216話 剣と魔法
「これ以上おぬしらの好きにさせるわけにはいかない」
そう言いながら、持っていた剣をこちらに向けるリオン。これ以上何も言わずとも次に起こりうることを、私は理解していた。そして、それは隣にいたアマツも同じであろう。
「アマツ、ここは私がやる」
私の言葉に、アマツはただ一言、いつもと変わらぬ様子で口を開く。
「了解~~」
目の前に立ちはだかる男に向かって、私も剣を構え直し身構えた。今までのシーアン兵達とは比べものにならない位の緊張感の中、私は、リオンと相対していた。
「……行くぞ」
リオンが小さく呟く。様子見をする様子もなく、最初から全力でお前をたたきつぶすと言わんばかりに、リオンの剣に炎が宿る。
――消えた?
いや、違う。圧倒的な気配は、私のすぐ目の前まで迫っていた。わずか数秒にも満たない時間であったが、私は今まで何度も感じてきた感覚を肌で感じていた。死が目の前に迫っている感覚である。
考える余裕なんてなかった。その感覚が指し示すところに龍神の剣を持っていくので精一杯だった。直後、剣を握っていた腕に、何かが爆発したかと思うような衝撃が走る、爆音を立てながら、剣と剣が交わる。
「今の一撃を防ぐか……」
正直、リオンの一撃は、私の目でも完全には捕らえられてはいなかった。他のシーアンの兵士達とは異なり、完全に魔法の力を自らのものとしていることは、剣をあわせた瞬間にわかった。弐番隊と言えば、カラマの所属していた部隊であるが、流石その部隊の隊長ともなれば、その力は確かなものであろう。
何より厄介であるのは、目の前にいる男リオンは、下手をすれば私達よりも魔法の力を使いこなしていると言うことである。その攻撃の強烈さは、アイルや今まで刃を交えてきた白の十字架達と匹敵するか、もしくはさらにそれ以上である。何とか防ぐので精一杯。私のそんな状況をリオンもすでに理解していたようで、こちらに体勢を立て直す隙を与えないと言わんばかりに、次々と強烈な攻撃を繰り出してきた。
「悪いが、一気に決めさせてもらう」
激しい攻撃が立て続けに飛んでくる。私も全神経を目に集中させ、相手の攻撃になんとかあわせようと試みたが、どうやら防ぎ切れていないようで、時折、身体を切られるような、鋭い痛みが肌に走っていた。致命傷にこそ至ってはいないが、現状防戦一方、反撃をしようにも、その隙が見当たらず防戦一方であった。
――まずい、このままじゃじり貧だ。
剣の腕では明らかに相手の方が一枚も二枚も上手。そもそも、魔法の力を用いず、剣の腕のみでシーアン軍弐番隊の隊長にまで上り詰めた男である以上、私なんかと比較するのすら申し訳がない事はわかっていたが、それでも、私だってこんな所で負けるわけにはいかないのは同じである。
――剣の腕では相手には及ばない、なら……
幸いにも私には魔法面のアドバンテージがある。剣の腕で及ばないとわかりきっている以上、魔法勝負に持ち込まねば、私に勝機はない。だが、そんな事は相手もわかりきっていることであった。だからこそ、リオンは、距離を取らずに、どんどんと激しい攻撃を私に繰り出してきていた。
魔法の弱点。それは、剣に比べると明らかに初動が遅いと言うことである。そりゃあ、一般の兵士程度の相手ならば、いくら遅いとは言え、魔法の力で圧倒すること自体は、そこまで難しいことではない。だが、リオンのような圧倒的な剣を持っているような相手では、そうも行かない。ここで、下手に大技の魔法を放とうと構えようものなら、その発動前に斬られるのは目に見えていた。
「悪いが、魔法を発動させる隙は与えない。魔法を使えるようになった今、俺にもわかる。強大な力はそれだけ発動するための準備が必要になる」
攻撃の合間に、まだまだ余力があると言わんばかりに、リオンが口を開く。リオンの言っている「準備」、それはすなわち魔法の詠唱のことであろう。魔鉱石の力を借りて魔法を発動する際には、魔鉱石に集中しながら術式を展開させることが必須となる。
「よくわかってるね。接近戦では魔法よりも剣の方が早い……」
「そうだ、詠唱があるからな。術式は発動させない。このままたたみかける」
確かに、リオンの選んだ選択肢は正しい。だが、それはあくまで、普通の魔法使い相手の時に限っての話だ。リオンは真面目で勉強熱心な故に知らなかったのだ。私が、リオンの剣を防ぎながらも、魔法を発動する準備をしていたことを。




