86話 護るべきもの
カムイの街においていた軍隊が殲滅された。その知らせはすぐにシャウン王国のルイスや大臣達の元へと伝わった。
「カムイの街が奴らの手によって落ちたようだ。それに、死んだと思っていた王子が生きていたらしい。そんな噂が流れてきている」
ふくやかな体をした男が、動揺の広がっている兵士の間をかき分けながら、新たな王であるルイスの元へと近づき、今まさに起きている現状をルイスへと伝えた。
王子が生きていたという言葉に、さらに兵士達の間に動揺が広がる。
「おい、本当に生きているのか……」
「奴らの流したデマでは……?」
ルイスは、不敵な笑みを浮かべ、高らかに叫んだ。
「そうだ、奴らは人間をたぶらかすモンスター!兄上の生存の噂も、奴らが流したデマに違いない!」
デマだと……?
決死の覚悟で家族と戦った王を愚弄する振る舞い、決して許せん……!
兵士の間で喧噪が続いた。すると、ルイスは自らの剣で床をたたきつけ、大きな音を広間へと響かせたのだ。喧噪に包まれた周辺の空気は一気に静寂へと変わった。
「奴らが遂に正体を現したぞ!奴らは侵略者である!父も兄も奴らにたぶらかされて、操られた!そして、此度の噂!死した我が兄をも愚弄する振る舞い。不届き者からこの国を守る為、今こそ全力で奴らをたたきつぶすときよ!」
ルイスの檄に、混乱に陥っていた兵士達は大きな声をあげる。
「やはり王の決断は間違っていなかったようだ!」
「シャウン王国を奴らの好きにさせてたまるか!」
………………………………………
「それにしても、ノア王子が生きていたとは……」
ふくよかな男は嫌らしい笑みを浮かべながら、小さな声でルイスへと語りかけた。
その言葉にルイスもまた笑みを浮かべ、口を開いた。
「問題は無い。それに、お前の推薦があったゲンズイという男、奴は十分に働いてくれた」
「して、準備の方はいかがですかな?」
「万事問題ない。作戦通り実行しろ」
………………………………………
ノア達がカムイの街に到着すると、街は一気にレェーヴ連合軍に制圧された。ノアの姿を見るやいなや、市民達は歓喜に包まれた。死んでいたと思われていた王子が生きていた。それは市民達にとって、最大級の朗報でもあった。
「王子様!よくぞご無事で!」
「新体制になってから、街が閉鎖されて、全く情報が入ってこず、心配しておりました!」
閉鎖?私はその言葉に引っかかった。それはノアも同様であったようだ。
「なぜ、閉鎖されているのだ?」
ノアの問いかけに、市民達は答えた。
「なんでも、レェーヴ連合の侵略から国を守る為に、厳戒態勢を敷くとのこと。我が町にも大量の軍人がやってきて、警戒をとっていたのです!」
「それにしても、なんで封鎖する必要があるんだ?まるで、何か隠しているような……」
その話を聞いたミドウが、呟いた。確かに、おかしい。そして、私が一番引っかかったのは、こんなにも簡単に、カムイの街を制圧できたと言うことだ。偶然にしては上手く行きすぎている……
「もしかしたら、罠なのかもしれない……」
私の呟きに、皆が真剣な顔で考えこんだ。もしも王国軍の罠だとしたら、あえて、カムイの街をこちらに制圧させたとしたら……
「カムイの街に、私達を誘い込んだ……?」
「イーナちゃん!それってまさか……」
ナーシェの驚きと共に、市民達にざわめきが走った。1人の男が叫びながら、市民の輪の中へと駆け込んできた。
「た、大変だ!大群がこの街に押し寄せてきているぞ!」
まさか、カムイの街を私達ごと攻撃するつもり……? そして一気に、民衆にパニックが生じた。
「みんな、一旦レェーヴ原野まで引くんだ!」
私は必死に叫んだ。レェーヴ原野には、万が一の時に備えて、シナツや、リンドヴルムやアマツの別働隊が待機している。彼らと合流すれば、いくら大軍といえど、問題は無いだろう。だが、カムイの街の民達はどうする?私達だけなら逃げられるかもしれない。ここで、彼らをおいていったらそれは容易であろう。だがそれをしたら、それこそ人間とモンスター達の間で埋められない溝が出来てしまう。だからこそ彼らを放置しておく訳にはいかない。
そう、私達の勝利条件は今この時に、ノア及びカムイの市民達を無事に、レェーヴまで退却させる事に変わったのだ。
「時は稼ぐ!すぐに退却準備だ!」
ミドウも必死の形相で叫ぶ。皆、この戦いの意味をすでに理解していた。私達が勝つためには、犠牲をなるべく出さずに、レェーヴまで撤退することである。一方王国軍はカムイの街の事は私達の仕業として処理するつもりであろう。そのために、わざわざ封鎖などして情報統制を謀っていたのだ。カムイの街はいわば囮であった。シャウン王国がここまで腐ってしまったとは…… だが、どう考えても、向こうの方が有利な状況である。
ノアを中心にして、市民達はすぐに退却の準備を始めた。だが、大量の市民達は兵士達とは違い、スムーズな撤退は難しい。まだしばらく時間はかかりそうである。
そうなれば……
「ミドウさん、ミズチさん、それにみんな。ノアさん達が退却する間、出来るだけ時間を稼ごう!」
すると、シータが苦笑いをしながら、こちらへ言葉を返してきた。
「時間を稼ぐと言っても、大群相手に大丈夫か……?」
「大丈夫か、大丈夫じゃないかではない。やるしかないだろう」
ミズチが戦闘準備をしながら静かに呟く。そう、やるしかないのだ。
「各自、住民の退却が終わるまで、王国軍を食い止める事!そして、みんな無事にレェーヴへと戻ること!頼んだよ!」




