219話 ラナスティア大平原を見下ろして
「大丈夫!?」
腹部から大量に血を流しながら、苦しそうな様子で横たわるリオン。大分出血が多そうであり、ここでの治療は難しい状況であった。
「よい……もう助からないのはわかっている」
「……」
何とか止血だけでもと、持っていた布で傷口を押さえていた私に、リオンが苦しそうな声で言葉をかけてきた。だが、リオンのお陰で何とかこの場を切り抜けられたことを理解していた私は、何も言わず傷口を押さえ続けていた。そんな様子を見ていたリオンは、ふっと笑みを浮かべながら、口を開いた。
「おぬしらのお陰で、少しは王の無念も晴らせそうだ。本当に感謝している……」
「……どういうこと?」
「ワン王を手にかけたのは他ならぬ私だ。もう逃げられないと悟った王は、私に自らを殺せと命令をした」
リオンは苦しそうな様子で、静かな声を上げる。私は、リオンの言葉を黙って聞いていることしか出来なかった。リオンは、ただ、私に向かって語りを続ける。
「そして、将来のシーアンを私に託して死んでいった。だからこそ、私は反旗を翻すつもりで、シーアンに黙って従っていた。いつか何処かで……王を殺めた今のシーアン国を打ち破るために…… そして、あやつらだけは……白の十字架の連中だけはこの手で倒すとそう決めていたのだ。……この戦いで、シーアンは敗北するだろう。だが、私達の意志は決して死ぬことはない…… 次の世代がきっとシーアンを良い国に立て直してくれる。私はそう信じている……」
「うん、あとは大丈夫」
「おぬしは一度前にシーアンに来ておったな。よく覚えておるわ。私は元々ローナン地方出身でな…… もし、頼めるのなら…… 私が死んだ後、私の亡骸は人目につかないローナン大森林に埋めてくれないか」
「……わかった。約束するよ」
私は息も絶え絶えのリオンにそう声をかけた。ルカも心配そうな様子で、私とリオンの元へと近寄ってくる。
「イーナ様……」
「ルカ、頼みがある。ルウを……ルウを呼んできて」
私の言葉を聞いたルカは、力強く頷いた。そして、リオンは少し笑みを浮かべながら、小さく言葉を漏らした。
「ルカ…… おぬしもルカというのか?」
「そうだよ!」
「私の息子もルカというんだ。そうだな…… 唯一の心残りといえば…… あいつの成長を見られなかったことくらいだな……」
「シーアンの事も……」
「?」
私はもう決意していた。ここまで、シーアンがぐちゃぐちゃになってしまったことに、私自身引け目があった事は事実である。白の十字架の連中のせいに間違いはないが、結局、私がもっと早く対処出来ていれば……あのとき、シーアンのクーデターの時に、何かが出来ていれば…… こんな戦争が起こる未来も防げていたかも知れないのだから。もう誰も不幸な目になんて合わせたくなかった。
「必ず私が責任を持ってシーアンも、あなたの息子も面倒を見る」
「……頼んでも良いか、イーナよ」
「もちろんだよ!」
私が力強く頷くと、リオンはニッコリと笑みを浮かべた。その顔は、先ほどまでの勇敢な戦士とは全く異なり、ただの息子を心配する父親の表情であった。
「イーナ様!」
ルウの声が響き渡る。ルカが呼んできてくれたのだ。ルウはもう私の言おうとしていたことを理解していたようで、ドラゴンの姿のまま、私の横に降りてきた。横たわるリオンをルカと共に担ぎ上げ、ルウの背中に乗せる。
私とルカ、そしてリオンを背中に乗せたルウはゆっくりと空へと飛び上がる。そして平野を見渡せるほどに一気に視界が開けた。
「……おお、シーアン軍が退いていくぞ……」
上空から眺めるラナスティア大平原。一気呵成に攻め立てる連合軍相手に、シーアン軍がちりぢりになっている様子が見てとれた。もうすでにラナスティア平原の戦いの勝負はついていたのだ。そんな様子を見てリオンは、笑みを浮かべる。
「愉快じゃ愉快じゃ!シーアンが敗れおったわ!!」
「そう、これでこの戦いはおしまい。シーアン国内はこれから苦境に立たされることになる。でも……」
「心配はいらない。次の世代がシーアンをきっと良い国にしてくれる……」
私の言葉にリオンはずっと笑顔のまま、敗れていくシーアン軍の姿を眺めていた。そして、満足そうな表情を浮かべたまま、私に向けて口を開いた。
「イーナよ。ルカを、次代のシーアンを、頼んだぞ……」
そして、そのままリオンは動かなくなった。笑顔を浮かべたまま、広大なラナスティア大平原を見下ろし、シーアン国弐番隊隊長リオン・アレクサンドリアは息を引き取ったのである。シーアンの敗北を見届けながら、彼は笑顔のまま、散っていった。




