24話 湯けむり騒動
「おほ!飛んだぞ!飛んだぞ!」
飛空船が離陸すると、ルートは子供のようにはしゃいでいた。
「ルート……そんなに飛空船に乗るのが楽しみだったのか! 」
ニヤニヤしながらルートに話しかけると、ルートは赤面しながら叫ぶ。
「違う!俺は飛ぶ仕組みを戦いに生かそうと思ってだな……」
なにやら支離滅裂なことを言っている。シータは俺達の会話を微笑ましく眺めながら、声をかけた。
「まあ、良いではないか!私も初めて乗るのだ!これがわくわくしないでたまるものか!」
俺自身、飛空船に乗るのははじめてだ。飛空船は飛行機とは異なり、魔鉱石の魔力とプロペラによって浮力を得ているようだ。
「トゥサコンまではどの位かかるの?」
俺はナーシェに問いかけた。
「そうですね……おそらく、夜までにはつくと思います!トゥサコンで一泊した後に、そこからは鉄道、最後はしばらくは歩きですね!」
「結構トゥサコンからも離れてるんだね!」
「はい!やはり近くまで飛ぶことは出来ないので、どうしてもある程度は陸路の必要はありますね!」
トゥサコン
シャウン王国の東の端の方に近いその街は、連邦として諸国が同盟を結ぶまで、軍事の拠点として栄えた街らしい。今は、むしろその立地の利便性から経済流通の拠点となっているようだが。
トゥサコンの街はその立地から、他国の影響をより強く受けているようで、フリスディカやナリス、カムイと言った他の都市とは少し雰囲気が異なっていた。
「やっとついた!」
俺達は長い飛空船の旅を終え、地上へと降り立った。
近代的な建物が建ち並んでいたフリスディカとは異なり、なにやらモスクのような形をした建物も多く建ち並ぶ。まるで違う国に来たかのようだ。
「なんかすごい雰囲気がある街だね!」
「トゥサコンはフリスディカよりもむしろ、隣の国の方が近いですから!今やそっちの影響の方が強いんです! 航路上、シャウン王国と周辺の国々を行き来するには、どうしてもトゥサコンを経由する必要があるので!」
ナーシェが答える。さらにナーシェは続けた。
「そして、もう一つ、トゥサコンに多くの人が集まる理由があります!温泉です!」
何!?
「温泉!?」
思わずルカが声を出してしまったようだ。
「そうです!魔鉱石は火山の近くで取れるもの!つまり、魔鉱石のそばには!温泉がつきものなのです!」
なんと言うことだ……
「なんだ……? 温泉とは……?」
ルートが呟く。
「ルート、温泉を知らないとは、人生の30%位損してるよ!」
俺の言葉にルートはなにやら悔しそうな表情を浮かべている。
「温泉とやらに行けば!強くなれるのか!知らなかった……世の中には知らないことが沢山あるものだな…… 」
「ちょっと違うよ……」
こいつは強くなることしか頭にないのか……?
まあいい、それよりも今行かなければならない場所はもう明らかである。
「行きましょう!温泉へ!」
ナーシェの案内で、トゥサコンの中でも人気だと言われる温泉へと俺達は向かった。ビバトゥサコン!
温泉、それは癒やしの場所。
温泉、それはまさに天国。
「ルカ!温泉は最高だぞ!」
脱衣所で俺はもう待ちきれなかった。久しぶりの温泉だ。
「イーナ様…… それ前も聞いたよ……」
今回は抜かりはない。ルカも入れるようにちゃんと貸し切りの温泉を取った。俺のプランにミスはない。これは勝ちだ。テオはやはり、水が嫌いということで、部屋で待機している。ごめんテオ。
「イーナ様……今度は気をつけてね……!」
「何かあったんですか?」
ナーシェは首をかしげている。
「まあまあ、大丈夫だよ!今度は貸し切りにしたしね!」
そして俺は意気揚々と脱衣所のドアを開けた。
「あ、イーナちゃん!待って!!」
ナーシェの制止は遅かったようだ。
先に湯船に入っていたルートは血を吹き出して湯船へと沈んでいった。シータはなにやらあきれたような表情を浮かべている。視線は逸らしているが。
「貸し切りでも!湯船は混浴なんです!」
「やらかした……」
「おい!イーナよ!俺を殺す気か!」
「ごめんって……」
もはや恥女と言われても仕方ない。しかし、人間というものは温泉という強大な魔力には打ち勝てないものだ。
「しかし、久しぶりに入る温泉だな…… やはり良いものだ」
シータはなにやら宙を眺めている。きっと、龍神族の里のことを思い出しているのだろう。
「シータ…… 里が懐かしい?」
「いや、もう私は一度死んだからな。今の私はシータだ。もはや昔の名前も忘れてしまったよ!」
そう言うとシータは高らかに笑い出した。
俺自身、もう飯名航平は死んだ。今は九尾のイーナである。
「私もさ、シータと同じ状況になって分かったよ。なんだか、気持ちが晴れ晴れした」
「そうだな、シータとして生まれ変わらせてくれたこと、本当に感謝している」
「こうして、また温泉も楽しめてるしね!」
俺達は笑いあった。ルカはなにやら難しそうな顔でこちらを見ている。
それにしても…… 俺にはもう一つ気になることがあった。
「ナーシェ…… 胸…… でかいな」
俺はぼそっと呟いた。ルートはなにやら目を逸らしだしたが、ナーシェの方をちらちらと見ているのはバレバレである。そしてルカはなにやらむくれている。
「何言ってるんですか!」
ナーシェは赤面して、こちらをくすぐってきた。
「や、止めて……ごめん…… 辛い」
「イーナちゃんが悪いんですよ!」
ナーシェは笑いながら止めようとしない。そしてルカまで混じってくる。
「あーー!ナーシェ!!またイーナ様を!」
もはや大騒ぎである。シータは笑いながら微笑ましくこちらを眺めているようだ。
――本当に騒がしい奴らじゃな
「全くだ」
シータはお酒を飲みながら、サクヤと会話を交わしているようだ。お前通風だろ。
そして、ナーシェの俺への攻撃はさらに激しさを増した。ルカも混じってもはや何が何だか分からない状況だ。
「まって!バスタオルが!はだける!」
俺達が冷静になったときには遅かった。
湯船は再び、ルートが吹き出した血によって赤くそまっていた。
「もーヴァンパイアなのに、血を吸うどころか吹き出してどうするのさ……」
椅子に横たわるルートはようやく、話せるようになった。
「うるさい…… お前達が悪い……」
ルートは顔面を真っ青にしながらなんとか口を開く。すまんな、温泉も修行なんだ。許せ。
「ルートさん!タオル絞ってきました!これで冷やしてください!」
ナーシェがこちらへと走ってくる。
「あっ、危ない!」
俺とルカが声を上げたときには、時すでに遅し、ナーシェのふくやかな胸はルートの顔面へと飛び込んでいた。どうやら足が床に引っかかったようだ。
再び鼻血を噴水のようにまき散らしながら、ルートの意識はトゥサコンの夜の闇へと消えていった。




