212話 開戦の合図
「敵軍続々と、ラナスティア大平原に侵攻してきています!すでに先鋒隊が交戦にはいっております!」
ついに、戦いが始まった。本隊にいる私とスヴァンの元へその知らせが入ったのである。
「それにしても、思っていたより、敵の侵攻が早いな……」
「シーアンの中で反乱を起こしたのが、軍部の連中だったから…… 私達が予想していたよりも、ずっと統率が取れているのかもしれない」
「イーナ。そろそろ最前線に合流するんだ。指揮は俺に任せてくれ。イーナが合流し、準備が出来次第、先鋒隊を下げさせる。準備が出来たら、先鋒隊に兵を下げるように指示を頼む。敵を、出来るだけ引きつけるためにも、ぜひとも、思う存暴れてくれ」
「了解!じゃあスヴァン後は任せたよ!」
敵をラナスティア大平原の中央部におびき寄せるために、出来るだけ中央の本隊は布陣を薄くしてある。この作戦のキモは、戦いが激しくなる中央部で、どれだけ本隊が持ちこたえられるかという所にある。
兵士の間をかき分け、私はひたすらに本隊の前線を目指した。ラナスティア国の兵士達、そして、本隊に編入した妖狐や狒々の皆を励ましながら私は遂に、本隊の先頭へとたどり着いた。今まで人しか見えなかった視界が一気に開け、すでに戦闘を始めている先鋒隊の様子も良く見える。どうやら、今のところ特に大きな動きはなさそうである。
あとは、私が仲間達に合図を送れば、本格的な戦闘の幕開けである。私の横には、少し緊張した様子で、それでも平野の先を力強いまなざしで見つめているルカの姿があった。
「ルカ、怖い?」
「怖くないよ!イーナ様と一緒だから!本当は、こんな戦いなんてしたくは無いけど……でもやっとイーナ様と並んで戦える事が少し嬉しくて……なんていったらいいのかわからないや!」
「大丈夫、これが最後だよ。それに私達だけじゃない、みんなもいる。この戦いに勝って、皆でレェーヴに帰ろう!」
「うん!」
ルカは無邪気な笑みを浮かべながら、私の言葉に頷いた。そして、ルカは、いつでも大丈夫と言わんばかりに、再び前を向き、持っていた剣を力強く握っていた。
テオ、シータ、ルート、ファフニールもルウとスウ、そして妖狐の皆や狒々たちも私の方をじっと見つめて、私の合図を待っている。私は、1人1人、仲間達の顔を見ながら、ルウの元へと歩みを進めた。
「ルウ、お願い!」
「イーナ様、ルウの背中にしっかり捕まっていてください」
ドラゴンの姿へと変化し、私を背中に乗せたルウは、そのままゆっくりと地上を離れていく。ルウの背中から見渡せる広大なラナスティア大平原。平野の奥からは、数え切れないほどのシーアンの軍勢がこちらへと向かって押し寄せてきているのがわかる。
私は指先に魔力をこめて、空に向かって一気に放った。途端に、空に大きな炎が舞い上がり、次第に球のようにまとまっていった。広大なラナスティア平野を照らすほどの輝きを放つ炎の球体。それが作戦開始の、つまりは開戦の合図である。
………………………………………
「我らを誘うつもりか……面白い」
シーアン軍弐番隊隊長であるリオン・アレクサンドリアはぽつりとそう呟いた。
シーアン国の軍隊は、指揮系統が一つではない。と言うよりも、一つの指揮系統で命令を統一できるほど、兵士達の団結が強いわけではないというのが正しかった。そもそも、クーデター直後で内部がガタガタのシーアン国が指揮系統を統一できるはずがなかったのだ。
だが、皆の思惑は同じであった。誰がこの戦いで戦果を挙げるか。戦果を挙げた者が、今後のシーアン国の中での地位が上がっていく。それは言わずとも皆が分かりきっていた。この戦いは、今後のシーアン国内での覇権を争う戦いであったのだ。
他の部隊が功を急ぎ、どんどんと追撃を初めて行く。だが、これは奴らの誘い。すぐにリオンはそう理解した。
「隊長!参番隊、肆番隊共に追撃を開始しました!我々はどういたしますか!」
「まあ、そう急くな。ちょうど良いではないか。相手がどんな罠を仕掛けているのか。それを確認してから動いても遅くはあるまい」
「ですが……」
「功を焦るな。敵を舐めすぎだ。我々はもう失敗は出来ない。亡き王のためにも、シーアン国の未来のためにも、我々は必ずここで功を上げねばならないのはおぬしもわかっているだろう?」
リオンの言葉に、兵士が黙りこむ。彼らがこの戦いにかけていた意気込みは尋常ではなかった。失敗は出来ない、その言葉は彼らにとって非常に重いものであった。
そんな彼らの元に、1人の青年が静かに、近づいてきた。
「賢い選択だね。君のそういう所嫌いじゃないよ」
男の声にリオンの表情が少し引きつる。リオンの目の前にいたのは、白い十字架の幹部の1人エールという男とアガレスである。
国を一度裏切ったアガレスは言うまでもないとして、リオンは、エールという男が気に食わなかった。だが、白の十字架の連中との圧倒的な力の差、そして次々と反旗を返していく味方を前に、リオンをはじめとする弐番隊に残されていた道は新体制への服従しか残されていなかった。
「でも、本当に驚いたよ。君達弐番隊は前国王派だと聞いていたのにね。まさか、君が先代の王を自らの手で葬るとは……」
「……どれがシーアン国のためになるか、それを考えた上で最善の選択肢を選んだまでだ」
「まあ……それは正しい選択だったと思うよ。ねえ、アガレス?」
「……俺は、レェーヴの連中と戦えればそれでいい。シーアンの事など興味は無い」
「本当に、冷たいんだからアガレスは!まあ、いいや!せっかくだから、ボクたちも様子を見に行こうよ!」
無邪気な笑みを浮かべながらリオンの元を去り、戦場へと向かっていくエール、そして無言のままエールに着いていくアガレス。2人の姿が見えなくなった後、リオンは地面に拳をたたきつけて自らのふがいなさを恨んでいた。
「クソっ……!」




