205話 変わっていく時代
「イーナ様!シャウンからの使者が参りました!」
ナーシェが南の大陸へと向かって旅立ってから数日後のことである。レェーヴ連合国に滞在したまま、警備活動や庶務活動の任に当たっていた狒々の1人が私の元へとやってきた。
「シャウンからの使者?思ったよりも早かったね!こっちはいつでも準備は大丈夫だよ!」
「かしこまりました。すぐにお連れいたします!」
そう言って、狒々は私の部屋の扉をゆっくりと閉めた。
ナーシェが南の大陸へと旅立ってから、私はこの部屋と病院にほぼ篭もりっきりであった。東の国に行っていた間も、私の仕事はどんどんと増えていた。一応、レェーヴ連合国の代表である以上、私のサインが無ければ、その書類はそれ以上先に進むことがないのだ。こればっかりは仕方が無い。
空き時間に、少しでも目を通そうと再び書類に手を伸ばそうとした瞬間、再び扉をノックする音が響く。
「はーい!」
私の声に少し遅れて、ゆっくりとドアが開く。その先にいたのは、先ほど案内をお願いした狒々と、ギルドの教官の姿があった。後ろには、こちらも顔見知りであるギルドメンバーを数人引き連れていた。
「教官!?どうしてここに!?」
「はっはっはっ!イーナ久しぶりだな!いや、今はイーナ様と呼んだ方が良いのか!」
久しぶりに顔を合わせた教官は、相変わらずの様子で、高らかに声を上げながら笑顔でそう言った。
「やめてください……そんなこっぱずかしい真似……」
「冗談だ!冗談!しかし、私も今やシャウン王国の一兵士……そしてイーナ……様は我が国と同盟を結ぶ国の女王……呼びすてにするというわけにもいくまい」
いつもよりも、少し真面目な表情を浮かべながら、教官はそう口にしたのだ。
「……まあ、何でも良いですけど…… それよりも、シャウン王国の一兵士って……?」
「そうか、お前……いやイーナ……様は知らなかったのだな!以前王国内でごたごたがあって、今の王であるノア王が戴冠されたときに、ギルドと提携を結んだことは知っているだろう?」
たどたどしい様子で話を進める教官が気になって話どころではない。いっそのこと以前のように呼びすてにしてもらった方が、まだこちらとしても気が楽である。
「もう、気が散るんでイーナで良いです…… それは知ってます」
「……そうか。その方がこちらとしてもやりやすい。無礼を承知の上で失礼する。結局ギルドの資金繰りは困難でな。民衆がモンスターと共に生きることを受け入れたことと、モンスター側もむやみやたらと人間を襲うと言うことがなくなったのだ。
結果として、連邦内でギルドの必要性がだんだんと低下していったと言うわけだ」
「それって…… 私達のせい…… だよね?」
「悪いことではないさ!むしろ共生の道を進み始めているというのは良いことだ。それがお前の理想だったんだろう?胸を張っていいんだぞ」
申し訳なさが溢れてきた私を励ますように、教官は私の背中を叩きながら、明るくそう告げた。リラ達が、モンスターと人間の共存のために作ったギルドという組織は、モンスターを討伐するための組織として巨大化し、モンスターと人間が共存できる世の中が近づいてきた今、一気にその力が弱くなったというわけである。考えてみればなかなか皮肉な話である。
「そう……だよね?」
「ああ!それは心からそう思っている。そして、話はまだ終わりじゃない。結局ギルドは、それぞれの国ごとに分裂し、そのまま諸国の正式な軍隊として編入されることになったのだ」
ギルドのメンバーは、言ってみればモンスターとの最前線で戦い続けてきた猛者達の集まりである。そして、連邦の国々は、エルナス帝国による戦争や内乱等によって、戦力を大幅に失っていたのだ。ギルドのメンバーを軍隊として採用するというのは、どこの国々にとってもメリットがある話であるのだ。
「それで教官は、シャウン王国の兵士に?」
「ああ、最初は断ったのだがな……」
すると、後ろにいた元ギルドのメンバーであるアルクが笑顔を浮かべながら、私に向かって補足するように言葉を発した。
「ノア王からの指名で、シャウン王国の総司令となってくれないかと……最初は教官も断ったのですが、私達ギルドのメンバーも、是非教官の下で働きたい。そう頼み込んだのです!」
「総司令!?」
「ああ……なかなか変な感じだろう……俺の柄ではないと何度も言ったのだが……」
少し落ち着かないような様子で、そう告げた教官。シャウン王国の総司令と言えば、大臣と同じ、いや下手すればそれ以上の権限を持っていると言っても過言ではない。まあ教官なら変なことはしないと言う事はわかっているし、シャウン王国の有事の際には、ギルドの中でも先頭に立って対処に当たっていたのもわかっていた。それでも突然外から入ってきて総司令の座に着くなんて異例中の異例の人事である。
「それなら……私だって気軽に教官とは言えないね!総司令!」
先ほどのお返しとばかりに、少し笑みを浮かべながら、教官に向かって私はそう告げた。
照れ笑いを浮かべた教官の様子に、一気に周りの空気が笑いに包まれた。すっかり、リラックスした空気に包まれた中で、しばらく談笑を続けた後に、教官は再び真面目な表情に戻り、私に向かって言葉を発したのだ。
「イーナ。そろそろ本題に入るぞ。ノア王からの伝言だ。5日後に会談を開く。すでにタルキスの王や、エンディアの王、それにアーストリア連邦の国々の王にも声はかけている。イーナも参加してくれとのことだ」




