90話 Naissance du diable
「イーナ様、やつら本当に来るのですか?」
妖狐の1人が私に、問いかけてきた。私達の隊は、レェーヴ原野の中央へと陣取っていた。ここからなら、山を抜けて出てきた敵がすぐに確認できる。
「来るよ。それも今夜中に」
「イーナさん!俺らも戦うぞ……!」
「そうだ!これ以上王国を軍の好き勝手にはさせない!」
カムイの市民達も武器を取り、共に戦ってくれるとのことだ。そして、ノア様バンザーイと自らを鼓舞するような声が市民達の間で巻き起こった。民達の呼応に合わせるかのように、ノアは、民達の前へと立ち、高らかに叫んだ。
「私がいまここにいられるのも、レェーヴの皆のお陰である。私は、亡き父や兄の想いを受け継いで、人とモンスターが共に暮らしていける世の中を作りたい!そのために、是非皆の力を借りたい!」
ノアの言葉に呼応して、市民達が一斉に歓声を上げた。
「ノアさん、そちらは任せても大丈夫?」
私はこっそりとノアに確認を行った。すると、ノアは力強く、首を縦に振った。流石に、市民達まで統率するというのはなかなかに困難であった。私達には私達の仕事がある。そう、戦いはすでに始まっているのだ。
相手は、遠距離でも攻撃が可能な武器を持っている。真っ正面から打ち合うのでは、こちらにもダメージが大きい。ミドウが命をかけて稼いでくれた『時間』。闇の中では、銃の威力も落ちるであろう。このアドバンテージを生かすほかはない。
じゃあ、どうやって、敵をレェーヴ原野へと誘い込むかというのがテーマとなる。
その鍵となるのが、リンドヴルムとシータである。
………………………………………
「各自、持ち場につけ!」
シャウン王国軍も、闇夜に紛れ、明朝にも開始される戦いの布陣を、徐々に整え始めたところであった。先に進軍していた部隊が、次々とレェーヴ原野の端へと到着していた。平野が広がる奥の方には、灯りが沢山見えた。レェーヴ連合のモンスターや、カムイの市民達もその灯りの下にいるのだろう。
「俺達のやっている事って、正しいのかな……?」
「わからんが、そういう命令だ。仕方無かろう」
「モンスター達の国ってどんな化け物がいるんだろうな?」
「最新鋭の武器もあるし、問題は無いだろう」
兵士達は、準備をしながらも、皆迷いや不安を口にしていた。
「おい!何をグズグズしておる!しゃべってないで、早く移動しろ!」
隊長とおぼしき男が、兵達に向けて叫んだ。だが、兵士のざわつきは収まることはなかった。それどころか、次第に大きくなっていった。
「おい、お前ら!何をさっきから!」
「隊長!や、山が……燃えています!」
隊長が振り向くと、確かに、通ってきた山々が赤く炎に包まれていた。そして、どんどんと兵士達が、火から逃れるように、前へ前へと押し寄せてきたのだ。完全に、パニックを起こしかけていた。そして、次の瞬間、パニックは決定的なものとなったのだ。
叫びながら、空を飛び回るドラゴンが2体。だが闇に包まれていた世界では、声だけが響いていて姿は良く確認できなかった。時々、炎を吐く瞬間のみ、そのシルエットが夜空へと浮かび上がった。
「な、なんだあいつは……」
「ドラゴンだ!」
「前だ、前に進め!」
「焼かれるぞ!逃げろ!」
反撃しようにも、夜の闇に紛れたドラゴン相手では、いくら兵器を持っていようとも、分が悪かった。せいぜい威嚇するのが精一杯というところである。
「くっ、モンスター共め……皆、前へ進め!レェーヴ原野へと出るのだ!すぐに迎え撃つ準備をしろ!急げ!」
レインの指示で、王国軍は一気に、レェーヴ原野へ向けて進んだ。もはや、レインの頭の中には退却するという考えは微塵も存在していなかった。ここまで、コケにされて、おめおめと逃げ帰っているようでは、王に合わせる顔がない。それに、正面から打ち合うなら、兵器の揃っている王国軍の方が有利である。
レイン自身も一気にレェーヴ原野へと向けて駆けた。
あの忌々しき女狐は、この手で葬ってやる……
………………………………………
「アマツ、準備は良い?」
私とアマツは、2人で並んで、王国軍がレェーヴ原野に到着するのを待っていた。まもなくやってくるであろう、大きな戦い。それは、私にとっても、そしてアマツにとっても大きな意味のあるものであろう。
「もちろん…… 今この時より、夜叉の族長、温羅の座を引き継いで、修羅として…… 私は戦う」
アマツの六芒星の瞳はいつも以上に朱く、怪しく光っていた。思わず引き込まれてしまいそうなほどに。
アマツの瞳に呼応するかのように、目前にそびえる山々が所々赤く照らされ始めた。あらかじめ決めていた、開戦の合図である。
「じゃあ、行こうか」
「うん……奴らにモンスターの恐ろしさ、とくと味わわせてあげるよ……」




