211話 開戦準備
ラナスティア大平原。ラナスティアの国土の東側の大半を占める平原。さらに東は高い山々が連なっており、シーアンの国境までは、ひたすらに険しい道が続く。
ラナスティア大平原を決戦の地として選んだのはいくつかの理由がある。一つは、険しい山々が連なる東側から、ラナスティア大平原に抜けるルートが限られていること。そして、この開けた地であれば、空中を制すると言うことが何よりも有利に
働くと言うことである。
「さて、イーナ様、一応我々の布陣はこんな感じで考えているが、どうだろうか?」
今回、ラナスティア大平原の本隊の指揮をとるのはスヴァンである。スヴァンの部下である兵士長が考えてきた陣形は、ラナスティア大平原の中心に本隊を展開し、街道から進軍してくるであろうシーアン軍を囲むように迎え撃つ布陣であった。
「普通に考えれば、これしかないとは私も思うけど……」
だけど、私の心の中では何故か引っかかるものがあった。考えれば考えるほどにこれしか無いと思わせるような陣形ではあるが、あくまでこちらの想定の中で敵が動けばと言う話である。どうにもそんなに単純に事が運ぶようには思えなかったのだ。
「何か引っかかると言ったような言い方だねえ……まあ、その点については俺も同意だ。どうだろう俺の考えてきた布陣だが……」
そう言って、スヴァンが出してきた案は、兵士長の出してきた案とは全く異なるものであった。
「これって……」
その陣形を見た兵士長は、驚いたような様子でスヴァンに向かって言葉を発した。
「スヴァン様…… これでは敵に進軍してこいと言わんばかりの布陣…… 中央を包囲するという狙いはわかりますが、失礼ながらこれでは数で勝るシーアン国の方が有利になるように思われるのですが……」
スヴァンの提案してきた布陣は、現在展開している軍をラナスティア大平原の端の方まで後退させ、中央をがら空きにするという布陣であった。確かに兵士長の言うとおり、敵の大軍が中央に展開するような時間を与えうる可能性は高い。
「まあ、我ながらとち狂った陣形である事は認めるよ。後方も薄ければ、何処か一点が抜かれればたちまち敗走。それは目に見えている。だけどそれが逆に敵に油断を与えうるんじゃないかと思ってね」
「要は敵を中央部に誘い込むって事?」
「そう、最初は兵士長の提案してきた布陣で良い。だが、敵の姿が見えてもあくまで牽制のみで本格攻撃はしない。そうなれば、新しい力を試したくて仕方が無い敵さんの事だ。しびれを切らすに違いない。その時に一気に中央を手薄にして、後方に展開するように退く。そうすれば、必ず敵は調子に乗って平原の中央部へと展開してくるだろう」
「そこまではわかりますが、その先は一体どうするのです?勢いのついた敵を抑えることは難しいのは目に見えているはず……」
「そこで、レェーヴ連合の皆さんの出番というわけだ。幸いにもこちらにはドラゴンの機動力というアドバンテージがある。なるべく敵を中央に誘い込んで、敵の補給路…… つまり街道を封鎖さえしてしまえば、中央で敵の本隊は孤立することになる。後は四方からドラゴンと陸の波状攻撃で一網打尽ってワケだ。まあそんな上手く行くかどうかはわからんがな」
まあ、こちらに関してもあくまで敵が想定の中で動いてきたときに有利という点では変わりない。だが、この布陣の勝る点はもう一つある。
「万が一……敵が想定外の動きをしてきたときにでも対処はしやすそうだね」
正直、相手がどういった出方で相手が動いてくるかは、戦いが始まってみないとわからない。そうなると、いくらレェーヴ連合の強力なモンスター達の力があるとは言っても、全軍をラナスティアに布陣させる戦法はリスクが大きい。それよりは、指揮系統の通りやすい少数を広げる戦い方の方が、柔軟性には富む。
「そうなると、それぞれに指揮系統をおく必要がある。本隊は俺が指揮するとしても、遊撃隊……要は敵を引きつける部隊と左右に展開する部隊は、指揮官が必要になる……問題はそこだ」
スヴァンは神妙な面持ちを浮かべながら、そう言葉を続けた。特に、引きつける役割の部隊は、下手をすれば全滅してもおかしくはないほどの危険な任務となる。
「それなら、私達夜叉がその役割を引き受けるよ~~」
すっかり皆が恐れおののいてしまい、沈黙が続く中、手を上げたのはアマツであった。
「アマツ……大丈夫? 危険な役割になるよ?」
「大丈夫だよ~~それに危険な役割なら今までいくらでもこなしてきたしね~~ね!ミズチ!大蛇も協力してくれる気はない~~?」
「いいだろう」
確かに、頑丈な肉体を持つ夜叉達と、飛び抜けた再生力を持つ大蛇たちなら、その任にはうってつけである。それに彼らは高い戦闘力を持っているのだから、彼ら以上に適任であるものは他にいないと言っては過言ではない。
「わかった。ありがとうアマツ、ミズチ。先鋒隊は2人に任せる。シナツ、それに遊撃隊は、シナツ達大神が適任だと思う。後は、黒竜の皆だね……ファフニールさん、リンドヴルム、それにヨルムンガルド。皆にはそれぞれ、三方に分かれて布陣してもらいたい。リンドヴルムとヨルムンガルドは、左右の遊撃隊の方に回って補佐をお願いしたい。ファフニールさん達には本隊の方から援護をお願いする。これでどうかな?」
「いいだろう、それで行こうかイーナ。イーナはどうするんだ」
「私は本隊の最前線に合流する。その方が奴らが来たときに対処しやすいから……」
作成会議の結果、遂に私達の陣営の布陣も決まった。後は、戦いが始めるのを待つだけである。それから、敵が姿を現したのは、想定より少し早い、3日後のことであった。




