40話 病が蝕む国
「まもなくタルキスニャ!着陸するのニャ!」
飛空船が空港へと着陸するやいなや、王宮からの兵士が複数人で私達を出迎えてくれた。
タルキス王国の首都タルキス。中世ヨーロッパで見られたような街並みのシャウン王国とは大きく異なり、丸い建物が多く、また王のいる宮殿が街の中央に象徴のようにそびえ立っている。元々騎馬民族という背景もあり、移動式のゲルをモチーフにした建築がこの国の特徴だそうだ。
元々は馬を中心とした軍事で栄えた国だそうで、石油の産出国でもあるらしい。街には騎兵隊と呼ばれる馬に乗った兵士が警備を行っている。何でも、あの戦乱の後、国内で盗難等の被害が急増したという。あまり治安が良いとは言えないようである。
「イーナ様達も気をつけてください。まあ、帝国を打ち破ったあなたたちには恐ろしくも何ともないでしょうが」
兵士長であるレックスは、笑いながら言った。
「この街も大分被害を受けたんだね」
「そうですね。王とそして民の為に多くの兵士が犠牲となりました。王様、そして民はこの国そのものです。我々は命と誇りをかけて戦って、勝利をもぎ取ったのです。王様と民の為に戦うのが私ども兵士の全てなのです。もちろんあなた様はじめとした皆様には感謝の言葉もございません」
私は、兵士長の言葉に、思わず聞き惚れてしまった。
私達が王宮に着いたのは、それからまもなくのことであった。
「さあつきました、王がお待ちです。中へどうぞ!」
王宮の中は豪華絢爛といった言葉以外適した言葉が見つからなかった。大広間では大きなシャンデリアが格別の存在感をはなっており、壁には金で出来た装備や動物の形をしたレリーフの装飾品がびっしりと並んでいた。
「こ、これがオイルマネー……」
「すごいねイーナ様……ルカこんなのはじめて……」
「にゃー……」
あの普段は冷静なシータですら、驚きの表情を浮かべている。無理もない。
「イーナよくぞ参った!」
装飾に気を取られていると、広間の奥からタルキスの王リチャードが現れた。
「王様、この度は私含め皆の、ご招待ありがとうございます」
思わず圧倒されてしまい、なんとか失礼のないよう取り繕うのに必死である。
「王様!すごいね!ルカはじめてこんな建物見ました!」
ルカの言葉に少し冷や汗をかいたが、リチャードは再び孫にほほえみかけるような顔でルカに言った。
「良かったら、あとでゆっくりと見ていってくれ!兵士に案内させるのでな!」
ルカとテオは喜んでいるようだ。私もほっとしていた。
「まずは早速だが宴だ!もう準備は整っておる!部屋は用意したが故、荷物を置いたらまた大広間に集まってくれ!」
そうして、タルキス王による盛大なもてなしがはじまったのである。
兵士達は次々と酒を開けていた。皆本当に嬉しそうに喜びを分かち合っている。中には失った友であろうか、家族であろうかは分からないが、誰かを思って涙を流している者もいた。
シータは兵士長とずっと酒を飲んでいるようだ。聞けば兵士長はこの国でもトップクラスに酒が強いらしい。恐ろしい男である。
ルートとシナツはなにやら美女達にちやほやされているようだ。ルートはもともと吸血鬼ということもあり、白くきめ細やかな肌で、その端整な顔立ちと合わせて相当女性に人気がありそうであった。ただ、やはり女性にあまり耐性がないのか、ほとんど無言のまま、されるがままといった状態である。シナツに関してはワンちゃんかわいいーという声がいくつも上がっており、本人もまんざらではなさそうだ。狐と犬なんて大して変わらないのになんだこの差は……なんかむかつく。
ルカとテオは兵士達にすごく人気であった。元々可愛らしい女の子と猫と言うことで、こちらも滅茶苦茶ちやほやされている。
私とナーシェはというと……
あのふたり……美人だよな……
おい、話しかけてこいよ……
なにやら兵士達が噂しているようだ。まんざらでもないな。
「イーナよ少し話がしたいのだが、よいか?」
リチャードが酒を手に、こちらにやってきた。
「なら、私は席をはずしますね……」
ナーシェがそう言うと、リチャードは間髪入れずに口を開いた。
「ぬしは医者であろう。一緒に聞いてくれ」
はいっ!と思わず背筋が伸びたナーシェを横目に、私は王様に問いかけた。
「どのようなお話でしょうか?」
リチャードは静かに語り出す。
「おぬしももう知っているかも知れないが、今この国ではある病に悩まされていてな。ただでさえ国内がこんな有様であるのに、流行り病となるとなかなかに復興も上手く行かなくて困っておるのだ。いろいろな医者に頼ったがなかなか病気の流行を抑えることが出来なかった。腕のいいと評判のおぬしらならなんとか出来るかと思って相談したかったのだ」
「そういうことなら、是非ともお話を聞かせて頂きたいです」
もともと何か裏があるとは思っていたが、これなら私が活躍出来そうな話である。不謹慎な話ではあるが、ちょっとテンションが上がった自分がいた。
「ふむ、特に東側、最近はこのタルキス周辺にまで広がってきたが、野犬の被害が大きくてな。獰猛な野犬に噛まれてその後病に倒れる者が増えてきているのだ。もし解決してくれるというならお礼はいくらでもさせて頂きたい。なんとかならないものか……」
とりあえず診てみないと何とも言えないが、何となく見当がついた。おそらくアレだろう。
表情にでていたのだろうか、ナーシェが問いかけてきた。
「野犬の話、私も聞いたことがあります!一部の犬は毒を持っている種類がいるとか……。正直今の医療界では治療法が見つかっていないというのが現状ですが……。イーナちゃん、何か心当たりがあるのですか?」
「おそらく……、狂犬病だと思う……」
診断を下すには少し早すぎるかも知れないが、なぜか確信はあった。
「狂犬病?」
狂犬病は遙か昔から知られていた病気である。弾丸状の形をしたウイルス、ラブドウイルス科の狂犬病ウイルスを原因とする神経症状を主とする疾病であり、症状が出たときには治療は困難であるとされる。ウイルスに感染している犬に噛まれたとき、犬の唾液に含まれるウイルスが人に感染すると言われており、ウイルスは神経を伝って中枢まで行き、その後に発症する。
「ウイルスって言う、目に見えない生き物……でもないけど、まあ生き物みたいなものに引き起こされる病気だよ!治療は難しいけど、ワクチネーションで予防は難しくはない」
「ワクチンってなんですか?」
ナーシェは不思議な表情を浮かべている。まだ、この世界にはワクチンという概念は存在していないらしい。
「簡単に言うとあらかじめ身体の中に病原性を弱めた病原体を取り込んで、だんだんと耐性をつけるって言う予防法だよ!元はパスツールっていう……」
「そんな大胆な治療方法があるんですか!!あえて病気にかかるなんて!!」
私の話を遮ってナーシェは驚きの声を上げた。
「怖いかも知れないけど、細菌とかウイルスを原因とする病気には有効な予防だよ!」
「イーナちゃんはやっぱり天才です!末恐ろしいです!」
すっかり王様を置き去りにしながら私達はさらに話を続ける。
「狂犬病の予防にはウイルスの病原性をなくした不活化ワクチンって言うのを使うんだけど……」
「それをどうやって用意するかなんですね……」
流石ナーシェである。話が早い。
「そう、元々はパスツールって人がウイルスを不活化させて最初の狂犬病ワクチンを作ったんだけど……。改良は必要なのは間違いがないし……。とりあえず、どちらにしてもウイルスを手に入れないと話にならないのと、ちょっと時間はいるね……」
「やはりすぐには解決は難しいのか……」
私達の話を聞いていたリチャードは専門的な話に戸惑いながらも、少し残念そうな表情を浮かべている。
「でも、一度ワクチンが出来ればもう狂犬病に悩まされることはないですから!作るまでの辛抱です!」
「一体どの位かかるのだ?」
現状では何とも言えないと言ったのが正直なところである。そもそも作れるのかどうかすらわからない。でも……
「運が良ければ、数ヶ月…… 運が悪ければ……。」
「しかし、それ以外に方法はないのだろう?」
私が知っている狂犬病と同じようなウイルスが原因であれば、正直現段階ではそれ以外に対処法は難しいのが事実である。それにいつシャウン王国や、それこそ妖狐の里で流行ってもおかしくない。そうなれば、大惨事になる。狐だってかかる病であるのだ。
――サクヤ、やるしかないよね?
――それがおぬしの仕事じゃろ。フォッフォ。
ふーっと息を大きく吸い込んで、私は王様に向けて力強く答えた。
「私がなんとかします。時間はかかるかも知れないけど……。獣医師として……やらなければならないことです!」




