73話 修羅の鉄槌
数では完全に勝っていたものの、抵抗軍・モンスター連合の前に、教会軍は次々と敗走を繰り返していった。
決着はすでについていたのである。
「何故だ……!何故あんな街一つに我ら魔法騎士団が敗北するというのだ……!」
アレナ聖教会大司教である、ムーン大司教は怒り狂っていた。次々と耳に入る劣勢の知らせ。正直慢心がなかったといえば嘘ではない。だが一国が一つの街に敗れる事になるとは夢にも思っていなかった。大司教自身も敗北が決定づけられつつあることを理解はしていたが、聖教会を背負う者として、そして1人の魔法使いとして、認めるわけにはいかなかったのだ。
その怒りは戦況を決定づけたもの達へと向けるしかなかった。
謎の援軍。そして、狒々の裏切り。一体誰が、奴らをそそのかしたというのか。そいつが憎い。憎い。
「報告です!狒々たちを率いているのは、女!聖都シュルプでの件の女との情報です!」
部下の報告にムーン大司教の怒りは頂点に達した。使徒だか女だか知らないが、ここまでコケにされて、黙って負けを認める訳にはいかない。こうなれば、勝てないまでも、せめて女だけはこの手で葬ってやる。ムーン大司教は武器を持つと、本陣を出て、1人戦場の方向へと向かおうとしたのだ。
「ムーン大司教様!」
部下の静止を振り払って、ムーン大司教は戦場へと歩みを進めた。九尾への復讐。それだけが、大司教の頭の中を支配していた。
「絶対にこの手で始末してやる……」
………………………………………
私の配下へと加わった狒々たちは、戦場でめざましい活躍を見せていた。正直、猩々との戦いは結構ぎりぎりの戦いであった。そして、狒々が抵抗軍への参加を決めた事により、傍目に見ても、勝ちはもう明白であった。あとは、いつ教会軍が負けを認めるかということだけである。
ここで、私の頭の中に、ふと猩々との会話が蘇ってきた。猩々に狒々たちを託されたものの、こんなにも多くの狒々たちをどうするべきか……まさか、一緒にフリスディカに連れて帰るという訳にもいかないだろう。
――イーナよまだ終わったわけではないのじゃぞ
――そうだね。まだ戦いは終わっていない……終わってから考えよう
――油断をするなよ。何か近づいてきているぞ
すると私達の目の前で戦っている狒々たちの奥で、いきなり閃光が走った。味方軍の動揺の声が聞こえる。慌てて、光った方向へと足を進めると、そこには、荘厳なローブに包まれた1人の年老いた男が立っていた。男は私のほうを見るやいなや、こちらに向けて突然に炎の魔法を放ってきた。
私は慌てて、男が飛ばしてきた火の玉に、魔法を当てて相殺した。ぶつかり合った魔法は、私と男との間で大きな爆発を起こす。男は私を見続けたまま、動かない。
「貴様……貴様だけは絶対に許さん……!」
男は、そう呟くと、再びこちらに向けて魔法を飛ばそうと構えた。こちらも向こうの攻撃に合わせて身構えようとすると、私の隣に、ずっと戦いを静観していたミドウが並んできた。
「イーナよ、すまないがおぬしだけに見せ場を与えるというわけにはいかんのだ。おそらく、あいつはアレナ聖教会のトップ、ムーン大司教。これは、我らの部下の弔い合戦でもあるのだ」
大司教が、こちらに向けて、魔法を放ってきた。ミドウは私にそう言うと、こちらに笑みを浮かべながら、私の前へと立ちはだかった。
「ミドウさん!」
大司教の魔法がミドウに直撃した。目の前で大きな爆発が起こると同時に、視界が煙で遮られる。果たして、ミドウは無事なんだろうか。
少し経って、視界が晴れてくると、ミドウが目の前で仁王立ちしているのが見えた。腕を身体の前でがっちりと組んで、ミドウは相手の魔法を正面から受け止めたのである。ミドウが正面に経っている男をにらみつけると、男はヒィ!と恐怖に支配されたような表情を浮かべ、たじろいだのだ。
「これで終わりか?」
ミドウは笑みを浮かべながら大司教の男を見つめ続ける。思えばミドウの戦いを目の前で見るというのは初めてかもしれない。それにしても肉体強化の力は恐ろしい。大司教がなんとか抵抗しようと、魔法をミドウに向けて放ち続けるも、ミドウは全くの無傷であった。
「ば……化け物……!」
ミドウはじわじわと大司教に近づき、気がつけば大司教の目前にまでさしかかっていた。すっかり腰を抜かしてしまったムーン大司教を見下ろして、ミドウはゆっくりと口を開いた。
「俺の部下に手を出したこと、そして、同盟の仲間を傷つけたこと、死んで後悔するが良い」
そう言うと、ミドウは腰を抜かした大司教に対し、思いっきり拳を振り下ろした。
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「さて、お前達の総大将は討ち取った!まだ戦いを続ける者はいるか!」
ミドウの叫びに、教会軍は一斉に武器を足元に放棄し、崩れ落ちていった。いまここに戦いは終了したのである。




