?

ほんとは、お替りしすぎて飯が無くなったから、俺の食いに来たんじゃないだろうな?


「いや、お腹いっぱいだよ」


「相変わらず少食だなー」


うっせ。お前が異常なんだよ。

米12杯とか・・・。


「にしても、お腹が満たされるとなんか暇だな」


そういうものなのか?

別に飯がパーティーのすべてじゃないだろ?

俺は結構楽しいのだが。


だが、彼の物足りなそうな顔を見てしまうと、放ってもおけなくなってくる。


「ちょっと抜け出してみるか?」


俺はニッとはにかんで、言った。




 今思えば、あの時浮かれていたんだと思う。

何も知らない地で抜け出してみて回ろうなんて、いかに危険で愚かなことかぐらいわかっていた。

しかし、その日の興奮と日本の集大成の土地にいるという事実が、俺の善悪の区別を鈍らせのだった。



やがて、俺たち二人は「トイレに行く」という名目で会場を抜け出した。


そして、俺たちを出迎えたのは森の木々のように無数にそびえる大きなビル、見たことのないたくさんの店、数多の人混みだった。

俺達にとっては何もかもが新鮮で、この町のあらゆるものが美しく、輝いて見えた。


「すっげえ!!!ずっとスタジアムにいたからこんな景色に気づかなかったぜ」


「ほんとだな」


たくさんの所を見て回った。

お金もなく、特に目的地がなくてもこの景色が見られるというだけで満足だった。

俺達は「ほー」とか「ほえー」とか言って東京中を歩き回ったのを今でも覚えている。


そう、とても楽しかった。


都会を歩き尽くして、最後に着いたのはビル街から少し離れた港だった。

港にはたくさんの大きな船が停泊していて、これもまた新鮮な光景だった。


「さすがに歩き疲れたな」


「そうだな。ていうか、もうここが東京かどうかもわからないところまで来てるけどな」


時刻は9時半。

抜け出してから1時間を過ぎようとしていた。

そろそろ監督たちが異変に気付く頃だろう。


「孝信。ここから見る景色はきれいだぜ!」


少し考え事をしている間に、滝野は少し離れたコンクリートの床に座って、遠くを指差していた。


「お前もこっち来いよ」


ニコニコしながら手招きしてくる。


「へいへい」


俺は言われるがまま彼の隣に座った。

そして彼が指をさした方を見た。


「・・・綺麗、だ」


そこから見えた光景は一生忘れることはないだろう。

穏やかに揺れる海の上に、大きなまん丸の月が浮かび、海を、俺たちを、照らしていた。

そして、視界の隅には二人がさっきまで歩いてきた、カラフルなビル群が見える。


この景色は、こう、言葉では言い表せないほどに、ただただ、綺麗だった。




『久しぶり、検体Ⅹ。実験は終わりだよ』


大きな潮風が吹いた。

それはとても大きな風で、今にも吹き飛ばされてしまいそうだった。

鼻に潮の香りがこびりつく。


俺は風のように透き通った、でも確かに力強い声がした方を見た。


そこには灰色のローブを着た老人が立っている。

顔はフードで隠されていてよく見えない。


さっきの言葉は俺に向けてのものだったのか。

それとも・・・


俺は隣の滝野を見た。


「なあ、滝野の知り合いな━」


「走れ!」


気付いたら俺は、滝野に手を引かれて全力で走っていた。

訳が分からなかったが、いつも呑気な彼があんな恐怖に染まった顔をして、走っている様子を見ると深く追及はしなかった。


そして、あの老人が滝野にとって良くない存在だということも読み取った。



走って、走って、走った。

もう周りを見渡しても、ここが何処かなんて知る手掛かりは一つもない。


しばらく走ると、行く手を鉄製のフェンスで阻まれた。


「クソ!行き止まりか!」


「もう、逃げるのはやめてくれ」


後ろを恐る恐る振り返ると、そこには先ほどの老人が立っていた。


体中から冷や汗が噴き出る。


毎日欠かさずサッカーの練習を積んできた、俺たち二人の全力疾走は少なくても一般人では追いつくのは簡単ではない。

だが、目の前にいる老人は息切れ一つせず立っている。


━この人は普通じゃない。


今更ながらもこの事実に気づいた。

俺は一刻も早く逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。


老人と距離をとるために3歩ほど脚を引く。


そうだ。滝野はこの老人のことを知っているようだった。

なら、彼ならこの状況を打開できるかもしれない。

そう思い滝野の顔をすがるような気持ちで見た。


━そう。見たのだ。確かに。

 彼の瞳が濃い青色に染まっているところを。


俺の視線に気づくと、滝野はハッとして目を閉じた。


そして、深呼吸をすると、


「ここは俺が何とかする。だからお前は逃げろ」


「何言ってん━」


「早く!!」


彼には面と向かって初めて怒鳴られたかもしれない。

だからこそなのか、俺にはよくこの言葉が響いた。


「分かった」


そう返事をすると、滝野はうなずく。


「いいか孝信。絶対振り返るな。これを約束してくれ。そして、振り返らずにひたすら今来た道を走れ!」


振り返るな、とはいったいどういう意味があったのだろうか。

それは今でもよくわからない。

だが、あの時はそんなことを考える暇もなく、


「今だ!走れ!」


強く背中を押される。

それに乗じて、全力で今来た道を走る。


「見損なったよ。捨て身とは」


老人を通り過ぎる瞬間そのようなことが言っていた。


が、それさえも気に留めず、ひたすら走った。

決して、振り返らないで。


『プシュウウウウ』


空耳かもしれないが後ろから蒸気の噴出音のような音が聞こえる。

それを境にして、俺の背後をめがけて何かが近づいてくる音、それが何かによって防がれる音、どこからか聞こえる激しい金属の衝突音が絶えず聞こえた。


そして、その音が鳴りやんだ時、俺は約束を破った。


そう、振り返ってしまったのだ。


そこには、滝野が老人に、腹を貫かれる光景が見えたなんて、誰も信じはしないだろう。


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