閑話 エイミーのでっかい独り言 お嬢様の鼻歌は危険
お読みいただきありがとうございます!
「フ~ンフフフ~ン♪」
お嬢様の鼻歌を耳にして思わずピシリと体が固まる。最近お嬢様の脱走はないけれど、アベルさんに一応報告しておきましょう。手紙が届いていないかお嬢様に聞かれたので、確認ついでにアベルさんを捕まえに行く。
「何ですか?」
何ですか?じゃねぇよ。おっと口調が公爵家の使用人にあるまじきものになっていました。こっちだって好きで呼び止めたわけじゃないんだから。
このいけ好かない眼鏡執事のアベルさんこそ私の天敵。ほとんど同時期にカスクート公爵家に雇われたのにこの見下した態度!ムカつく!ちょっと仕事ができて顔がいいからって!お嬢様のドレスや化粧にまで口を出してくるなんて!!
「お嬢様が鼻歌を……」
ムカムカしながらなんとかおさえて言うと、アベルさんはすっと真顔になった。
「確認しに行きます」
「よろしくお願いします」
レヴィアス公爵家から届いていたお茶会の招待状を持ってお嬢様の部屋に戻ると、お嬢様はちゃんと部屋にいらっしゃったのでこっそり2人で安堵した。
お嬢様と初めてお会いしたとき、すでにお嬢様は中々そこいらでお見かけしないレベルの美少女だった。輝く銀色の髪と幼いながらも整った顔立ちに思わず見惚れた。銀色の髪は奥様譲りだそうだ。
私の実家はド田舎の貧乏男爵家で、私は無駄に多い子供達の三女という微妙な位置だった。貴族の端くれというより、平民すれすれのただの貴族だ。実際の暮らしぶりは平民のようなものだったので、私は早々に給金の高い王都に働きに出た。今ではしっかり実家に仕送りもできている。オンボロ屋敷でも維持費がかかるのだ。
カスクート公爵家の使用人として採用されたのは知り合いの知り合いのツテだ。
一応、礼儀作法は一通りに教え込まれていたし、他の使用人と比べてお嬢様と年が近いからということで、採用されてすぐにお嬢様付きになってしまった。
かなりの美少女なお嬢様は大人しい方だった。……そう、最初は。
奥様が亡くなられてから旦那様や親戚に溺愛されているにも関わらず、子供らしいわがままも言わず、高飛車で傲慢なご令嬢にもなっておられない。落ち着いているというか非常に淡泊。あまり物事に興味がなさそうだった。外見も大人しそうに見えるので私は油断していた。
ある日お嬢様はご機嫌だったらしく、珍しく鼻歌を歌っていた。美少女が座って頭をちょっと揺らしながら鼻歌を歌っている様子はマジで天使かと思った。よだれが出そうなレベルだ。こんな子が町を歩いていたら絶対誘拐される。
私はその天使の如き光景をしばらく堪能した後、メイド長に頼まれていた仕事を片付け、お嬢様の部屋に戻ると、いらっしゃるはずのお嬢様の姿がなかった。机の上の書置きが目に入る。
「しばらくさがさないでください」
子供とは思えない綺麗なお嬢様の字でそう書かれていた。お嬢様は外見だけでなく、字もお綺麗なのか!と一瞬感動したが、そんなことしている場合ではなかった。
後から考えると「しばらく」という言葉も気にするべきだったが、その時は誘拐かもしれない!と焦っていた。
「た、たいへんですー!お嬢様が!お嬢様が!」
執事かメイド長を探すため、私は叫びながら廊下に走り出た。
結果として、お嬢様はそれほど時間をかけずに見つかった。屋敷のやたら広い庭の木の上で。動ける使用人総出で探していたのに、お嬢様を見つけたのは当時の執事補佐という名の雑用係アベルさんだった。そこもムカつく。
そもそも、お嬢様、木登りできたんですか……。普通のご令嬢はしませんよね……。
アベルさんに手を貸されて木から下りてきたお嬢様は執事のオルティスさんとメイド長のエイダさんにめちゃめちゃ心配され、部屋に戻られました。現在お着替え中です。服に泥が散っています。
「誘拐かと心配しました」
「かきおきをのこしたわよ?」
「いえ……書置きとかそういう問題ではなくて……。おっしゃって頂けたらお庭にお供しましたのに」
「きゅうににわにでたくなってしまったの。エイミーはいなかったし。ふつうにでようとしたら、じめんがぬかるんでいるからダメとオルティスにいわれたわ。でもでたかったからいっかいのまどからでたわ」
執事もメイド長もお嬢様に対してかなり過保護なのです。1階の部屋の窓から庭に出る時点でご令嬢としてはアウトな気が……。でもお嬢様はちょっと楽しそうに目を輝かせています。
「次回から呼びつけていただければ……。あのような書置きでは心配します。私はお嬢様付きの使用人なのですから。それにしても、どうして庭にお出になりたかったのですか?」
「だって、やしきのみんなはくらいんだもの」
思わずお嬢様の着替えを手伝っていた手が止まります。
確かにお屋敷の空気は明るいとは言い難いです。奥様がご病気で亡くなられたことが一番大きな要因ですが、私が来る前にメイド長のエイダさんが過労で倒れてしまったことも打撃となりました。エイダさんは今は復帰されていますが、顔色が優れない日もあります。
新しくレオナルドさんとアベルさん、私が採用されましたが、まだまだプロとは言い難く、オルティスさんやエイダさんの負担軽減にはもう少し時間がかかりそうです。
さらに後妻になろうと突然押しかけてくる方々の対応もありますので、屋敷の空気はピリピリというか、緊張状態になることもしばしば。小さなお嬢様にそんな風に思われてしまっているなんて……ふがいなくなりました。
「お嬢様、このエイミーとたくさんあそびましょうね」
「ん? そうね。じゃあぼーどげーむでもする?」
「はい! 私はボードゲーム強いんですよ!」
せめて私にできることをしよう。お嬢様が少しでも寂しくないように、楽しく過ごせるように。暗いなんて言わせません。
「エイミーのさけびごえ、そとまできこえたけどおもしろかったわ」
この時はお嬢様のこのセリフを気にも留めなかったが、この後からお嬢様は時々、部屋から脱走するようになる。そしてそのたびに私は叫び声をあげる羽目になる。
だって、部屋中に本が散乱していて、お嬢様は天井から脱走を試みていたりするのだ。そりゃあ私でなくても叫ぶと思う。
お嬢様は大きくなるにつれて変装を覚えたり(変装に使われたのはいつの間にか盗まれていた私の予備のメイド服。一体お嬢様、いつ盗んだんですか……怖すぎる……)、カーテンをつないで柱に括りつけて1階に下りる(お嬢様、怪盗かなにかになるおつもりですか?)という危険な真似までされるようになる。
手段は年々進化していたが、お嬢様は毎回、脱走する前はご機嫌で鼻歌を歌っているのだ。それに気づいた私とアベルさんの共通認識は「お嬢様の鼻歌は危険」になった。
ブックマーク・評価をありがとうございます!嬉しいです(涙