15話 cz75を握った悪魔
太陽は高く昇り、さんさんと校舎を照らし教室は活気であふれている。
出会が、この学校に入って数日が経とうとしていた。
俺はというと頬づえをついて窓の外をぼーと見ていた。
サイボーグの覚醒期で休んでいたと思われる生徒たちも、徐々に登校し始めて、クラス内は普段の雰囲気に戻りつつあった。
休み明けの生徒の左手をこっそり見てみると、やはり数字らしき痣が出来ていて、それを気にしているのか手を腰に回したり、握ったりして隠そうとしている様子も多々伺えた。
「一件落着・・・だと良いんだけどなぁ」
一人虚しく机でため息をついた。
そう、虚しく。
普段なら話す相手も多少いるのだが今日は違う。
俺は横目で右隣の席を見る。
そこにあったのは人だかり。
そして、その中心となるものは、やはり出会だった。
「超髪綺麗だよねー。何のシャンプー使ってんの?」
いまだ冷めぬ出会ブームは朝よりも増して大流行である。
みんな彼女に夢中だ。
だから俺は話す相手もなくボーっとしている。
と、友達いないとかじゃないからな!
「ほっほっほ。学校には慣れましたかな?」
突然、何処からか声がした。
周りを見渡すが誰もその声を発していないようだ。
「下ですよ。下」
下を向くと、低身長かつ愛嬌のある笑みを浮かべた校長が立っていた。
いつの間にか出現していた彼に、誰も気づかなかったようだ。
「校長先生じゃーん!んもー、かーわーいーい」
jkから絶大な支持を誇る彼は、さらに教室を賑わらせる。
「ええ、とってもいい学校ですね。生徒も先生もみんな優しくて」
出会は美しい笑顔で答える。
「ほっほ。それはよかった。アメリカ大統領さんにもよろしく言っといてくださいね」
「え、ええ」
何言ってんだこのおっさん。
アメリカ大統領だって?
が、この意味不明な発言にもjkは魅了されるらしい。
「もー、校長先生ったらウケる!やっぱり校長先生かーわーいーい」
なぜか出会が汗だくになって目をそらしているのは置いといて。
校長は抱き着かれながらも、では私はこれで、と言いながらjkを引きずって行ってしまう。
・・・将来の選択肢が増えたな。
俺は机についてあるタブレットで時間を確認する。
休み時間が終わるまであと10分。
俺は深く机に突っ伏した。
そして、数日の出来事を思い返すことにした。
まずは、先日の康太のサイボーグ化事件について。
学校ではあの事件を、完全に解決したものとして完全に日常を取り戻している。
事件で破壊されたところは工事が行われ、早くも終わりそうな雰囲気だ。
生徒たちも何にも気にするそぶりを見せない。
だが、俺にとってはこの事件が終わっても裏で大きなものが動き始めている気がする。
それは、俺だけではなく出会も感じ始めている的なことをこの前言っていた。
また、俺がサイボーグになった夜のように、警察もこの左手の「1」に執着しているようだった。
まだ確証はないが俺は何者かに目をつけられていると思う。
自意識過剰か、考えすぎか、もしくは高二病の類か。
しかし、もしそれが本当だったとして、何者かに狙われて安々とやられるわけにもいかない。
だから俺たちは、最悪の事態を危惧してある行動を起こすことにした。
それは━
「おーい。孝信!サッカー部の人が読んでいるぞ!」
思考に更けていると通時の声がした。
なんだよ。いいところだったのに・・・。
俺は通時の方へ顔を向ける。
そこには二人のthe好青年が立っていた。
「あの人って、キャプテンと副キャプテンだよね!え、やば!超かっこいい」
またまたjk達が歓喜する。
そして再び教室はガヤガヤしだす。
全く、何で今日はこんなに騒がしいのやら。
俺はだらだら席を立って、多数の視線を受けながら彼らのもとに向かう。
「やあ、孝信君。僕はサッカー部キャプテンの青木。こっちは副キャプテンの高橋だ」
やたら慣れ慣れしいな。
これも陽キャスキルなのか。
「こんにちわ。で、俺に何の用ですか?ないならさっさと戻りたいのですが」
ここはあえて、不愛想に言う。
俺はサッカーが嫌いだ。
理由など記憶のどこかにしまい込んでしまった。
えーその言い方なくない?や、感じ悪。なんて聞こえてきたが気にも留めない。
目の前のイケメンたちはお互い顔を見合わせて苦笑いしたのち、真面目な顔をして言った。
「えっと、俺達は6月に3年生最後の試合があるんだ。それなのにレギュラーの子が怪我しちゃって出れなくなったんだけど、、、なんていうか、代わりの子もいるっちゃいるんだけど、全国目指せるような感じじゃなくてさ!」
青木は手を合わせて頼んでくる。
「中等部の時の活躍は俺たちの耳にも届いていたよ。全国大会決勝で驚異のハットトリックしたとね。そこでお願いがあるんだけど、その怪我をしたレギュラーの代わりに試合に出てくれるかな?一年前なら、今からまた初めても遅くないと思うんだ。また一緒に表彰台の景色を見に行かないか?」
いつのことやら、そんなこともあったな。
だが、やるつもりはない。
ここはきっぱりと断っておこう。
「すみません。俺は━」
「何やってんですか。青木先輩。高橋先輩」
言葉が突然さえぎられる。
俗に美声と呼ばれる声によって。
俺は何事かと振り返る。
「・・・」
「・・・」
目の前の人物のシルエットが脳裏をかすめたコンマ一秒で体中に戦慄が走る。
俺の大きく目を見開かれる。
そこには、この学年一イケメンかつ、ずっとこうして会わないようにしていた人━浜松流星が立っていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
長い沈黙が生まれる。
どんどん周りの雑音が遠のいていく。
この光栄を不思議に思いつつも、俺と流星の間にできた間を埋めようと高橋は話した。
「ほら、レギュラーの枠が一つ空いただろ?だから、孝信君が代わりにやらないかって誘ってたところなんだ」
やめろ・・・。
来るな・・・こないでくれ。
「・・・なんでこいつを」
流星はガシガシと頭をかく。
彼のシャンプーの香りが広がる。
「お前も一緒にプレーしてたからわかるだろ?孝信君のうまさを」
次の瞬間、顔をくしゃくしゃにして言った。
その顔は、浜松流星という人物には程遠い汚い顔だった。
「違う!!!そうじゃない!!」
喉から絞り出した不格好な声と、整った顔が台無しになっている事に気づいたのか、彼は我に戻る。
「すいません。・・・先輩。でも違うんだ・・・」
「いや、いいんだ。流星と同程度の実力を持つ孝信君。ある意味ライバルのような関係なのかもしれない。だけど、もし孝信君がプレーしてくれるなら、それを理解し協力することで、本当のチームが━」
「・・・なんで人殺しなんかを、チームに入れようとするんですか?」
流星はかすかに震え、見据えている。
いかにも俺が醜悪だと言わんばかりの顔で。
まるで、悲劇の被害者のように俺を指をさして言った。
「そいつは!!そいつは!!」
「お、落ち着け、流星」
高橋が声をかけるが、彼の耳には届かない。
「滝野悠を殺したんだ!!!!」
今日は快晴のようで青い空が窓から顔を覗かせていた。
空を駆ける飛行機の音がよく聞こえる。
それだけ静まり返った廊下は、俺と浜松流星にだけ視線が集まっていた。
「お前は、滝野を・・・悠を・・・殺した。返せよ。返せよ悠を!!」
かすれ声で言う彼の声には根拠のない説得力があった。
廊下はざわめきに包まれる。
教室からはたくさんの生徒が顔を出している。
その中には出会の姿もあった。
流星は止まらない。
「お前さえいなければあの日!何事もなかった。・・・無かったのに」
蘇る雨の日の光景。
血まみれの滝野を抱えて走ったあの日。
パトカーのサイレンが鳴り響き、規制線の内側で立ち尽くしたあの日。
『俺は、滝野悠を殺した』