58話 良いものって言われたら大抵碌なものじゃない
「お嬢ちゃん、良いものはいってるよ。安くしとくよ!」
怪しげなおばさんが声をかけてきた。もう何度話しかけられたのか分からない。無視していると、おばさんはちっ!と舌打ちをしながら、また次の通行人へと愛想を振りまいていた。
「イーナ様。良いものってなんだろう?」
ルカが興味ありげに聞いてくる。
「大体、碌なものじゃないよ」
こんなとこでコソコソと売っている物なんて、大体は違法品や薬などである。どちらにしても、ろくでもないものだ。こういうのは無視するに限る。
フリーフェイスの面々と別れた後、私達は聖都シュルプの街を歩いていた。フリーフェイスの本部は聖都シュルプの中でも特に治安が悪いとされる9番地区にあるらしい。路上で飲んだくれるもの、喧嘩をしているもの、ただひたすらに路肩で寝ているもの、盗品だろうか怪しいものを販売しているもの、様々な人が居たが、皆何かを諦めているような表情を浮かべていた。
そしてこの街に似つかわしくない格好をして、歩いている私達をじろじろと眺めてくる。まさに向こうからしたら私達こそが不審者なのであろう。
ただこの街にもいいところはある。流れ着いたものの地とされるこの9番地区は身元の不明なものも大量に住んでいる。つまり、フリーフェイスのような目をつけられやすい組織にとっては、身を隠しやすいという利点もあるのだ。
「それにしても恐ろしい街ですね……」
ナーシェが落ち着かない様子で口を開いた。先ほどから突き刺さる視線が不快なのであろう。態度からも早くこの街を出たいというのがひしひしと伝わってくる。
「ところでイーナ、この後はどうするんだ?」
夜叉の消息については今のところ何も情報がない。まずは情報を集めること、他人任せといってはなんだが、この街で情報を集めながら、ロードの報告を待つと言うのが最善であろう。
「そうだなあ……むやみやたらに歩き回るのもアレだし……とりあえず、しばらくこの街に滞在するのが良いかなとは思ったけど……」
「えっ……この街に滞在するんですか……?」
ナーシェは少し戸惑いながら、返事をした。滞在したくないと言う気持ちはよくわかる……そんな事を考えていると、アマツが私のフォローをしてくれた。
「こういう街の方が情報は集まりやすいんだよ~~」
「それは分かってますけど……もうちょっと……」
戦いを全くしないナーシェにとっては不安もあるだろう。私達は最悪襲われても大丈夫だろうけど、ナーシェは、こと戦いに関しては素人も同然である。
「ふん、嫌なら帰ってもいいんだぞ……」
ルートが冷たく言い放つ。こいつはもうちょっと気遣いを覚えた方が良い。
「あーもう!分かりました!いいです!その代わりルート君!責任を持って絶対私を守ってくださいね!約束ですからね!」
半ばやけになったナーシェの勢いに、ルートはたじろいでいた。そして次の瞬間、ナーシェは思いっきりルートの腕にくっついたのだ。ルートの顔が一気に赤くなっていくのが丸わかりであった。
「じゃあナーシェの担当はルートと言うことで~~」
アマツが笑いながら冗談を飛ばす。そんなこんなで、しばらくは聖都シュルプに滞在することになったのだ。
この街に滞在する事を決めた今、まず一番にする事は宿の確保である。流石に9番地区は嫌だと言うナーシェの意見で、隣の5番地区へと移動することにした。
ロードから聞いたが、聖都シュルプは9つの地区に分かれているらしい。
崖の上にそびえる大聖堂を中心に、裕福な魔法使いの家々が並ぶ1番地区から4番地区。この地域に入るには、門番のいるゲートを通り抜ける必要があり、おいそれと一般人が入れるような場所ではないらしい。そして、崖の上と下を繋ぐ街の入り口でもある5番地区。崖下に広がるスラム、6番地区から9番地区。大きく分けるとこんな感じである。街の入り口である5番地区は、宿や商店が建ち並ぶ、聖都シュルプの中でも活気のある地区であった。
5番地区の一角にある宿。私達はそこにしばらく滞在することにした。部屋の中も、綺麗に整っており、十分すぎるほどに快適そうである。2人部屋らしく、私とルカ、ナーシェとアマツ、シータとルートとテオでそれぞれ部屋を分ける事にした。
調査についても、何組かに分かれて調査をした方が効率が良いとのことで、部屋分けのメンバーで地区を分ける事にした。
まずは5番地区での調査。聖都シュルプの玄関口であるため、人の往来も多い。とすれば、一番情報が入りやすい場所でもあるだろう。ここはナーシェとアマツが担当である。
そして、9番地区。フリーフェイスからの情報だけではなく、寄せ集めのようなこの地区には、情報屋と呼ばれる集団がいるとのことだ。この地区は危険でもあるため、私達で調査を行う。
後は、残りの6から8番地区。この地区はシータ達3人に手分けしてもらう。
方針も決まったし、明日からは本格的な調査が始まる。情報屋と呼ばれる人達、そのもの達ならきっと何か有益な情報を得られるだろう少しの期待と、不安を抱えながら、私は聖都シュルプでの夜を過ごした。




