77話 黒竜リンドヴルム
突然のドラゴンの来訪。そして、ドラゴンからのプロポーズ。次々と起こる予想外の出来事に、私の頭の中はすっかり混乱していた。
唖然としていたのは、私だけではない。一緒に居たルカも、ナーシェも、シータも、そしてミズチも同様である。
すると、ナーシェが臆することなく、目の前のドラゴンに向かって叫んだ。
「いきなり現れてなんなんですか!?イーナちゃんを妻って!ご挨拶も無しに!」
便乗するようにルカも叫ぶ。
「そうだよ!イーナ様は私達のものなんだから!」
何か引っかかる言い方であるが、まあこの際どうでもいい。私の頭の中では、妻という言葉がぐるぐると回っていた。妻って、あの、みんなが想像するような妻でいいんだよね?
「……いやいや、リンドヴルムさん……だっけ? 妻って……本気?」
「そうだ!黒竜王の妻たるもの、やはりそれにふさわしいものでなければならん。お前は選ばれたのだ!光栄に思うが良い!」
「そう思ってくれたのはありがたいけど、今はやらなきゃいけないことが沢山あるから、妻になる事は出来ないよ。そもそも、私元々人間だし……男だし……」
「何を言っておる?男?どう見ても女の姿をしているではないか?それに人間?お前は九尾だろうが」
私の言葉に、黒竜は不思議そうな様子で問いかけてきた。それはそうであろう。元々人間だ、男だなんて話、事情を説明しなければ、分かるはずもないことだ。
どちらにしても、事情を説明して理解してもらえれば、この黒竜の一件も収まるはずである。逆上して襲いかかってくる可能性も十分に考えられたが、この場をおさめるのには、そうするしかない。
「元々は……」
私はここまでのいきさつを黒竜に説明した。私は元々獣医師であり、突然この世界に来たこと、そしてサクヤの憑依の力でこの姿になったこと。
私の話を真剣に聞いていた黒竜は、私が話し終えると不思議そうな表情を浮かべ、私に再び問いかけてきた。
「お前が、元々人間で、女ではなかったことは分かった。だが、今のお前は、九尾であり、女そのものだろう。それに、お前の話の通りなら、お前はもう九尾として生きていくことを決めたのだろう。一体何の問題があるというのだ?」
「問題大ありです!なんでイーナちゃんが突然あなたと結婚するんですか!?物事には順序ってものがあるんですよ!それに、今イーナちゃんは忙しいんです!」
再び、私達の会話にナーシェが乱入してきた。正直、私はその話に言葉が詰まってしまっていた。あまり考えてこなかったが、確かにあのとき、私はイーナとして生きていくことを決めたのである。それはつまり、人間としての私を捨てる決断をしたということだ。確かに、それを言い訳にするのは間違っているのかもしれない……
――サクヤ……
――あやつの言っているように、今の九尾はそちなのじゃ。そちの好きなように選ぶがよい。わらわはそちの選択についていくだけじゃの
サクヤに問いかけたが、サクヤは突き放すかのように私に話を返してきた。私の好きなようにか……
――好きなようにってなんなんだろうか。
私はすっかり考え混んでしまっていた。すると、ナーシェやルカが乱入してきたことで混沌に包まれた会話を終わらせるように、黒竜は私に向けて口を開いた。
「まあよい、しばらく俺はこの街に滞在させてもらうぞ!ゆっくり考えて答えを出すがいいさ。俺はお前の過去なんぞ興味は無い。今のお前に興味が湧いたから来た。ただそれだけだ!」
「滞在って……!?何でもかんでも急に決めて……!」
「もう良いよ、ナーシェ」
私がそう言うと、ナーシェははっとした表情を浮かべ、こちらを見た。ナーシェだけではない。皆がこちらに注目し、視線を送ってきた。シータが私の様子をうかがうように口を開いた。
「おい、イーナ……?」
「リンドヴルムさん。私達の国はモンスター達の国です。あなたがこの国に滞在したいというのなら、私達も歓迎します、ただ……先ほどの話、答えまでに少し時間をください」
「おお!嬉しいぞ!だが、リンドヴルムさんだなんて畏まった言い方はくすぐったいからやめてくれ!リンドヴルムと呼ぶが良い!名前を呼び捨てにした方が、仲も深まるってものよ!」
リンドヴルムは嬉しそうな様子で、空に向かって大きな火を噴いた。いや、流石に街中で火を噴かれてはパニックになる。このまま放置しておく訳にはいかない。黒竜だろうがなんだろうが、この国に居る以上、最低限のルールは守ってもらう必要がある。
「あ、あの……リンドヴルム……その、火を出すのは……やめれたりしない……?」
「おお、すまんな!こんなにわくわくするのは久々だからな!どれ……」
そういうと、リンドヴルムは若い男の姿、人間の姿へと変わった。みんながその姿を見て、再び言葉を失った。先ほどまでのドラゴンの面影はすっかりと消えていたからである。むしろ爽やかな好青年というような見た目である。
「え……?リンドブルムさんって、こんなイケメンさんだったのですか……全然イメージと違いました……」
リンドヴルムの姿を見たナーシェが唖然とした様子で呟いた。そして、再びぽつりと小さな声で口を開いたのである
「ま……まあ……これなら、イーナちゃんに……ふさわしい……のかもしれません……」
「い、いや、おかしいでしょ!」
ナーシェに向かって叫ぶ。ずっと、私達の会話の様子を眺めていたシータとミズチはすっかりあきれてしまっていた。まあ、これが正常な反応なのだろう。そして、ルカは私に近づいてきて、こちらを気遣うような様子で言葉をかけてくれた。
「ねえ、イーナ様!ルカはイーナ様には好きなように生きて欲しいな!今までイーナ様が頑張ってくれたおかげで今があるから!いつまでもイーナ様だけに頼ってばかりじゃ駄目だもんね!」
「ありがとうルカ!大丈夫だよ!」
少しだけ私というものを見つめ直すのも良いのかもしれない。思えば、こうしてゆっくりと自分と向き合う時間なんて無かったし。そもそも結婚する気はまったくないが、待ってくれるというのだから、ゆっくり考えてみるのもいいだろう。
「ところでイーナよ!滞在中行く当てもないのだが、お前の所に泊まっても大丈夫か!」
突然にリンドヴルムは私に向かって言ってきた。まあ良いけど……どうせ病院だし……そう言おうとしたが、私が言葉を返す間もなく、ナーシェが言葉を挟んできた。
「駄目に決まってるじゃないですか!何をふざけたことを言っているのですか!」
「何故駄目なのだ?」
「だって、リンドヴルムさんとイーナちゃんが2人で一緒に寝るなんて……!」
「おい、イーナ。一緒に寝るのは流石に早いんじゃないのか?」
ニヤニヤした様子で、シータが口を挟んできた。その言葉にさらにナーシェがヒートアップする。私はナーシェをなだめつつ、リンドヴルムに向かって返事をした。
「大丈夫だよ!病院に滞在してもらうことになるけど……それでも大丈夫?」
「大丈夫だ!寝床はどこでもいい。ではイーナよ!よろしく頼むぞ!」
こうして、私達の国にリンドヴルムが滞在することが決まったのである。




