82話 災いはいつも突然にやってくる
「おい、イーナ大変だ!」
未だ少し薄暗い早朝、突然にその知らせは飛び込んできたのである。ミドウのいつも以上に緊迫した声は異常事態の到来を物語っていた。昨日は死んだように眠りに落ちてしまい、まだ少し寝ぼけていた私は、部屋を出て、声のした玄関の方へと駆けていった。
「こんな朝早くからどうしたの?」
そう言ってミドウの元を訪れたが、ミドウの様子を見て、私は一気に目が覚めた。いつも茶目っ気に溢れていたミドウは、その時ばかりは修羅かと思うような近寄りがたいオーラを出していた。
「王が死んだ」
私はミドウの言っていることを最初理解が出来なかった。王ってなんだ?としばらく考えた後に、ミドウの言っていた言葉が私の中で飲み込まれていった。まさか、冗談を言っているようにはとても思えなかった。
「王って、シャウンの王様?」
「そうだ、宮殿が夜襲に遭ったそうだ!噂によると、首謀は王の息子らしい」
「王の息子?夜襲?どういうこと?」
駄目だ、全然頭が回っていない。ちょっと落ち着いて整理する必要がある。必死で考えをまとめようとしていると、ミドウは再び話を続けた。
「イーナ、緊急に会議を開く、準備をしてくれ。俺はこのまま他の皆に声をかけてくる」
そう言い残し、ミドウは私の元を去って行ったのだ。すると、騒ぎを聞きつけた、ルカやナーシェ、そしてリンドヴルムが、私の元へとやってきた。
「イーナちゃん、今の話……」
ナーシェが不安げな様子で口を開いた。ルカも、言葉には出さないが、表情は不安に包まれていた。ルカ自身も王様のことはよく知っている。だからこそショックを隠せないのだろう。皆の間に沈黙が流れる。
「おい、イーナ!俺も何かあれば手伝うぞ!困ったときは頼ってくれ!」
リンドヴルムはすっかり重くなってしまった空気を振り払うかのように、言葉を発した。その気持ちが私にはとても嬉しかった。
「ありがとう!頼りにしてるよ!」
そう言うと、リンドヴルムは嬉しそうな表情を浮かべていた。私の結論を伝えるのは後にしよう、今は、もっと早急にやるべき事が出来てしまった。
しばらくの後に緊急の会議が始まった。ミドウは、ミズチやシナツにも声をかけてくれたようだ。私含め、数人のレェーヴ連合の幹部達が集まった。最初に口を開いたのはミドウである。
「こんな早朝に申し訳ない。先ほども伝えたとおり、シャウンの国王が暗殺されたとの情報が入った。未だ、詳しい動向は調査中だが、王は俺達の良き理解者でもあった。シャウン国内でも、俺達の建国に反対していた勢力が居る。王の第3子や、大臣の一部などがそうだ。今回の首謀はその派閥らしい」
ミドウの言葉に、皆の表情が一気に凍り付いた。しばらく沈黙が続いた後に、ミズチが静かに口を開いた。
「つまり、俺達が国を作ったことに、面白くない連中がクーデターを起こしたと言うことか?」
ミズチの言葉にミドウがゆっくりと言葉を発した。
「まだ、情報が少ないため、何とも言えないが、その可能性は高いだろう」
私が国を作ると決めたせいで、王が死んだ。人とモンスターが平和に暮らせる世の中を作りたい。その一心で前に進んで来たつもりではあった。だが、もしかしたら、私のしてきたことは無駄だったどころか、事態を悪化させてしまったのかもしれない。そう考えると、無力感に包まれて言ってしまった。
「私のしてきたことは間違ってたのかな……」
私の言葉に、ミドウは私を諫めるように、言葉を発した。
「間違っていたかそうじゃないかは、今分かることじゃない。ただ、一つだけ言えることは、俺達の国が出来たという事実は確実に世界を動かしているということだ。ある意味では、俺達はその岐路に立っているんだ」
「そうだね、ごめん。今は弱音を吐いている時じゃないね!私達のことを面白く思っていない人達が起こした事件となれば、その矛先は私達に向かってくる可能性は高い。ある程度、有事に備える必要はあるだろうね」
私が言葉を告げると、皆は深く頷いた。起こってしまったことは仕方無い。悲しんだり、落ち込んでいる暇は無いのだ。今は目の前の事にしっかりと向き合うしか無い。
「引き続き、情報は俺が集めておく、また何か分かったらすぐに伝える」
そして、すぐに続報は入った。昼過ぎのことである。ミドウと共に、傷をおった兵士達が数人私の元へとやってきた。兵士達の中心にいる若者は何処か先代のシャウン王と似たような雰囲気を醸し出していたが、すっかりぼろぼろになった身なりは、王とは似ても似つかなかった。そして、若者は私を見るやいなや、地べたに這いつくばりながら、無念の表情を浮かべながら叫んだ。
「イーナ殿!恥を忍んでお願いしたい!私は、シャウン国第2王子ノア・アレクサンドリアと申します。私達の身柄、どうかあなたたちの国で保護してはもらえないでしょうか」
あまりの必死のノアの姿に、私も聞いていた話が現実に起こったものだと自覚した。そして、私はノアにシャウン王国で起こった事実、その夜何があったかを確かめた。
まず、王には3人の息子が居たらしい。長男であり、次期の王と期待されていたウィリアム。そして、ノア。彼らは王と同じように、モンスターと共存できる世界の実現を夢見ていた。だが、三男のルイスはそうではなかった。私達と仲良くしていることを疎んでいた軍部の人間と共謀し、謀反を起こした。人間による、人間のための国家を作るために。
王と、長男のウィリアムは、ノアに私達の国に亡命しろと伝え、ノアを逃がすために犠牲となった。元々、帝国との戦争により、議会が機能していなかったこともあり、軍部を中心とする反乱軍による国内の制圧まで時間はかからなかったそうだ。
そして、彼らは連邦からの脱退を表明した。彼らに続いていくつかの国も連邦を脱退することを決めたとのことだ。命からがら逃げてきたノアはそれ以上の事は分からないらしい。
「軍部による反乱、連邦からの脱退、もしノアさんが言っている事が事実なら、いずれ、王国はこの国にも攻めてくるかもしれないと言うこと……」
私はノアの話を聞き、、1人呟きながら現状を整理していた。ノアをかくまうとなれば、確実にその矛先は私達の国へと向いてくるだろう。
「まともにシャウン王国とやり合うとなれば、被害は相当なものになるだろうな……」
ミドウが静かに呟く。文明も進んでおり、大国となれば、私達の国も壊滅的な被害を被ってもおかしくはない。すると、ノアが必死の様子で叫んだ。
「私達はあなた方と共生する未来を描いていて、それが目の前、手でつかめるところまで来ていたのです。ですが、その希望は図らずも我々の手からこぼれ落ちていった。今の私は、もはや落ちぶれた身、あなた方に頼るしかないのです!どうか、我々に力を貸しては頂けませんでしょうか。このノア、一生をかけて、あなた方のご恩に報いるつもりです。どうか!」
私はミドウの方をちらっと見た。そして、一緒に居たミズチやシナツにも目を向けた。皆、力強いまなざしを私の方に送ってくれていた。考えていることは一緒であろう。つかみかけていた平和な世の中。このままみすみすと手からこぼれ落ちていくのを見過ごすつもりはない。
「我々レェーヴ連合は、先代の王に、大変お世話になりました。ならばそのご恩を返す時は今。四神の名にかけて、平和を取り戻すことを約束しましょう」




