71話 猩々
「なんだ、あいつらは!?」
四神の援軍に、教会軍は混乱に包まれた。教会軍にとって、援軍は想定外の出来事だったのだ。
「今が好機です!一気に攻めなさい!」
ロードの指示に、抵抗軍が一気に攻めに転じた。だが、その進路には一匹の狒々が立ちはだかったのである。その狒々は、他の狒々たちに比べ、体格は明らかに大きく、異才を放っていた。そして、勢いを増す味方軍に対し、威嚇するように大声で叫んだ。
「我は狒々の王、猩々である!狒々の王としてここは決して通さぬ。我と一騎打ちをするものはおらぬか!」
「馬鹿め!何故、お前と一騎打ちなどせねばならんのだ!皆!行くぞ!」
味方軍は目の前に立ちはだかった猩々に向けて、一気に押し寄せていった。しかし、猩々の前では数は無意味であったのだ。猩々の一振りで、群がった味方軍は一掃された。
「な……あんな化け物どうやって倒すってんだ……!」
その光景を見た味方軍の足が止まる。さらに猩々は、こちらに向けて叫ぶ。
「もう一度言う!ここを通りたくば、我と一騎打ちを打ち破れ!それとも、おぬしら、ふぬけしかおらんのか?」
味方軍は猩々の言葉に皆、黙りこんでしまった。ここで空気を変えられるのはまずい。
「私がやるよ」
こんな場所で、足止めされるわけにはいかない。猩々や狒々たちに恨みはないが、ここは負けるわけにはいかないのだ。
「ほう、面白い。女、名はなんと申す?」
猩々はこれから始まる戦いを楽しみに待ちわびるかのように、笑みを浮かべながらこちらに問いかけてきた。
「イーナ。妖狐の長、九尾だよ」
私の返答に、猩々は高らかに笑いながら大声を発した。
「九尾……四神だと。こんな所で戦えるとは夢にも思わなかったぞ。血湧き肉躍るとはまさにこのことよ!おい、おぬしら!この一騎打ち、手を出すなよ!手を出した者は即、死が待っていると思え!」
猩々の叫びは周囲に一気に響き渡った。配下の狒々たちだけでなく、味方軍も敵軍もその場にいた者が皆、その威圧感に気圧されたのだ。
「おいイーナ、一騎打ちで大丈夫なのか?」
シナツがこちらを心配するかのように語りかけてきた。確かに、みんなで立ち向かえば、容易に突破できるかも知れない。だが、相手の誇り、それを無下にするのは、私のプライドが許さなかった。何より四神九尾として、その選択肢は選べなかったのだ。
「大丈夫。絶対勝つから。それに気になることもあるし、シナツ達は周りに気を配っていて!」
私はシナツにそう言い残し、猩々の前に歩みを進めた。近づけば近づくほど、猩々の内に秘められたすさまじい力が伝わってくる。その迫力に、思わず息を呑んでしまった。
「さて、楽しもうではないか九尾よ」
そう言うと、猩々は手に持っていた大木を振りかざした。一体どの位の重さがあるのだろうか。そんな武器を軽々と振り回すという猩々の力。少なくとも、まともに食らったら骨の一本や二本くらい簡単に折れてしまうだろう。
私もゆっくりと龍神の剣を構え、炎をともした。そして、深く深く息を吸い込む。ミズチの言葉を思い出しながら、ゆっくりと、ゆっくりと。集中。
「行くぞ!」
そう言うと、猩々は手に持つ大木を振りかざしながら、こちらへと向かってきた。大きな見た目に似合わず、その動きは俊敏であった。私は猩々の攻撃をすんでの所でかわし、距離を取る。
――あの武器がなかなかやっかいじゃの……
「炎渦」
私は猩々のほうに手を向け、炎を飛ばした。その炎は真っ直ぐに猩々の手にある、大木に向けて飛んでいった。だが武器に触れた途端に、炎はすぐに、消えてしまったのだ。
「残念だったな。この猩々の武器がそう簡単に焼き尽くせると思ったか!」
なにやら加工がしてあるのか、はたまた燃えにくい素材で出来ているのか、それは分からなかったが、こうなれば仕方が無い。より早く、相手に一撃を入れる他はない。
間髪を入れずに、猩々の重い一撃が再び飛んできた。かわすか、防ぐか……。いや……!いなす!
猩々の攻撃の勢いを利用して、相手の攻撃を受け流す。ミズチとの修行は、さらに私の神通力の力をも上げてくれたようである。猩々の動きは完全に見えていた。
「いくら重い攻撃でも、当たらなければ意味が無いよ」
私も笑みを浮かべながら、猩々に向け言い放った。一歩間違えれば、死ぬかも知れない。だが私の心も踊っていた。猩々との戦いを楽しんでいる自分がいたのだ。
「ふっ……ならばこれはどうかな!」
猩々の攻撃はさらに勢いを増した。重くて早い一撃の連続。間違えてはいけない。相手の勢いを利用しながら、ぎりぎりでかわしていく。
「すげえ……」
「次元が違う……なんて戦いだ……」
2人の戦いを見守る味方軍、そして敵軍からも声が上がる。皆が固唾を呑んで戦いの行く先を見守っていた。邪魔をしようと考える者は誰1人としていなかった。
ここだ……!
猩々の攻撃に一瞬の隙が生じた。その隙めがけて、龍神の剣を伸ばす。だが、少し猩々にかすったものの、ダメージを負わせるまでの攻撃にはならなかった。私のカウンター攻撃に、猩々は距離を取り、笑みを浮かべながら再び叫んだ。
「面白い、面白いぞ!九尾よ!おぬしを倒し、4神の座、この猩々がもらい受ける!」




