45話 狐の女王と蛇の王
「すごい熱……」
ルカの額に手を当てると、触っただけでも分かるくらいに、発熱していた。ふらふらしていたのも、体調が悪かったのが原因であろう。
「大丈夫……ちょっと疲れただけだよ……」
ルカは振り絞るように、か弱い声を上げる。
灯りは目前である。今は早く大蛇の元へ向かうのが良いだろう。そっと背負うと、ルカは再びか弱い声を上げる。
「イーナ様……ごめんなさい」
「大丈夫……後は任せて!ルカは休んでてね」
安心したルカは眠ってしまったようだ。そういえば、最初に出会ったときも、こんな風に妖狐の里まで運んだっけ。
そんな事を思い出しながら大蛇の里に向けて歩みを続ける。入り口は目の前である。やっとついた……そう息をつこうとした瞬間、背後に誰かが立っている気配を感じた。
「お前ら、何者だ」
後ろを振り向くと、数人の男が、こちらに刀を向けている。日本刀のような、その刀身は怪しくも美しく光り輝いていた。
「ミズチに会いに来たんだよ~~」
アマツが返答を返すと、向こうもアマツの存在に気付いたのであろうか、大蛇達は刀を下ろし、警戒態勢を解いたのである。
「アマツ様でしたか、無礼なもてなし、大変失礼いたしました。一体この者達は……?」
「九尾だよ~~」
アマツがそう言うと、大蛇達がざわついた。
九尾……
夜叉と妖狐が一緒に訪れるとは……
そんな事よりもだ。
「着いてそうそう申し訳ないんだけど、何処か横になれるところはありませんか?私の仲間が1人倒れてしまって……」
「分かりました。それでは、蛟様の元へ案内いたしましょう。お屋敷であれば、何か対処出来るはずです」
大蛇達に案内されて、お屋敷に向かって歩く。大蛇の街は低い長屋の家々が連なり、まるで昔の日本にタイムスリップしたかのような気分である。
蛟の屋敷は街の一番奥、死海に面した場所にあった。
「ミズチ様、夜叉と妖狐の方々がミズチ様に会いたいとのことです」
「通せ」
蛟の声が静かに響く。声に従って屋敷の中に入ると、奥に誰かが座っているのが見えた。周囲は暗く、姿は良く見えなかったが、声からするとわりと若い男なのであろう。
「ミズチ~~久しぶり~~」
アマツについて、私達も奥へと進んでいく。近づくとだんだんと灯りに照らされた蛟の顔が鮮明になっていった。白い髪に隠れたその瞳は、蛇のように怪しく青く輝いている。姿はまだまだ若く、歳にすると20代くらいであろうか、しかし、その威圧感は、他のどの大蛇よりも圧倒的であった。
「アマツと……そちらが妖狐か。一体何の用だ」
アマツに目配せをする。
「こっちの用は後で良いよ~~とりあえず、イーナの用から済ませよう~~」
「お初にお目にかかります。私イーナと申します」
とりあえず男に挨拶をすると、アマツがさらに説明を付け加えた。
「イーナはね~~九尾なんだよ~~」
アマツの言葉に男の表情が変わる。
「ほう、九尾とは……それにしても俺の知っている九尾とは少し違うような気もするがな」
――色々あってな、わらわはこの者、イーナに身を預けることになったのじゃ
男の声にサクヤが答える。すると男は笑い出した。そして、こちらに少し興味を持ったような表情を浮かべる。
「九尾ともあろう者が人間に憑依するとは……一体どんな者なのか興味が湧いたぞイーナよ。私はミズチである。大蛇の頭……お前と同じようにな」
「ミズチさん、突然で大変申し訳ないのですが、どこか広い部屋を貸しては頂けないでしょうか?私の仲間が1人、ここに来る途中で倒れてしまって……」
「分かった、とりあえず部屋を用意させる。好きに使え」
ミズチの呼び寄せた大蛇の男について行くと、8畳くらいの部屋に案内された。
「ルカ、よく頑張ったね」
もう完全に寝てしまっているルカを静かに床に下ろす。熱は少しさっきより下がっているようだ。
「イーナちゃん……ルカちゃん大丈夫ですかね……」
「とりあえず様子を見てみよう。今のところ特に熱以外の症状は出てないし……重い病気ではないとは思う。ナーシェ、テオ、申し訳ないけど、ルカについていてもらっててもいい?」
「もちろんです!イーナちゃんは、ミズチさんの所に行くんですよね!こちらは任せてください!」
ルカを、ナーシェとテオに任せ、私は再びミズチの元へと戻った。その間に、ミズチとアマツはなにやら話をしていたらしい。
「イーナ~~!ルカ大丈夫だった~~?」
「今のところは……過労の可能性が高いかなとは思うけど、まだ何とも言えないから一旦休ませて様子をみるよ」
「よかったねえ~~こっちはもう用事は済んだよ~~」
結局、アマツの用事がなんだったのか、聞けずじまいになってしまった。まあ、どちらにしても今私達の目的は一つしかない。
「ミズチさん、先ほどはありがとうございました」
「よい、アマツからお前が九尾になった経緯も聞かせてもらった。獣医師と言ったかな、おもしろい」
そう言うと、ミズチは少し笑いながらさらに話を続けた。
「そして、お前達が大蛇の身体の一部を求めているという話も聞いた。なんでも病気を治すためであるとか」
「はい、無理を承知でお願いに参りました。大蛇の細胞、身体の一部が必要なのです」
「それを渡したとして、私達には何のメリットがあるのだ?」
ミズチは真剣な表情でこちらに問いかけてきた。当然の疑問である。
「それは……今のところお金くらいしか返せるものは無いというのが正直なところです」
ここは駆け引きで何とかなるようなものでもないだろう。正直に伝えた。
「なぜ我々が協力せねばならないのだ。人間の病気なんて放っておいても良いのではないのか。なぜ、九尾であるお前が人間のためにそこまでする?お前が元々人間だったからなのか?」
質問の連続である。ただ、こちらの話に興味を持ってくれているというのは確かである。
「私は、人間でもあり妖狐でもあります。今の私の願いは、人間と妖狐、両方が共存出来る世界をつくっていく。それだけです。そのために、私が出来る事、それは病気の治療しかないと考えています」
そう言うと、ミズチは少し考えたように黙り込んで、しばらくの後再び口を開いた。
「まあよい……ちょうどフリスディカ、夜叉の元へ行く用事が出来たところだ。お前達に同行して、考えさせてもらう。それでいいか?」
私は驚いて、アマツの方を見る。アマツはこちらの顔を見るとにこっと笑ったのである。アマツの用事とやらはそういうことだったのか。
「分かりました」
とりあえず第1段階は突破である。
「では、お前の仲間が元気になり次第出発しようではないか」




