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もしも人間が魔王になったら 改稿前  作者: キバごん
(仮)
16/17

第二話(仮)

 海斗はベッドに横になって、ドラマの再放送を眺めていた。40代の男と、彼の歳の半分ほどの女性が恋をする恋愛ドラマである。年が離れていることと、周囲の理解が得られないと言うことから禁断の恋としてえがかれ、四苦八苦して結ばれようとする。それが今日、最終回を迎えた。根がいい男であったために、女側の親族や友人から認められて結婚というハッピーエンドを迎えたのだ。

 桜の花びらが舞う中で抱き合う2人を見て、エンディングが流れる前にテレビを消した。テーブルにリモコンを置いて、海斗は目を閉じた。


「あるわきゃねぇだろ。あんなに歳の離れたヨボヨボ男に恋する女なんていねェよ。いたとしても男と金の区別がついてない盲目女だけだよ」


 海斗は、まぶたの裏に女の姿を見た。さっきのドラマのヒロインの、茶髪のボブの女である。女は笑顔で抱きついてくると頬ずりしてきた。揺れる髪から、ふわっと甘い匂いが鼻の奥でひろがった。


「そうそう、こういう若いもん同士のほうが映える気がするって。あんなおじさんとのよりさぁ、ちゃんとした学園もののドラマとかのほうが映えるって。世のおばさんたちがせんべいにかじりつきながら自分の青春時代を懐かしむこともできてハッピーだろうがよ。おじさんが若い子と恋をするってどの層にむけたドラマだよ」


 窓から差し込む柔らかな日の光が、海斗の身体を、揺れるレースカーテンに合わせてさすっている。海斗はふと、その暖かさの中で、自分の未来を思い浮かばせ、少しばかり恐怖した。

 恋人なんて自分にはいない。こんな休日の真昼間からドラマを見ているのだから当然である。今日は雲ひとつない快晴だというのにデートの1つもできない現実が、手の中にあった。中学生の頃であろうか、光陰矢の如しという言葉を学んだ。だからこそ、遊びたければいまのうちに遊んで、学びたければいまのうちに学んでおきなさいと言われた。そのときの先生は、自分たちのやりたいことを尊重してくれる年配の女性だったから、そのとおりにいっぱい遊び学んだ。

 しかし恋についてはからっきしであった。女友達は少しはいたほうだとおもうが、恋にまで発展していったのは周囲の男友人であった。遊びと学びにしか注力してこなかった己は、恋愛環境に一歩も踏み込むことのないまま時がすぎてしまったのだ。先生はなぜ恋愛も含めた三本柱にしてくれなかったのか、いまだに恨むときがある。

 そしてどうだ、それがこのままずるずると年齢をくっていって、中年になっても恋人ができなかったら。


「……まぁまぁ、いま俺は受験勉強だし。保健体育よりも数学を学ばなくちゃよ」


 そう呟いて、上半身だけ起こして勉強机の上で重ねられた色別のノートを見た。一番上は社会と書いている。それを見た直後、とてつもないやる気の喪失感を覚えて、そっとまた横になった。


「まだ……4月だし、三年になったばかりだし、いいでしょ。本腰入れるのはもうちょっとあとで」


 受験戦争はもう始まっている。──これがいまの担任の口癖である。新学期が始まって一週間程度と間もないにも関わらず、もう10回以上は聞いた。それゆえにまだ火もついていない尻を叩かれて勉強しようと思うのは思うのだが、これがどうしても続かない。このやる気の冷め具合は、絶対に頑張りすぎた中学生時代の反動であると思う。

 気づけばスマホに手が伸びていて、SNSのアプリをひらいていた。一瞬の読み込みがされて、トップに高村海斗の文字が出たとたん、檜山健汰ひやまけんたという友人を探し当ててメッセージを送った。


──いまから遊べないか。


 健汰とは旧友の仲である。保育所時代から付き合いのある友人であり、中学生時代の休日ならばほぼ毎日遊んでいた。思い返して浮かぶ多くの情景に、健汰の姿がある。──そうしているあいだに、既読サインがついた。yesと打ってくれるとわかっているときの時間がすごく無駄で、もどかしく感じた。今日は外出するかもしれないと思う。健汰はかなりアウトドアな性格で、小さいころはよく親にねだって川や滝、山などにつれて行ってもらっていた。当然公園でも遊んでいたが、そこには興奮が思い出として強烈に心に残っている。特に自分の瀬高の何倍あるのか考えるのも億劫になる滝の姿は圧巻で、顔に飛んでくる小さなしぶきなど気にせず水が駆け落ちてくる姿を見つめていた。


──ごめん、今日彼女の誕生日だから、一緒にいてやりたいんだ。


「は?」


 今日は彼女とアウトドアな気分なのであったか。小さき頃からの男の友情を忘れ去り、いまは彼女と滝を超す絶景を2人で育もうとでも言うのか。


「おま、2年になってからそれ多くない? 彼女関係多くない? 友人関係は? 俺との交友ないがしろにしてないかい?」


 自分の誘いがうまいこといかなかったことに、スマホをベッドにベッドに投げたくなってしまったが彼女さんの誕生日ならばしょうがない。しかし、わりと有力候補に断られた海斗は肩を落としてため息をついた。

 ならば、と思って瀬川颯太せがわそうたという次の名前を探した。彼はかなりのゲーマーで、今日1日ゲームをやりながら過ごすということが完全に見えた。いまは共通にお気に入りの対戦ゲームがあって、しばしば放課後に集まってはやっている。今日は夕方までそれをする未来が見えた。


──ごめんなさい海斗w 私いま彼女とゲームやってるんですよww


「はァァァッ!!?」


 ほぼ反射的にスマホをベッドに投げつけていたのだ。先ほどは我慢できたが、今回はゲームで遊んでいる2人を想像できてしまったことで怒りが爆発してしまった。

 こいつの彼女も同じゲームをやっていたことを忘れていた。それもかなりの腕前であった。結構やり込んだと思っていたのに、この前ほぼギリギリの戦いを繰り広げていたではないか。


「お前も彼女かァッ!! いいなァッ!! 彼女がゲーマーでいいなァーッ! でもお前の席はそこじゃねェッ!! そこは昔から俺の席だって決まってんだ……!! どけよ……!

 でもあれだ! もう少しで俺らが気になってるゲーム買うからな!! 再び颯太の隣は俺になるからな……ッ!!」


 2人続けて彼女と遊んでいる報告を受けて、いらだちが大きくなるのを海斗は感じていた。

 思えば2人とも光陰矢の如しに恋模様も含まれていることをいち早く察知し、高校のはじめの方でもう彼女を作っている男どもであった。恋人ができたと知った時は驚いた。なんせどちらの恋人も小学校から付き合いがあった友人であり、何度か自分とも遊んだことがあったのだ。男女の遊びではなく、子どもの遊びだったことにどれだけ後悔したか。あの中学の先生は俺だけをはぶって恋についての特別授業でもひらいたのであろうか。

 スマホをひろってすぐに次の友人を探した。すぐに岡崎直樹おかざきなおきの文字が見えて、乱暴にメッセージを送った。暇で暇で死にそう、いまから来れないか、なんていう若干雑なメッセージになっているのは退屈がそうさせているに違いないと決めつけた。


「どうなんだ直樹ぃぃ……あとはお前1人だぞ……俺とよく遊んでる3人目のお前で終わりなんだぞ……この死にそうになるくらいの暇をどうにかしてくれ……!!」


 こうなれば半ば意地である。なんとしてもこいつらと遊んでやると言う意地がメッセージを直接打っているような気がする。


──ごめん海斗……飼ってた犬が死んで、彼女と一緒に葬式してんだ、だから遊べそうにない……。


「お前だけ彼女との過ごし方の毛色がちがーう!!」


 海斗は思わずスマホをベッドに投げつけた。さっきよりも力のこもった投球は、ばほっとホコリを舞わせ、日の光がチラチラとマリンスノーの如く光らせた。


「ごめんこっちこそ死んじまいそうなんて言って! ポチィッ! あの世でも元気でなァッ!」


 4人は小さな頃から友人であった。互いの家に訪れては遊びに誘い、この町中をかけめぐった。竹馬の友と呼んでも差しさわりないだろう。そんな中、夏の始まりが見えた小学低学年の頃、よく遊んでいた公園のすみに立つ大きな桜の木の下にダンボールが置かれていた。最初はなんだこれと疑問をもつだけで触りもしなかったが、遊んでいるあいだの何度か揺れや叩く音が、恐怖とともに興味心を抱かせた。おそるおそるひらいてみると、小さな柴犬が顔を出したのだ。ダンボールのふちに前足を置いて、興味津々と自分らの顔を見上げる姿はかわいく、自然と微笑みが生まれたのを覚えている。

 しかし、健汰の「捨て犬かもしれないね」と言う言葉に、どうにかして助けてやらねばと言う使命感と責任感が、子どもながらに芽生えたのをいまでも思い出せる。それから遊びを中断して、必死に里親候補を探したが見つからず、捨てた元飼い主を探し当てて叱責してやろうかとも思った。しかし母親に聞いてもこのあたりに柴犬を飼っている人はいないと、もしかしたら遠くから来てバレない土地に捨てたのかもしれないと言った。ならばここで飼えないかという訴えもはねのけられ、使命感と責任感がやる気とともに失せ、失意の中にいた。

 そのときに声をあげたのが直樹であった。一度は親に断られたがお願いしてみると言い出し、ならばと自分らもついていって頭を下げた。他の家の子らもいたためか親も強くはいえず、ちゃんと世話をすることを条件として、ほぼ妥協の形で飼育を許可してくれた。

 もとから病弱であったらしくそこまで駆け巡って遊ぶなんてことはしばらくの時期しかできなかったが、静かになったあとは、深い青の座布団に身体を巻くように座る姿はどこか貫禄があり、「老師」というあだ名で親しまれていた。


「ていうかそうか……ポチ死んだのか……」


 確かに直樹の彼女もポチを知って溺愛していたことを思い出して、海斗は小さな罪悪感のようなものを抱いた。飼育することもできずに、最近はあまり会いにもいけず、今日の葬式にも行けていないなんて、自分がとんだ薄情者のような人間に思えた。

 するとスマホが鳴った。颯太からのメッセージを受け取ったようだ。ポップアップされたメッセージを見た。


──あ、そうだw まえから気になってるゲームあったじゃないですか。あれ買ったんで3人でしませんか?ww


 気づけば部屋のすみに立ててあった木刀を手に、スマホを叩き割らんとしていた。

 なぜこいつはポチが亡くなったというのにこんなに楽観的に人生を謳歌しているのであろうか? なぜこいつは俺が一緒に買おうとしていたゲームを先に買ってしまうのであろうか? 胸から溢れ出んばかりの怒りがこみあげてきたが、同時に幼き頃のポチの満面の笑みが思い出され、ふりおろさんとする手をさげた。


「……はぁ……もういいや、1人でゲームでもしよ……」


 ともと遊ぶことに諦めがついて、木刀をもとに戻そうとした、そのときである。黒い胞子のようなものが1つ、頬をつたうようにして現れた。なんだ、と振り返ってみると、見上げるほど巨きな黒い影があった。さっきの黒い胞子を固めて作られた姿をしているそれは、なお溢れる胞子をただよわせている。顔と思わしき、黒が凝縮されたところに目がある。それには黒目のようなものがたくさんついていて、方向を定めることなく絶えず動き回るそれに、海斗は唖然とした。


「な……なんだよ、お前……」


 あとずさろうにもベッドがあってできない。正体がわからぬという不気味さに、下手な動きを見せるとやられるかもしれない、という人間の本能がつきまとった。

 すると黒目が一斉に合わさり、1つの大きな黒目となって海斗を見た。そのとき海斗は、槍で心を地面に突き落とされた感覚におちいった。ただでさえ超常現象を体験している海斗には、恐怖の刺激が強すぎる。

 こいつの目を盗んで、扉で逃げるのは無理であろう。見逃してはくれなかろう。逃げるのならば、うしろのベッドを越えてある、少しだけあいた窓だ。そこから小さな風が縫い入るようにして、背中に当たった。それを皮切りとして、足に力を込めた、その直後である。影は腕を1本、弾丸のように伸ばし、海斗の胸を貫いた。


「ふっ……ぅぅ……ッ!」


 しかし不思議なことに痛みがなかったのである。心臓を掴まれる感覚がいやというほどわかるのに対し、苦しさがまったく感じられないのだ。困惑と同時に、なんとかしなければならないと、右の木刀をふるってみても影の身体をすり抜けるばかりであった。

 影は心臓を力いっぱいに握りしめた。そこでようやく、いっせいに全身へと駆け巡った血とともに痛みが走った。そして苦しむ海斗などムシス量に、心臓を胸からひきぬいたのだ。海斗の胸にはブラックホールのような渦ができており、そこから血管がちぎれることなく伸びている。それを見た海斗は狼狽した。

 木刀で影の腕をはらってやろうとしても、ただすり抜けるばかりである。そしてさすがに抵抗がうざったく思ったのか、影は腕から枝分かれするように多くの腕を生やし、海斗の四肢を掴み、動きをふうじこませた。


 海斗は意識を遠くさせた。くっきりと見えていたこの影も、部屋の色とにじんで混濁していた。人間の一生がこんな終わり方をするだなんて、思わなかった。


「──あい──の───わかった。 ──ろ。 ──に──ろ。 俺──きる。 あの────を──に─け」


 手放す意識を手前に、海斗は影の声らしきものを聞いた。だが朦朧とする耳は途切れ途切れしか声をひろえず、海斗は、その言葉に疑問を抱くことなく意識を闇に溶けさせた。

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