93話 希望の灯火
「調子に乗りやがって!」
レインの持つ銃から発射された弾は、真っ直ぐに私の方へと向かってきた。だがその銃弾は私を貫くことはなかった。レインが引き金を引くのと同時に、私の足元から一気に冷気が発され、瞬時にびきびきと音を立てながら、氷の柱が何本もせり上がった。銃弾は氷の塊の中に完全に閉じ込められていたのだ。
「なっ……」
炎と氷の狭間で、レインは驚きの声を上げる。そして、レインは気付いた。敵に回してはいけない者を敵に回してしまったのだと。だが、本能を気付いてしまった事実をレインは必死に否定するかのように、叫び声を上げる。
「くそがあ!モンスターなんぞに敗れてたまるかあ!!!」
レインは引き金を何度も引いた。だが、発射される弾は、次々と氷によって捕らわれ、標的へと届くことはなかった。しばらくの後、カチッ、カチッと言いながら、空しく引き金の音だけがこだましていた。
「くそっ!くそっ!」
「ねえ」
私の問いかけに、レインは身体をびくっとさせ、こちらを眺めた。一瞬の沈黙の後に、レインは腰に携えていた剣を抜き、一気に斬りかかってきた。
「なんで、世界を乱そうとするの?」
私はレインの剣を防ぎながら、レインへと問いかけた。レインは激しい斬撃を繰り出しながら、叫んだ。
「乱しているのはお前達モンスターの方だろうが!」
乱しているのは私達?
「私は、モンスターと人が仲良く暮らせる世界を作る。ただそれだけの話だよ」
「そう言って、俺達の王をたぶらかし、人間を支配する気だったのだろう!お前達モンスターはいつもそうだ!知っているのだぞ、お前が九尾である事。そして、前回帝国が仕掛けてきた戦争はお前達妖狐がたぶらかしておこしたものだと!」
「違う!リラさんが引き起こしたワケじゃない!」
否定はしたものの、そう納得させられるだけの材料を持っているわけではない。そして、そう信じ込むことも変な話ではない。じゃあ、一体、私の今までしてきたことは。私がしていたことは無駄だったというのだろうか。
違う。
そんなはずはない。そう認めるわけにはいかない。
――変えるためには失うものも沢山ある。それは私の代で全て負の遺産として私が引き受ける覚悟だ。
はじめてミドウとあったときのミドウの言葉が、頭によぎる。変えるためには失うものも沢山ある……か。
私のやってきた事、そしてこれからやっていくことの答えがでるのは、まだずいぶん先のことになるだろう。確かに一歩ずつ、一歩ずつ前には進んでいる。ならば、いまできること、それは自分を信じて、ひたすらに前に進んでいくことだけだ。
龍神の剣は炎をまといながら、レインの身体を切り裂いた。崩れ落ちながら、レインは一言ぽつりと呟く。
「ここまでか……」
私は、崩れていくレインに目線を合わせ、言葉をかけた。
「あなたたちの言い分もわかる。だけど、私にも守るものは出来たし、そのために叶えなきゃいけない未来もある。だから、ごめんね。悪く思わないで」
………………………………………
日が昇ると、辺りの悲惨な状況が目の当たりになった。そこらかしこに、シャウン王国の兵士達の亡骸が転がっていた。シャウン王国軍は全滅と言っても良いほどの被害を出したのである。
「イーナちゃん!」
すっかり落ち着いた戦場を戻る私の元に、ナーシェが駆け寄ってきた。ナーシェも後方支援の仕事をしてもらっていたが、よほど心配だったのだろう。私を見つけるやいなや、私の元へと飛び込んできた。
「わたし、こんなのって初めてで……今までは、なんだかんだ違う国の話だったから!他人事のように考えていて……でも、いざ私達の国と、シャウン王国と戦いになるとなったときに……本当にこれで良かったのかと……不安で!」
ナーシェは泣き出しながら、必死に自分の心の内をさらけ出した。戦い中はアドレナリンによって一種の興奮状態であったが、いざ戦いが終わると、冷静になったのだろう。同じように、カムイの市民達も、目の前の凄惨な光景に、嗚咽するもの、涙を流すもの等、パニックを起こしかけていた。
私は彼らの心に寄り添える言葉を探すことが出来なかった。傷ついた動物を助けることは出来ても、心までは救うことが出来なかった。だが、パニックになった皆の前に、ただ1人立った男がいた。ノアである。
「皆聞いてくれ!皆の力のお陰でこの戦いを乗り越えられた。本当に感謝している。ありがとう!そして、私達王家のせいで皆を巻き込んでしまったこと、本当に申し訳なく思う」
皆の前で頭を下げ続けるノアに、皆の視線が集まる。皆が固唾をのんで、ノアの言葉に聞き入っていた。
「今この国も変わるときが来ている。偉大な先王の時代から、イーナ殿をはじめとするモンスターの皆との友好が始まった!人間も、モンスターも、我らは同じ大地で暮らす生き物である。皆で協力できる未来もすぐそばまで来ているのだ!それは、今回、皆の力で厳しい戦いを乗り越えられたことが証明している!平和な未来を実現するために、皆の力を貸してもらいたい!皆の力が必要なのだ!」
次第にぽつりぽつりと、手を叩く音がこだました。そして、何人かの市民達が声を上げたのだ。
「そうだ!俺達はレェーヴのみんなお陰でこうして生きているんだ!」
「俺達の王は!フリスディカじゃない!ここにいるんだ!」
そして一気に、拍手の音が大きくなったのだ。同時に歓声がレェーヴ原野を包んだ。
そう、私達は皆の力で乗り越えたのだ。この苦しい戦いを。そして、皆で未来に向けて歩み続けているのだ。
だからきっと大丈夫。平和な未来はもう手の届く場所まで来ているんだから。




