閑話 俺とお嬢様の出会いの現場はコチラです! アベル視点
アベル視点のお話です。
時間が止まったかと思った
陳腐な表現だがそうとしか言いようがない。
ふと目を上げた瞬間に捉えた。
風になびき、雲の隙間から顔を出した陽光に輝く銀色の髪。
空と一体のような、色彩の薄い青い瞳。
スケッチよりも数段美しい少女がこちらを無表情に見ていた。
まるでそこだけ神話の世界を切り取ったかのようだ。
この美しい光景を描きたい。
胸に熱いものがこみあげる。こんな高揚感は久しぶりだ。
「そこのあなた、ワタクシのおにわでなにをしているの?」
いや、ちょっと待ってくれ。
なんで公爵令嬢が木の上にいるんだ??
職業紹介所でカスクート家の執事補佐の募集を見た時はツイてるとガッツポーズをしそうになった。
下っ端で雑用係のようだが、高い給金は魅力的だ。
「あんた、若いねぇ。細いけど体力はあるのかい? 足は速いのかい? 腕力は? 読み書きは普通に大丈夫かい? マナーは? ふぅん、じゃあ大丈夫かね。はい、これが紹介状。明日にでも面接にいきな。なんか急いで人が欲しいみたいだからね」
受付のおばちゃんに色々聞かれたが、無事紹介状を貰うことができた。
最近は思うように絵が描けない。画材を無駄に使っているだけのような気がしてくる。
それにしても画材は高い。画家で食べていけないのだから他に仕事を見つけるしかない。
実家は決して貧乏ではない商家だったが、家業の勉強をせず絵ばかり描いていた俺を父は追い出した。
働かざる者食うべからずだそうだ。気楽な三男だったから実家は後継ぎに困ることもない。
優秀な兄達が継ぐようになる。頭の固い親父は金勘定ばっかりで、芸術方面は全く駄目だ。
紹介状を見せてから門をくぐるが玄関は見えない。公爵家の屋敷はやたらでかい。
歩いて歩いてやっと玄関が見え始めたが、なぜか使用人達が集まっていて、物々しい雰囲気が漂っている。1人の使用人がこちらに気付くと、他の者達も一斉にこちらを向く。10人ほどの視線に急にさらされるのだから普通に怖い。
すると奥からロマンスグレーの髪をオールバックにした、いかにも執事という恰好の男性が出てきた。他の使用人たちがザっと彼のために道を開ける。なんだろう、これは噂に聞く圧迫面接だろうか。
いや、それにしては向かってくる男性の顔色が青白い。人手が足りない位だから働きすぎなのだろうか。大丈夫なんだろうか、この屋敷。
「執事補佐の採用面接に来られたアベルさんですね。執事のオルティスです。実は少々込み入った事情がありまして面接は後日に……」
いかにも執事という雰囲気の男性が話し始めると、今度は屋敷の中から凄い音がした。
階段を転がり落ちたような音だ。
バンっと扉が開くと、女性の使用人が姿を見せた。ちらっと見えた中の装飾品だけで平民は一生暮らすことができそうだ。
「オルティスさん!」
女性は執事に駆け寄ると、ごにょごにょと何か耳打ちをする。
「本当なのか?!」
執事は話を聞くと、やや芝居がかったポーズを取りながらもさらに顔色を悪くする。ほんとに大丈夫なんだろうか、この屋敷。
「万が一、鉢合わせするとお嬢様が危ない。くっ、こんな時に限って! 5人で庭を捜索! なるべく早くアレについては駆除する。駆除が終わったら全員でお嬢様を捜索!」
この執事は一々の動作に大きな身振り手振りが付く。芝居がかっているが、他の使用人たちの緊迫した様子を見る限りでは緊急事態だろう。
「私は明日、出直しますので」
すぐに面接が受けれないのは残念だが、邪魔者のようなのでひとまずそう口にすると、執事はバッと振り向いた。
「いえ。予定を変更しましょう。ここは人手があった方がいいですし。今からあなたの採用試験を開始します」
「はい?」
執事は胸元のポケットから折りたたまれた紙を取り出す。スケッチブックを破ったようなそれを恐る恐る開くと、そこには少女が描かれていた。こんな美人な子がいるのかというくらい美人に描いてある。それに絵が上手い。これはかなり盛った絵ではなかろうか。
「もうすぐ4歳になられるアルトリリーお嬢様です。部屋から脱走されたようです」
「脱走……? 誘拐ではなく?」
「いえ、脱走です。詳しいことは時間がないので省かせていただきますが、お嬢様は屋敷の庭のどこかにいらっしゃるはずです。あなたがお嬢様を見つけたら、採用です」
「は……はぁ……」
いいのだろうか、そんな適当な採用試験で。
「お嬢様を見つけたら屋敷の裏から中に入って下さい。くれぐれもこちらの入口からは入らないように。我々はこれからアレに対処せねばなりません」
ピッと執事の指さした先を見ると、歩いてきた道を馬車が向かってくるところだった。やけに広い道だと思ったら貴族様は徒歩でなく、馬車で通るようだ。
「アレは公爵夫人の後釜になろうと押しかけてきた女狐です。もしお嬢様と鉢合わせになれば何をしでかすかわかりません。どうぞよろしくお願いします」
カスクート公爵夫人が亡くなって約1年。こうして後妻におさまろうとする者が頻繁に押しかけてくるのだろう。
「はい、わかりました」
面接が後日にならなかったのがラッキーだが、普通のお嬢様は脱走するのだろうか?
庭を歩きながらスケッチを眺める。スケッチの中では無表情の少女がこちらを見ていた。
子供らしい表情が無くても顔が整っていることは分かる。
「それにしても広い庭だよな」
そう呟くと、先ほどまでいた玄関のあたりがにわかに騒がしくなる。
執事の言葉を借りて言えば、女狐が到着したようだ。後妻の座を狙う女性がお嬢様と会ったらどうなるのか……頭をよぎっただけで背筋が少し寒くなった。
押しかけてくるぐらいだから常識は通用しないだろう。
見事な花々が咲く庭園にも、恐ろしくお金がかかっていそうな温室にも、なんで屋敷の中にあるんだと思う噴水にも少女の姿はなかった。まぁ、こういったところは他の使用人達も探しているだろう。
他の使用人達とは全くすれ違っていないので、庭は相当広いと推測される。どのくらい時間が経っただろうと、ふと目線を上げた時に息が止まるかと思った。
「そこのあなた、ワタクシのおにわでなにをしているの?」
木の幹に寄りかかりながらビシッと少女は指さしてきた。その動作は先ほどの執事そっくりに芝居がかっていた。
「まぁ、どうでもいっか」
いや、どうでもよくはない。もう少し警戒心を持ってほしい。俺が侵入者だったらどうするんだ。
「このセリフ、いってみたかったの。ところであなたはだぁれ?」
木の上の少女は少し満足げだ。ほんのり口角があがり、美少女っぷりに拍車がかかる。
「しつじほさのめんせつ?かしら?」
意味は分かっていないのだろうが少女は正確に発音した。
「はい。オルティスさんにお嬢様を探してくる様に頼まれました」
「ねぇここまでのぼってこれる?」
話を聞いてほしいと思うが、よく考えたら相手は子供だった。無理矢理抱えて屋敷に連れて帰ると完全に俺が犯罪者のようだし、玄関から離れているから女狐がくる心配もないだろう。
するすると木に登ると、少女はやっと子供らしく目を輝かせた。
「みんなのぼってくれないから、つまらなかったの」
「どうして木の上にいらっしゃるんですか?」
「おとうさまが、おかあさまはそらにいるっていうから。ここならそらにちかいでしょう?」
さっきまで大人びた子供だと思っていたが、そんなことは無かった。こちらが罪悪感を覚えるくらい純粋な答えが返ってきた。
「あんまりおかあさまのことはしらないんだけど。やしきのみんなはげんきないし」
お嬢様と木の上でしばらく会話をしていると、女狐を駆除したらしい執事と他の使用人達が走ってくるのが見えた。
「お迎えがきましたが下りますか?」
「そうね」
先におりて、お嬢様がおりてくるのに手を貸した。執事が悔しそうにハンカチを噛んでいるのは何故なのだろう。
「まさかお嬢様を見つけるとは……仕方ありません、二言はありません。採用です」
そんな感じで俺の採用は決まった。
本当に大丈夫なんだろうか? この屋敷。
しかしせっかくなのだから、許されるならばお嬢様に絵を描かせてほしいと頼んでみよう。
その後、お嬢様は味を占めたのか頻繁に部屋から脱走し、毎回なぜか俺が発見することになる。
そのせいで異例の速さで第3の執事(主な業務はお嬢様のお守)に出世することになる。
そんなことをこの時は知る由もなかった。
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