55話 牛飼いの少年は都に夢を見る
「うーん……朝?」
何時まで宴は続いていたのだろうか。飲み過ぎた影響か、まだ意識がぼうっとする。
飛空船の中で目覚めた私は、酔い冷ましがてら、外の空気を吸いに行くことにした。まだみんな寝静まっている明朝の事である。
――昨日は皆ずいぶん飲んでいたな
あまり記憶がないが、シータが暴走したことはよく覚えている。珍しく酔ったシータは、手がつけられなかった。前回一緒に旅に行けなかったことがよほど寂しかったのだろうか、さらにそこにルートまで参戦してきたからもうしっちゃかめっちゃかだ。
久しぶりの旅だからね。みんなはしゃぐのも無理はないよ
――そうじゃな。そちやシータが酔いつぶれるのを初めて見たわい。
まだ、明るくなったばかりの空を眺めながら深呼吸をする。空気が美味しい。学生時代、牧場で実習をしたときの記憶が蘇ってくる。朝早くから実習というのはなかなか大変だったが、今となっては良い思い出だ。
「そういえば、牛達は元気かな……」
散歩がてら、昨日治療した牛達の様子を見に行くことにした。村もまだすっかり寝静まっている。
牛はすっかり元気になったようだ。牛の身体にゆっくりと触れ、声をかける。
「元気そうだねーーもう大丈夫だね!」
――イーナよ、そちは牛とも話せるのか?
サクヤの言葉にふと我に返って恥ずかしくなる。いくら獣医師とは言えど動物とは会話は出来ない。だが、無意識のうちに、動物に話しかけてしまう。ある意味職業病だと言ってもいい。
それにしてもなんだか懐かしい感覚になる。朝早く、牛に触れている。たったそれだけのことだが、昔、確かに私が生きていた世界の事を思い出させてくれる。だが、次の瞬間、突然の声に一気に私は現実へと引き戻された。
「牛泥棒!!」
「ちょ……」
少年が、一気にこちらへと斬りかかってきたのだ。完全に不意を突かれた。間一髪のところで龍神の剣が間に合ったようだ。危ない所だった。
「牛泥棒のくせにやるな!覚悟しろ盗賊め」
少年は間をおかずにさらに斬りかかってきた。
「ちょっ…ちょっとまって……」
少年の剣を防ぎながら、私はなんとか対話を試みる。流石に不意を突かれさえしなければ、少年の剣を防ぐのは容易であった。
「盗賊って何!?」
すると少年は息を切らしながら、叫んだ。
「どこまでもシラを切りやがって……聞け盗賊!俺はフリーフェイスの一員、オルガだ!この村に手を出そうとしたって無駄だ!」
「フリーフェイス?って何?」
私の言葉にさらに少年は怒り出したようで、もはやこちらの話を聞いてくれるような様子もない。どうしたものか……と思っていると、突然別の叫び声が聞こえた。
「オルガ!やめなさい!彼女は客人だ!剣をしまいなさい!」
声の主は牛飼いのおじさんである。すると、オルガは、我に返ったのか、静かに剣をおさめた。なんとか場は収まったようである。
すぐにおじさんが私達の元へと駆け寄ってきた。申し訳ない、悪気はないのだと、ただひたすらに謝るおじさんを横目に、オルガはばつが悪そうな表情を浮かべている。私とオルガはおじさんに誘導されるがまま、おじさんの家へと向かった。
「本当に申し訳なかった!」
オルガも少し落ち着いたのだろうか。おじさんに事情を説明され、事態を把握したオルガはひたすらに頭を下げている。
「もう大丈夫だよ!こちらこそ突然お邪魔してしまったし……それより、さっき言ってたフリーフェイスって何?」
そう言うと、オルガは少しうつむきながらゆっくりと話し出した。
「この国はアレナ聖教会が権力を持っているのは知っているか?」
私が何も言わずに頷くと、オルガはさらに続けたのである。
「教会は国民から税金を取り立てては、慈善活動と良いながら、上層部の私利私欲に金をばらまいている。腐っているんだこの国は。この国を変えるために若者達を中心に立ち上がった組織、それがフリーフェイスだ。だが、教会の連中は俺らを犯罪者呼ばわりしている。盗賊団だなんだと。さらに最近はそれを騙って本当に盗賊をするものまででてくる始末……」
「そういうことね……」
先日、エンケの村の近くで出会った男達もおそらくフリーフェイスのメンバーなのだろう。そんな事を考えていると、目の前のオルガはさらに悔しそうな表情を浮かべながら声を張り上げたのだ。
「俺達は盗賊団じゃない!欲に溺れた教会の連中から金を取っては国民に分け与えているだけだ!それのどこが悪い!」
まあ、あながち盗賊団というのも間違ってはないなあ……
――じゃな……
確かにそこに義はあるかも知れないが、やっていることは褒められた事ではない。だが、それは彼らから言えば綺麗事だ。少なくとも、この村を見ていれば、教会の統治による惨状はわかる。オルガの言う教会は腐っているというのも正しいのであろう。
「それにしても、イーナお前女のくせになかなかやるな!どこでそんな剣術を習ったんだ!」
先ほどまでとは異なり、きらきらした目でオルガは言った。オルガが素直な子であることは分かった。ちょっと真っ直ぐすぎるだけで、きっと悪い子ではないのだろう。
「うーんまあ、そこそこ旅をしてるからね!いろんな敵とも戦ってきたし!」
オルガは私の旅の話を聞いてきた。他の国のこと、今までの旅のこと、私の話一つ一つがオルガにとって新鮮だったようで、少年のように目を輝かせ聞いていた。オルガはこの国から出たことがないようで、フリーフェイスとやらに入会したのも比較的最近のことだそうだ。
「イーナ!本当にごめんな!俺が勘違いしていた。イーナのこと、他のメンバーにも会わせたい!そしてイーナの話、みんなにも聞かせてあげたい!一緒に来てくれないか!」
私には、オルガの純粋な頼みを断ることが出来なかった。私が首を縦に振ると、オルガは無邪気に笑顔を浮かべ喜んでいた。
まあ、フリーフェイスのメンバーであれば、この国のこと色々と教えてもらえそうだしいいっか。悪い奴らじゃなさそうだし……
オルガはちょうど、故郷であるこの村に帰ってきたときであるらしく、3日後には再び、組織の元へと戻ると言うことである。3日後であれば、ちょうど良い。そのくらい、牛達の様子が見れれば十分だ。
牛の様子を見ては、村でまったりとする。そんなスローライフのような生活を3日間過ごし、私達はオルガと共に、村を出発したのである。




