213話 井の中の蛙
「ひるむな!かかれー!」
すっかり乱戦となった戦場では、叫び声がこだましていた。自らの意気を揚げるようにあげる声と、切られていく悲鳴が渦を巻いている。ここまでは互角。だが、このままいけば、数で押し切られるのは目に見えている。次から次へと、雪崩のようにラナスティア平野中央部に押し寄せるシーアンの兵士達。
それでも、近接武器だけならさほど脅威ではない。問題は、今まさに戦場に現れた『奴ら』である。炎を纏いながら敵軍の中央から進軍をしてくる『奴ら』。魔法の力に目覚めたシーアン軍の部隊である。
「なんだあいつらは!?」
目の前に現れた炎を纏う敵の姿に、味方に動揺が走る。動揺は一気に前線の味方に伝染し、先ほどまで互角の戦いを繰り広げていたラナスティア兵士達も、だんだんと劣勢に陥っていった。炎を纏った悪魔のような姿を見て、恐れおののく味方軍の中で、勇敢なラナスティア兵士の1人が、口を開いた。
「なに!所詮、魔法などはったりよ!俺が切ってやる!」
敵軍に向かって駆けだしていく兵士。叫び声を上げながら、剣を振りかぶり、敵に突っ込んでいく。
「うおおおおおお!」
「馬鹿は死なないと治らないか……」
兵士が、斬りかかろうと彼らに飛びかかった瞬間、炎の渦が、彼を飲み込み、悲鳴と共に勇敢な彼の姿は消えた。
これ以上味方の士気を下げるわけにはいかない。彼はそう判断したのだろう。その戦況判断自体は正しい。
だが、味方が一気に炎に包まれる姿を見た味方軍にさらに動揺が広がった。事前に敵は魔法を使うと言うことを理解はしていたが、実際目の前で魔法を使われると、パニックになるのも無理はない。完全に彼の判断は悪手になってしまったのだ。
「ふん、魔法も使えぬ分際で我らに挑もうなど……」
冷たく言い捨て、なおも進軍を続ける魔法使い達。周囲のシーアン軍が今が好機とばかりに、勢いに乗る。
――まずい。
その光景を見ていた私は、進軍を続ける魔法使い達の元へと向かった。敵を勢いに乗らせるわけにはいかない。
「ふはは、どいつもこいつも雑魚ばかりではないか!どうした?連合軍とやら?」
1人また1人と炎に飲まれていくラナスティア兵をあざ笑う魔法使い達。ますます勢いを増す、シーアン軍達。やはりここで叩かなければならない。まだ、こちらの手の内を見せたくはなかったが、仕方無い。まだ戦いの序盤で、中央の戦場が崩れるというわけにはいかないのだ。
「皆下がって!ここは私に任せて!」
「イーナ様!お一人で大丈夫ですか!?」
「大丈夫!それより早く下がって!巻き込まれないように!」
「わかりました!イーナ様お気をつけて!」
心配そうな表情を浮かべながら、どんどんと後退していくラナスティア兵を背に、私は、こちらへと進軍を続けてくる魔法使い達の前へと立ちはだかった。
「おい、どうしてこんな所に女がいるんだあ?お嬢ちゃん……ここがどこだかわかっているのか?」
明らかにこちらを舐めたような様子で、魔法使いの1人が口にした。油断してくれているのならこれ以上好都合なことはない。
「そりゃあもちろん。強い奴を求めているんでしょ?私が相手になるよ!」
私の言葉を聞いた魔法使い達は一気に笑い声を上げた。
「おい!聞いたか!?こちらのお嬢様が相手になってくれるってよ!」
「こりゃあいいぜ!出来るだけ痛ぶってやらないとなあ!」
やはり思っていたとおり、敵は自分の力を過信している。ならば、できるだけ圧倒的に敵を倒して、一気に敵の伸びきった鼻っぱしらを折る。
私は、目の前で余裕そうに笑みを浮かべていた魔法使い達に向かって言葉を返した。
「私を誰だと思っているの……? ちょっと、相手を舐めすぎじゃない?」
「誰だと思ってるのだってよ!えらそうなお嬢様だこと!」
相変わらず、余裕を口にする魔法使い達。ある意味では可哀想に思えてくる。身の程を知らない奴らには、少しお灸を据えてやらねばなるまい。
私は、ゆっくりと背負っていた龍神の剣に手をかけた。
………………………………………
「イーナ殿とはいえ……あんなに大勢の魔法使いを相手に戦うなんて大丈夫なのか……?」
後方から、戦いの行方を見守っていたラナスティアの兵士達は、不安そうな様子で呟いていた。その会話を聞いていたルカが、笑顔を浮かべ兵士達に言葉を返した。
「大丈夫だよ!あんな連中、イーナ様1人で十分すぎるくらいだよ!」




