206話 船頭多くして船山に登る
「それでは、皆様もお集まりのようですので、会議を始めさせて頂きます。皆様よろしくお願いいたします」
シャウン王国総司令の座に着いた教官の一言で、連合国による会談が始まった。教官の言葉に続いて、シャウン王国の王であるノアが立ち上がり、ゆっくりと口を開いた。
「皆様、わざわざフリスディカまでお越し頂き、ありがとうございます。もうすでに、知っているかとは思いますが、改めてご挨拶をさせて頂きたい。私は先代に変わり、シャウン王国の王となったノアと申します。よろしくお願いいたします」
静寂に包まれた会議室の中で、ノアは静かに頭を垂らした。
「そして、わざわざこうして皆様に集まって頂いた理由。すでに個別には話させて頂いているかとは思いますが、改めて整理させて頂きたいと思います」
ノアの言葉に、会議室にいた王達の表情が一気に真剣な表情へと変わる。ぴりぴりとした空気の中、ノアは堂々と臆することなく、言葉を続けた。
「ただ、私もこの目で見たというわけではございませんので、詳細に関しては、シーアンの事を良く知っているエンディアのイナンナ女王、そして、レェーヴ連合国のイーナ代表の方からお話願えないでしょうか?」
ここまでは打ち合わせの通りである。実を言うと、会議が始まる前に、すでにシャウン、タルキス、そしてエンディアの王達とはある程度、進行の段取りは決めていた。今回の会議にはアーストリア連邦に属する国家の王達や、周辺諸国の王達も多く参加している。正直、直接会った王達はほとんどいないと言っても過言ではない。まあ向こうは私のことは嫌でも知っているのではあろうが……
「ご紹介に授かりました。レェーヴ連合国代表を務めさせて頂いています。イーナと申します」
私が起立し、自己紹介を始めた途端に、会議室にざわめきが起こった。
「例のレェーヴ連合の……」
「完全に少女ではないか…… 本当に大丈夫なのか……」
ざわめきが次第に大きさを増していく。途端、大きな音と共に、周囲が一気に静寂に包まれた。音を上げながら立ち上がったのは、タルキスの王リチャードであった。
「静粛に!イーナ代表続けてくれ」
「ありがとうございます。ここから遙か東国に存在するシーアン国。皆様も名前は聞いたことがあると思います。その国でクーデターが発生しました。首謀者の詳細までは私もまだ把握はしておりませんが、シーアン国の国家が転覆したと言う事は事実です。そして、私の見立てが正しければ、彼らの目的はシーアン国の転覆だけでは収まらない…… エンディア国、そして我々の属するアーストリア連邦までその勢力を広げてくると言う可能性は高いと思います」
「待て、そもそもシーアンでクーデターが起こったというのは、事実なのか。おぬしが見たと言っても、それだけは未だ完全に信用することは出来ない」
王の1人が、挙手をしながらそう言葉を発した。すると、間髪を入れずに、挙手をしながらイナンナが立ち上がり説明を始めた。
「それについては、私、エンディア国女王であるイナンナからも補足させて頂きます。実際私達の調査でも事実確認は行っております。シーアン国の前体制は崩壊し、新体制になっているというのは事実です」
「それで、そうだとして、どうして彼らの手が我々の方まで伸びてくると言う確証があるというのだ。ただ単に自国の体制に不満を持っていただけという可能性の方が高いのではないのか?実際、エンディアやアーストリア連邦を敵に回すと言うことは、世界を敵に回しているというのと同じようなことだと思うが…… どうしてそこまでそいつらが野望を秘めていると、そう言い切れる?」
「確かに、そこまで確証を持って説明できる材料はありません。未だ調査中ということしか言えないのは確かです。ですが、私達の調査が正しければ……今回の件には白の十字架と呼ばれる組織が関わっている可能性が高いと言えます。そして、彼らの目的は、世界を手中に収めること。そうなれば、シーアンだけで収まるはずがないというのは自明の事だと思います」
「白の十字架?どうして医療を施している団体が、裏で関わっているんだ」
また別の国の王から声が上がる。まあそう簡単にいかないと言うのはわかっていた事であるから、想定内と言えば想定内である。ただ、私達だって、現時点で明確な証拠を持って、説明すると言うことは不可能であることは確かだ。こちらだって持っているカードが未だ不十分であるのだ。
「話にならんな。シーアンの国でクーデターが起こったのは事実であるというのは確かであると言うことはわかったが、あくまでおぬしが言っているのは、最悪のケースを考えたときの憶測であろう。憶測で戦力を提供できるほどの余力は、ここにいる国々に無いことは、おぬしもわかっているはずだ。明確な証拠があった上でないと、協力をすることは出来ない。忠告としては受け取っておくが……」
1人の王の言葉を皮切りに、会議室の中の空気がだんだんと冷めた物に変わっていくのを感じる。私の力不足である事は重々承知はしていた。だからこそ、歯がゆい気持ちに、私もついつい焦りに似た感情を覚えていた。
「それでも、何か起こってから動くというのでは、間に合わなくなる可能性が高い。現にシーアンという大国が陥落した以上、私達の国だって他人事の話じゃないはずです!」
「そうは言っても、突然白の十字架が絡んでいると言われても、すぐには信用できない。最近こそ姿を消したとは聞いているが、彼らは我らの国でも医療の普及を行ってくれていた。彼らのお陰で命を救われた者も何人もいるという。それに、正直に言うと、イーナ代表。我らはあなた方の国というのを信用しているというわけではない。モンスターの国という以上、実は裏で動いているのがあなた方で、我々を手玉に取ろうとしていると言う可能性だって捨てきれないと思うが……」
1人の王の言葉に、私は一気に喪失感にも似たような感情に襲われた。わかってはいたが、それでもやっぱり面と言われて言われるとショックな言葉ではある。
「おい、アラニアの王。その言葉は、レェーヴ連合と友好関係にある我々をも侮辱している言葉とも取れるが……」
普段から少し怖いタルキスの王リチャードは、いつもに増して威圧感を伴った声色で、静かにそう言葉を告げた。冷静に振る舞っているようには見えたが、その言葉の端々からは確かに怒りが伝わってきたのだ。そして、それは私にとって何よりも嬉しい言葉であった。
「あくまで可能性の話だ。タルキスの王よ。イーナ代表の話があくまで想定の域を出ないというのであれば、我々の話だって可能性という意味では同じだと思うが……」
次第に、会議室の空気がだんだんと重苦しくなっていくのを、私は肌で感じていた。連合軍としてまとまるどころか、このままでは内乱で空中分解してもおかしくはない。そんな緊迫した空気の中、声を上げたのはシャウン王国の王ノアであった。
「皆様、あくまで本日は状況説明の為にお集まり頂いた次第です。また詳細がわかり次第、お集まり頂く機会もございましょう。ひとまずはこれ以上の検討の材料も少ないと言うことで、一度お開きにしたいと思います。本日はお集まり頂きありがとうございました」
私達の最初の会議は、険悪な空気の中、なんとかノアの言葉によって幕を閉じたのであった。




