53話 立てなくなった牛
「まもなく、アレナ聖教国へと入るのニャ!」
ラングブールから少し行くと、次第に緑の風景が少なくなってきた。飛空船から見る地表は所々茶色の土が露わになっており、シャウンやタルキスといった連邦の国々に比べ、荒廃した雰囲気が漂っている。
遥か遠くには緑が生い茂った山々が見え、その上空は雲というか、霧といった方が正確であろうか、神秘的な空気をまとっている場所があった。
「あそこが死海だよ~~」
アマツが指さした先は、私達が先日訪れた場所であり、神秘に包まれた場所でもある。死海という物騒な名前をしているが、こんな風に上空から見渡せば、むしろ生を感じるといった方が正確であり、露わになっている地表の方がよっぽど死海と言う言葉がふさわしいほどであった。
「イーナ様!あそこ!家が見えるよ!」
ルカが示した先には、確かに集落のようなものがあった。
「まずはあそこに降りて、情報収集でもしてみる?」
「そうですね!闇雲に行くより、少しでも何か情報が欲しいところです!」
ナーシェの言葉に、みんなが頷く。満場一致だ。
「じゃあテオ、村からちょっと離れたところに飛空船を下ろして!」
「任せるのニャ!」
「みんな聞いて欲しい!降りた後のことなんだけど……」
飛空船の操縦はテオに任せ、降りた後の作戦会議を行う。
「何があるか分からないから、とりあえず二手に分かれるのはどうかな?村に調査に行くグループと、飛空船で待機するグループ。」
私の提案に、シータが答える。
「ならば、私とイーナとナーシェで行こう。他のものは目立ちすぎる」
確かに、連邦とは異なり、アレナ聖教国では、妖狐やケットシーといった種族は人々に混乱を与える可能性がある。それに、アマツは青い髪、六芒星の目と言うことで目立ちすぎるし、ルートもその大きな鎌を持っていくのは物騒だ。
「そうですね。アマツちゃんとルート君がいれば、何かあっても大丈夫でしょうし、こちらもイーナちゃんとシータさんなら怖いものなしですね!」
「あーずるいナーシェばっかり!いっつもイーナ様と!」
ルカはちょっとむくれたが、その表情は笑顔であった。ルカも大分大人になったと言うことなのだろう。もしくは連れてきたこと自体に満足してくれているのかも知れないが、なんにせよいいことである。
「じゃあ、私とシータ、ナーシェで村に行ってみよう」
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「うーなんかべちゃべちゃしてる」
ぬかるんだ大地を一歩また一歩と歩いて行く。お気に入りのギルドローブの裾にも、泥が染みついており、それが結構ショックであった。
「これだけ、土壌が悪いとなると、そりゃ疾病も流行るだろうね……」
「それにしても湿気の多い場所ですね」
湿気が多いと言うことは、ある意味では生物に優しい場所でもある。じめじめした場所は細菌やカビなどにとっては大好きな環境だ。
「イーナちゃん牛がいますよ!」
ナーシェが指を差した先には数十頭の牛が群れをなしていた。ただ、タルキスの牛たちとは異なり、その姿はやせ細っており、皮膚には泥というべきか、糞と言った方が良いか分からないが、びっしりとこべりついていたのである。
「これだけ湿地だと、流石に農業は難しいよね……やっぱり畜産がメインなのかな?」
それにしても、牛たちも元気がない様子である。こうなるとちょっと気になってしまうのが獣医の性でもある。
そんなこんなで、私達は村へとたどり着いたのである。村の人々も、皆疲れ切ったような顔をしており、空気全体が淀んでいるようである。こちらに気付いたおじさんが1人、近づいてきて話を始めた。
「こんな村にお客とは珍しいこともあるもんだ。お前さん方一体何者だ?」
「私達、今世界各地を回ってまして……、医療を広める活動をしている途中なんです。流行り病について調べている道中で、村を見つけたので寄ってみた次第です」
「ほお、見たところ、白の十字架とは違うようだが……まあ良い、この村は幸いなことに皆元気だ。だが少し困ったことがあってな……」
白の十字架。そういえば、ギルドの任務でナリスに行ったときに治療を行っていた団体だ。ちょっと引っかかったが、それよりも、『困ったこと』という方が気になる。
「おじさん、困った事って?」
「村の皆は元気なのだが、牛たちが元気がなくてな。元々、土壌がこの有様で、作物なんて取れないから、動物たちだけが頼りなのだが、立てなくなった牛がちらほらと出てきてな。おまえさんがた、医者ならなんとかできないか?」
「イーナちゃん!」
牛というワードにナーシェが反応する。普通の医者なら、牛をなんとかしてくれと言われても、どうにもならないだろうが、幸いなことに、私は獣医師である。牛の診療なら専門分野だ。
「わかった!ちょっと牛たちの様子を見に行ってもいい?」
おじさんは牛達の元へと私達を案内してくれた。近くで見れば見るほど、牛達が弱っているのが分かる。なんにせよまずは診察から始めるしかない。
「おじさん、牛が立てなくなったのはいつ頃からなの?」
「そうだなあ、子牛が生まれたのだが、その後くらいから立てなくなるものが多いな」
「それって、産んでからすぐ?」
「そうだなあ、わりとすぐふらついたり、食欲が落ちたりする兆候がみられるな」
「牛達の年齢って分かる?」
「立てなくなったのは年を取ったものが多いな。やはり若いものは元気なものが多いな!お前さん方みたいにな」
そういうと、おじさんは少し笑っていた。不安は1人で抱えるのは良くない。話を聞いてもらえるだけでも、安心するものであることは、今までの診察の経験から分かっていた。
「ちゃんと、乳はでてる?」
「そうだな、とくに乳に異常はないな。むしろこいつらはすごく乳を出してくれる牛達なんだ!大事に育てているしな!だからこそ、立てなくなった牛達を見ているとなんとも可哀想になってきてな。俺達にとっては家族同然なんだよ、こいつらは」
「そうだよね、牛達から乳を頂いている。そして、一緒に暮らしている。牛達のおかげで生活が出来る。まさに宝物だね!」
そういうと、おじさんは一気に表情が明るくなり、うなずきを繰り返した。
「そうそう、お前さん、若いのによくわかっているじゃないか!名前はなんて言うんだ!」
「イーナだよ!動物のお医者さんをしてるんだ!」
「ほう、動物の医者とな?」
おじさんは私の話に食いついてきた。おじさんと話をしている間にも、牛の様子を見ることは欠かさない。糞の状態は特に異常なし。心拍数は……ちょっと多いかな……特に雑音は聞こえない。そうなれば……
「ならば、お前さんこいつらの調子が悪い原因が分かるのか?」




