13話 五月 出会
セミの声が甲高く聞こえる。
もう5時になるというのに昼間と明るさも変わらない。
サラリーマンや遊び終えて帰宅する学生たちが俺を通り越していく。
たまに吹く風が滴るような新緑の香りを匂わせる。
俺の周りを取り巻く様々な音は耳から入り片方の耳からすぐに通り抜けていく。
「化け物・・・か」
頭の中で何度も沢村の顔と彼の発した言葉が繰り返される。
宝石箱に混ざりこんだ、石を見るかのような顔をして言ったあの言葉。
「・・・」
考えすぎかな。
そう思いながらも、いつもと変わらない様子で家に向かったのであった。
顔をあげるといつの間にか家の玄関の前に立っていた。
俺はカバンから鍵を取り出しドアを開ける。
「ただいまーって・・・・・・誰もいないよな」
家の中は、静まり返っている。
「なんか疲れた」
ぶっきらぼうに靴を脱ぎ棄てて、2階に行こうと階段に足をかけると、ふと視界の隅に何かが映る。
「ん」
そういえば見舞いに行く前になんか届いたんだっけ。
俺は視線を、ずっしりと寝転がっている大きな箱に向ける。
「はぁ~」
俺は、この箱にも負けない位の重いため息をついた。
||||||||||||||||||
「はうぁぐはっ!!」
ズズズズズズと階段と擦れる。
ミシ!!ボギイイイイ!!と階段が鳴く。
今何をやっているかって?
ふふん。
これは俺の運命をかけた超危険を伴う作戦。
なずけて『このめちゃくちゃ重くて鬱陶しい箱を部屋まで運ぼう大作戦!!!~蟻~』
今階段の上に箱を滑らせて運んでいるのだが、俺のポジションはGKこと、HK(箱キーパー)。
つまりこの宅配物の後方で必死に力を入れて、2階にある俺の部屋へ運んでいるのだ。
先ほど言った通り、危険が伴う。
間違って階段を踏み外したら一緒に下までドーン。
床ドーン。(床に穴があく
俺ドーン。(死亡
箱ドーン。(イタイ
妹ドーン。(玄関から
怒られるドーン。(床に穴をあけた件について+俺の心配はしない
である。
そんなことを考えている間にも、階段は残り僅か。
「よいしょおお!!」
最後力を振り絞って残りの一段を登りきった。
「よしゃあああああ!!!!・・・・って、部屋までまだまだじゃん!?」
階段の先にある、部屋まで続く廊下を見て言った。
部屋になんとか荷物を運び俺はゼエゼエしながら床にあおむけになっていた。
なんて重いんだ。
半分死にかけたぞ。
まあ、そこまで苦労して運んだものだ。
中に入っているものくらいかなり期待してもいいだろう。
「おっかね!おったから!いちおくえん!!」
箱にほのかに赤い光が映る。
恐らく瞳が赤くなっているのだろう。
たしか・・・・興奮しているときに赤色になるんだよな?
あらヤダはしたない!!
俺は箱のガムテープを丁寧にはがしていく。
ゆっくり重ねられた外フラップをどかしていく。
ゴクリと唾をのむ。
心拍数が上がる。
「はぁ、はぁ」
今まで見たくても見れなかったあの!憧れの!
俺はついに卒業!!!
内フラップを思いっきり開けた。
こ、これは・・・・
「死体イイイイイイイイ!!!!!!????」
思いっきりしりもちをつく。
中に入っていたもの。
誰が想像しただろうか?
一瞬しか見えなかったのだが間違いなく女の死体だった。
待て待て待て待て。
死体?
まさか。
そんなの見間違いに決まってる。
おずおずしながらもう一度箱の中をのぞく。
「・・・。」
うん。死んでるわ。KORE☆
ピクリともしないで目を閉じている女の子。
年齢は自分と同じくらい。
肌は透き通るように白くて絹織物のようだ。
「警察・・・だよな」
俺は電話を取り出し110のボタンを押しかけた時。
(ずっと考えていたのです)
一日ぶりに聞こえた声は何処か弱弱しくもはっきり聞こえた。
(私はあなたを補佐する者。私がいながらあなたを苦しませてしまった)
姿の見えない彼女は何処か微笑んだように言った。
(これは私のミスです。そしてこれは私の問題でもある)
「そんなことない」と言おうとしたが、それをぐっとしまって続きを促す。
(本当は設定違反なんですが、償いをさせてください。それに・・・私は必要ないでしょうし)
外は暗くなりつつあり、窓の外は藍色に染まっている。
時折吹く優しく温かい風が窓から見える電線が揺れる。
俺は声をかけようか少し考えていると出会は言った。
(それ人形ですよ)
「人形かいー!!!死体送り付けられた上あんなに冷たい声で話してた出会が謝ってきてマジでどうしたらいいかわからなかったつーの!!!」
俺はケラケラ笑う。
出会は何も言わなかったが何処か安心したような声で言う。
(その女の子の左手を持ってください)
「左手?」
箱の中をもう一度のぞいた。
そこには、生きていれば間違いなくそこらの女子高生など比にならない美顔が目を閉じていた。
「しかし、よくできてるなー。もう人間と区別付かないぞ」
(ええ。最新技術を駆使して作られたものですから)
そのまま顔から下に視線をスライドさせる。
「・・・ふぁ?」
・・・・・裸やないかい!
こっちもこっちでよくできている。
これはいくら人形でも意識しちゃう。
俺は視線を体から背けながら箱の中に入った人形の左手を手に取る。
「Y?」
左手の中指に書かれている文字に疑問を抱く。
「なあ、これって」
(その文字にあなたの数字を重ねて重ねてください)
俺の言葉を遮るように言う。
なにか都合の悪いことでもあるのだろうか
「お、おう」
まあいい。
俺は出会の言ったとおりに手と手を合わせるようにして中指を重ねる。
次の瞬間重なったところが青色に光りだす。
「連動信号受信。検体Y起動」
不意に人形の口が動く。
そして上半身だけ素早く起こす。
「・・・」
箱の中に入っていたから気づかなかったが、こうして見るとものすごく美しい。
可愛いや綺麗では表せない。
ただただ美しい。
流れるような長くて白い髪。
雪のように白くきらめく肌。
その中にひと際目立つ緑色の瞳をした二つの目。
「・・・」
彼女に見とれていたなか、ハッとして言った。
「服着ろ!服!」
タンスから手ごろなTシャツを取り出し差し出す。
「これ着てくれ」
「・・・」
彼女の緑色の瞳は動かない。
一点を見つめて固まったままだ。
「出会?これは誘っ、誘って?え?誘ってい」
(首に触れてください)
「答えろー!!」
はぁ。
何やってんだ俺
妹がこの光景見たら、一人でコントしてるのかと思われちゃうだろ。
さ、気を取り直しまして
首に触れればいいんだよな?
俺は彼女の後ろに回り込む。
背中は小さくてほとんどが銀細工のような髪の毛で隠されている。
「しっ失礼しまーす・・・」
ドキマキしながら髪をかき上げた。
すると流れるようなうなじが姿を現す。
まるで砂の塔のように触れたら崩れてしまうように感じられたので、なるべく優しく指を置いた。
(『システムアナウンサーの転送を許可する』と言ってください)
「ああ」
出会が言ったとおりに言葉を唱える。
「システムアナウンサーの、転送を許可する」
「・・・」
しかし、何も起こらない。
それにしても転送ってどういうことだ?
ズキン!!!
触れたところがまた青色に光りだす。
淡い色だが力強い。
それと同時に体に電気のようなものが走る。
一瞬だが体中を何かが駆け回り、ものすごい速度で俺の指を経由して人形の首に通り過ぎていった。
そして、何秒か経つと次第に光が小さくなり、儚く消えていった。
「これは・・・一体」
「私が転送されたのですよ」
目の前の頭が振り向く。
「こんにちわ。こうして会うのは初めてですね。孝信」
湧き水みたいに澄んだ声。
バイオリンの絃のような髪が揺れる。
滑らかかつ美しく曲線を描いた輪郭。
透き通った肌にしわを作って笑いかけてくる。
目が合うと、緑色のエメラルドがゆらゆらと揺れている。
「・・・あなたは」
「初めまして。五月出会です」
そういって、少女はまた笑った。