水玉と月光
その夜のバーは、ビル・エヴァンスの名盤が流れていたの。
カウンターの脇に活けられたライラックからは、芳しい香りがしていたわ。
あたしは、フラれたばかりだったの。
愛が醒めたあたしは、冷えた身体を温める術を求めていたのよ。
二杯目のカクテルを飲み干したとき、あなたは不意に現れたわ。
細長い飾り窓から差し込む月光に照らされて、あなたは輝いて見えたわ。
乾いた砂に水を注ぐように、あなたは欲しい言葉をくれたわ。
それなのに、素直にありがとうと言えなくて、ごめんなさいね。
アパートの前で分かれたとき、頬にキスしてくれたでしょう。
あたしのハートに金の矢が刺さったのは、その瞬間よ。
それから、何度もバーに通ったけれど、あなたは二度と現れなかった。
もしかしたら、あれは酒精が魅せた幻だったのかしら。
それでもあたしは、あのジャズの調べを聴くたびに思い出すの。
水玉模様のネクタイを小粋に結んでいた、紳士なあなたを。