81話 お悩み相談は美少女へ
「イーナ様、なんだか今日は疲れてるね。何かあったの?」
ルカが私の体調を気遣う言葉をかけてくれた。
「大丈夫、ちょっと考え事で寝られなかっただけだから」
考え事というのは、リンドヴルムとの結婚のことについてである。寝ようとして目を瞑るも、リンドヴルムの顔が頭から離れなかった。気付けば、外はもうすでに明るくなっていたのだ。
「イーナ様、最近特に忙しいから……ちゃんと休んでね!」
「そうですよ!休息は大事です!」
ルカだけでなく、ナーシェにも心配をかけてしまったようだ。そして、渦中の人が私の目の前へと現れた。
「おい、どうしたんだそのくま」
リンドヴルムの顔を見ると、昨日のサクヤとの会話がフラッシュバックしてきた。私の頭の中には結婚の2文字がぐるぐると回っていた。
「ごめん、やっぱりちょっと体調悪いから今日は休んでても大丈夫?何かあったら、すぐに来るから……」
全く集中が出来ていない。こんな中で診療なんて出来るはずがない。
「もちろんです、最近ずっとイーナちゃんも働きづめですから……せっかくなのでリフレッシュしてきたらどうですか!」
ナーシェが私に提案をしてくれた。すると、その提案を聞いたリンドヴルムが、無邪気に笑顔を浮かべながら、私に話しかけてきた。
「ならば!どうだ!今日はイーナと一緒に出かけるというのは!」
「リンドヴルム、申し訳ないけど、今日は1人でも良いかな?」
そう言うと、リンドブルムは残念そうな表情を浮かべ、渋々と承諾してくれた。本当に申し訳ない気持ちで一杯だったが、正直、今日はリンドヴルムとだけは一緒に居たくないと言うのが本音であった。
「じゃあ、イーナちゃん、後のことは私達に任せてください!リンドヴルムさんの事も任せてくださいね!」
………………………………………
病院の事をナーシェ達に任せ、私は特に何をするというわけでもなかったが、リラの街へと繰り出した。
――おい、イーナよ、そんなに悩んでいてどうする?こういうのは直感で決めれば良いのじゃ
「それはそうなんだろうけど、こんなこと今まで考えたこともなかったし……」
年齢から言っても、私は全然結婚していてもおかしくはない。むしろ適齢期ではある。べつに結婚にネガティヴなイメージは持っていないし、全然そこに関しては抵抗はない。
だが、あのときは立場が違う。そして、対象も違う。まさか、男との結婚を考えるようになるとは、昔の私は想像だにしていなかっただろう。
「あ、イーナ~~!」
そんな事を考えながら街を歩いていると、アマツが私を見つけて声をかけてきた。そのままアマツは私の方へと近づいてきて、話を続けた。
「なんか、顔色悪いね~~悩み事~~?」
会ってすぐに、アマツにも心配をされてしまった。
「ちょっとね……アマツこの後時間あったりしない?」
思わず、誰かに吐き出してしまいたい気持ちが大きくなり、無意識のうちに、アマツを誘ってしまった。すると、アマツは私の提案に首を縦に振ってくれたのだ。
「いいよ~~イーナからのお悩み相談なんて珍しいね~~」
そして、私達は昼間から、リラの街にある酒場へと向かったのである。特に飲むとか言うつもりもなかったが、他にこう、ゆっくり話が出来るような施設がこの街にはあんまりなかった。酒場は昼間から賑わっていたが、むしろ少し騒がしいくらいの方が私にはちょうど良かった。
「アマツ、リンドヴルムの事は知ってる?」
そう言うと、その時点でアマツは全てを察したかのような笑顔を浮かべ、私の問に首を縦に振った。
「知ってるよ~~なるほどね~~恋の病ですか~~」
「違うよ!」
アマツの言葉に条件反射のように返してしまった。なんとか冷静になろうと、息をゆっくり吸って、再び話を続けた。
「まあ、急に言われたから、びっくりしてしまったって言うのはあるけど、色々考えていたら、べつにそれも悪くないんじゃないかと言うのと、そうじゃない気持ちがせめぎ合っていて……しかも、目を瞑っても、リンドヴルムの顔が頭を離れなくなってしまって、もう……はぁ……」
アマツは一瞬何かを言いかけたが、ためらうように、口を閉じると、少し考えた後に、私に向けて言葉をかけてくれた。
「私も恋愛とか結婚とかよくわからないけど~~イーナがしたいようにすればいいんじゃないかな~~条件とか、みんなのためとか、そういうのを考えないで、イーナ自身はどう思ってるの~~?」
「私は……」
どうなんだろう。何度も言っているように、別にリンドヴルムの事は嫌いではない。ただ出会ってからまだ間もないのでよくわからないというのもある。それに、私自身、自分の気持ちを整理するために、もう少し時間が欲しい。そんな事を考えていたが、思わず口から漏れ出てしまっていたらしい。話を聞いたアマツが、私に向けて、再び言葉をかけてくれた。
「ならそれをそのままリンドヴルムに伝えてみれば良いんじゃないかな~~もっと時間が必要だって~~それはそれで一つの答えなんだし~~」
「そうだね……別に慌てて今考えても仕方無いよね!」
やっと少しだけ、気持ちの整理がついたような気がした。そうだ。今は決断は出来ない。それも答えである。それを聞いてリンドヴルムがどうするかは彼の自由である。彼もきっと分かってくれるであろう。
「それにしても、イーナもずいぶん可愛いところがあるんだね~~おとめちっく~~」
――九尾になってから、イーナも変わってしまったからのう
アマツとサクヤに、なにも言い返す言葉がなかった。だが、気持ちの整理がついた今、私の心は先ほどまでよりもずいぶん軽くなっていた。
明日、リンドヴルムに伝えよう。私の今の結論を。
私はアマツにお礼を告げ、自分の部屋へと帰った。すっかり眠気も限界に近づいていた。そのままベッドに飛び込み、私は死んだように、眠ったのである。




