87話 Time is Money
「やれえええええええ!あのモンスター共を打ち破るのだ!!」
すさまじい勢いで、シャウンの兵士達がこちらへと突っ込んでくる。数を数えるのも嫌になるくらい、おびただしい数であった。戦場に銃声と兵士達の声が鳴り響いていた。
「炎渦」
私達に出来る事、それは敵の進軍を出来るだけ遅らせる事である。炎により、道を閉ざされた兵士達は躊躇するように立ち止まった。
「やはり、その力で王を……そして国までも、好き勝手操りおって!」
こちらの話を聞いてくれる様子は全くなさそうである。おそらく、全てルイスや大臣の策略なのだろう。現に私達はこうして、しばらく引くことが出来ない状況を作り出されてしまったのである。
炎によって分断された戦場では、王国軍による銃弾が飛び交っていた。敵は数も多く、また強力な兵器も大量に用意しているようであった。こちらも炎による遠隔攻撃や、突っ込んできた敵を倒すことで抵抗はしていたが、このままでは埒があかない。
「あとどの位かかりそうなんだ!」
ミドウが叫ぶ。すると、味方の兵士の1人がこちらに状況を伝えた。
「避難は開始しているものの、まだ、半数も街の外に出ていません!」
「ちぃっ……これで全員退避するまで粘るというのはなかなか難しそうだな……」
ミドウの言葉通り、あれだけの大群、そして銃などの兵器を持ち合わせているとなれば、この場所で長時間粘るというのも困難であろう。それこそ、全滅してもおかしくはない。
「おい、イーナ!お前はそろそろ下がれ!銃相手だと、お前は相性が悪い!我々は多少撃たれても平気だが、お前はそうじゃないだろう!」
ミドウがこちらへ向けて叫んだ。確かに、私の力はミドウのように肉体を強化し、銃弾をも跳ね返すような神通力ではない。だけど……
「グズグズするな!ミズチ、シータ!お前らイーナを力尽くでも連れて行け!ここは、俺が引き受けた!」
「馬鹿な!いくらミドウさんでも、あの数相手では無事では……!」
ミドウの言葉を聞いたシータが叫ぶ。無茶だ。ミドウがいくら強いとは言え、1人で戦っては勝ち目もないだろう。
「そうだよミドウさん!みんなで一緒に……」
「黙れ」
私に向けられたミドウの表情はまさに修羅そのものであった。はじめて、私に向けられた修羅の顔に、私は言葉を失った。そして、ミドウはさらに声を上げた。
「いいか!イーナだけは絶対に死なせてはいけない!そして、王子と民もだ!俺は、平和な未来が実現するのを信じている!アマツや夜叉の皆が笑って、誇りを持って暮らせる社会、それこそが俺の夢だ。だからこそ、俺はイーナに託すことにした」
ミドウの言葉に、皆が黙りこんだ。私は、もはやミドウの顔が見られなかった。そこまで私を信じていてくれていると言うこと、そして、私が不甲斐ないばかりに、力が無いばかりに、彼にそこまでの覚悟を背負わせてしまったこと。嬉しさと情けなさと、何とも言えない感情が渦巻いて、顔を上げることが出来なかったのである。
「ならば、せめて俺も!」
シータがミドウに対し、声を上げた。だが、ミドウはシータにも一喝したのだ。
「駄目だ、お前も一緒に行くんだ!お前がいなくなったら飛空船の飛べないレェーヴで貴重な移動手段を失うことになるだろう。お前はイーナの右腕となって、奴を支えてやれ」
シータは、その言葉を聞くと、静かに頷いた。と言うよりも、頷くしかなったのだ。ミドウにそこまで言われてしまっては、誰も言い返せないだろう。
「おい、イーナよ!いつまで下を向いている!これが今生の別れになるわけでもあるまい。必ず生きて帰るさ!だが、もしもの事があったときのために、お前に伝えておきたいことがある!」
ミドウが無理に元気に振る舞っているのはバレバレであった。この状況で、1人残ると言うことは、つまりはそういうことである。だからこそ私には彼の言葉をしっかりと聞く必要があったのだ。視界がぼやけて、ミドウの顔すら良く見えなかったし、きっと顔も酷いことになっているのだと確信は出来たが、恥ずかしさなんて感情はもはや何処かへと消え去っていた。
「先ほども言ったが、お前なら必ず平和な世の中を実現できる!俺は信じているぞイーナ!そして、アマツや夜叉達のこと、頼んだぞ!」
そう言うと、ミドウは私達に背を向け、王国軍の方へと、一歩、また一歩と前進していった。
「ミドウさん!」
「行くぞイーナ!ミドウの想い、お前も分かっただろう」
すると、私達に背を向けて歩いていたミドウはこちらの方へ振り返ると、笑顔で右腕を振ったのだ。私は、唇をかみしめ、その光景を脳裏へと焼き付けていた。私にもっと力があれば……だが、ミドウのためにも、今は生き延びて、皆でレェーヴに帰らなければならない。
だからこそ、私はミドウに背を向けて、歩みを進めた。
………………………………………
さて、どの位時間を稼げばいいのか、見当もつかないが、まあやれば何とかなるだろう。むしろ、1人の方が、戦いやすい。なにも気にしなくて良いのだから。
「ミドウ様!我々もお供します!」
「最後までミドウ様の元にいさせてください!」
一緒にカムイの街に来ていた夜叉の2人が、王国軍と1人相対しようとしていたミドウの元へと現れた。
「お前ら、バカか?逃げれば良いものを!」
そう言うと、部下達は笑顔を浮かべながらミドウに言葉を返した。
「先ほど、ミドウ様の夢は、アマツ様や夜叉族が平和に暮らせる世の中を実現させる事と言っていましたよね!ならば我々の夢は、ミドウ様を支えること。だからこそ、我々は最後までミドウ様と共に居たいのです!」
その言葉に思わずミドウも笑顔を浮かべた。
「ならば、共に一暴れしようではないか!こんなに暴れられるのも久方ぶりだな……!お前ら絶対に死ぬなよ!共に生きてレェーヴに帰るぞ!」




